第30話 そして不覚
婚約者のミレーヌには、俺とは別に愛する男性が居たようだった。婚約相手がいるというのに、とは思う。だけど今まで彼女との関わりを避けて、ずっと放置してきた俺の責任もある。それは、わかっているつもりだ。
流石に今回の出来事を無視して、婚約状態を続けるつもりはなかった。両親には、どうやって説明して、彼女との婚約を解消るればいいのか。
素直に話すべきか、それとも事実を隠して穏便に済ませる別の理由を考えるのか。どうしようか。そんな事をずっと考えていた。
「どうした、リヒト?」
「え?」
馬に乗って進軍中に、兄のベアートから話しかけられた。俺は慌てて顔を上げる。すると彼は近くに馬を寄せて、心配そうな表情でこちらを見ていた。
「さっきから、何度も呼んでいるんだぞ」
「あ、ああ……。ごめん」
「何か考え事か?」
「いや、大丈夫」
他国の兵士が帝国内で目撃されたという情報が入ったので、確認のために偵察する任務の最中。余計な事を考えている暇はない。集中しないと。周りに不安を与えないように、気をつけなければいけない。それを、気づかせてくれた副団長のベアート。
だけど、もう遅かった。俺は、取り返しのつかない失敗をしてしまった。
「…ヒト、おい、リヒト!」
「うん、分かってるよ」
副団長であるベアートの怒鳴り声を耳にして、意識を取り戻す。そう。この事態を招いたのは俺だ。
帝国騎士団が拠点にしていた砦の外には、近隣国の連合軍が集まり戦争を仕掛けてこようとしている。予想していた敵兵の数を遥かに超える大軍が、砦を目標に攻めてくる準備を進めていた。何とかして、あれを止めないと。帝国は大変なことになる。
最近、順調に事が進みすぎたから慢心があったのか。それとも他に、頭を悩ませる問題があったから、俺の思考が鈍ったのか。本当なら、もっと早く気付いていたはずなのに。それだけの情報は、手元に集まっていた。
不用意に、偵察しに来てしまったのは愚かだった。そんな事に、団員を巻き込んでしまったことも。
とにかく、攻めてくる敵の数を見誤ってしまった。こちらの帝国騎士団と比べて、10倍以上の兵力差。無策で戦えば、絶対に勝てないだろう状況だ。
今から何かの策を仕掛けて、ひっくり返せる戦況でもない。
「どうするんだ?」
「このまま戦っても、勝つことは不可能だろう。団員達には、ここからすぐに逃げる準備をさせて。一旦引き下がってから、体勢を立て直すしかない」
取れる手段は少ない。即座に判断する。とにかく味方の被害を少なくするために、砦から逃げるしかないだろう。砦に引きこもって徹底抗戦というのは、愚策だ。そのための準備が足りない。無駄に消耗して、帝国騎士団が全滅してしまうだけ。
「しかし、あの大軍から逃げ切れるか? それに、ここから先に奴らの侵入を許してしまうと、大変なことに」
「僕が、どうにかするよ」
「いや、どうにかって……」
俺は、敵の大群から視線を逸らさずに答えた。隣に立っているベアートに見られているのを、肌で感じながら。
おそらく彼は、怪訝そうな表情を浮かべているだろう。それでも敵軍の居る場所に視線を固定して俺は、じっと前を見続ける。横からは、ため息も聞こえてきた。
「わかった。団長である、お前に任せる」
「うん。任せて」
ベアートには、どうにかすると言ったけれども、どうしようか。団員達が、砦から逃げる準備を進めている中で、頭を悩ませる。やはり、あの方法しかないかな。
そして俺は、覚悟を決めた。
「本当に、大丈夫なんだろうな!?」
「大丈夫だよ。だから、兄さんは先に帝都へ逃げて、この事態を報告して」
逃げる準備が整って、敵軍が攻めてくる方向の反対側から拠点の砦を出ていく。
俺だけ1人で、砦に残ると皆に告げた。とある作戦を発動させてから逃げ出すと、副団長のベアートに説明をした。この方法は、俺だけにしか出来ないこと。
副団長のベアートには、帝国騎士団の団員達を連れて先に帝都へ逃げるように命令する。砦に残るのは、俺1人だけ。もちろん反対されたが、団長命令として押し通した。
「他に、方法は無いのか?」
「これは、命令だよ。彼らを連れて帝都へ逃げるんだ。そうすれば、必ず生き残れるはず。拒否は許さない」
この失敗を招いてしまったのは、俺の油断だった。だから俺は責任を取るために、覚悟を決めて副団長のベアートに命令する。
「ッ! わかった。お前ら、逃げるぞ!」
ベアートが頷いて、逃げる準備が完了していた団員達に指示を出していく。一緒に戦ってきた仲間達である彼らは、苦渋に満ちた顔をしていた。それでも彼らは指示に従って、帝都へ逃げていく。これでいいんだ。
団員達を逃して、俺は1人で拠点の砦に残った。乗っていた馬も逃した。無事に、生き延びてくれたらいいんだけど。
彼らが命令を拒否して砦に残り、俺と一緒に最後まで戦うと言い出さなくて本当に良かった。
砦の外から、敵軍が進軍してくる音が聞こえる。かなり近い。どうやら、団員達が逃げ出したことを察知したようだ。この距離は、いいな。どんどん近づいてこい。
今まで、この世界ではあまり使ってこなかった魔法を使おう。魔力を全て使い切ることで発動させる、命をかけた大魔法を。
魔力の消耗が激しいこの世界で無理して使おうとすれば、命を落としてしまうだろうなと、俺は予想していた。だけど、それで良かった。
おそらく、この世界では誰も見たことがないだろう魔法を使う。その力で、敵軍を混乱させて、少しでも帝国騎士団の逃げる時間を稼ぐ。あわよくば、敵の兵力を少しでも減らすための奇襲攻撃でもあった。
魔力を込めれば、地形も変えられる程の威力がある。敵軍を近くまで引き寄せて、油断している所をドカンだ。
「まさか、また同じ15歳で俺は死んでしまうのか」
俺は今、15歳だった。思い返してみると、前世で兄に毒殺されたのも15歳の時だった。同じ年齢で、また俺は死ぬようだった。これは、運命なのか。
ただし今回、死地に陥ったというのは俺の失敗によるものだ。偶然なんかじゃなくて、自業自得だと思う。
だから年齢が同じなのは、ただの偶然だとは思うが。嫌な運命を感じてしまった。だけど今回は、自分の意志で命を懸ける。前回の、毒殺された状況とは違うだろう。
今から逃げ出して、生き延びることも可能だとは思う。
けれども、そうすると帝国騎士団のみんなを危険にさらしてしまう。だから俺は、ここで敵軍の足止めをしないといけない。団長として、こんな状況に陥ってしまった責任を取らないといけないから。
「よし、やるか」
気合を入れて、魔力を高める。大魔法を発動する準備を整える。もうすぐ近くまで寄ってきている敵軍を目標にして、俺は魔力を体の外に開放する。これで、大魔法を放つことが出来る。
前世でも、片手で数える程度しか使ったことのない大魔法。当然だが、この世界で使うのは初めてだった。
大魔法を発動させる方法と、発動させるのに必要な魔力の量は覚えている。でも、ちゃんと発動させることは出来るだろうか。
敵軍の声が聞こえてくる。どんどん接近してくるようだ。狙い通りのタイミング、全力全開で集めた魔力を全て、体の外に放出した。目の前で、大きな爆発が発生した瞬間を確認した。ちゃんと、大魔法は発動したようだ。しかし。
「ぐぁああああああ!!!!」
痛い、苦しい、熱い、辛い。今まで感じたことのないほど強烈な激痛に襲われて、目の前が真っ暗になる。砦の中で1人、地面に倒れる。助けてくれる者は誰も居ないだろう。そこで、俺の意識は途切れた。
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