第29話 仕事に集中した結果

 帝国騎士団としての仕事は、とても順調だった。最初に団長としての実力を示せたのが良かったし、その功績があるおかげで仕事もしやすかった。


 仕事に熱中しているうちに、俺は15歳になっていた。騎士団長としての貫禄も、身についてきたと思う。


 もともと騎士団員達は年齢の若い俺に対して協力的だったが、さらに慕ってくれるようになった。


 俺は、団長に任命されてから何度か戦争に参加して、次々と手柄を立てていった。兄である副団長とも協力して、どんどん成果を積み重ねていく。


 帝国騎士団は、アルタルニア帝国に栄光の時代を築いた立役者であると、国民からものすごく評価されていた。上手く行き過ぎて怖くなるぐらい、物事が円滑に進んでいた。順調なのは良いけれど、何か嫌な予感がした。だから俺は、失敗しないように気をつけて、もっと自分の仕事に集中する。


 それが、ダメだった。




 何度目かの国境防衛の戦いを終え、俺は帝国騎士団を引き連れて帝都に帰還した。帰還したその足で、戦いについての結果を報告するために城の中を歩いていた。情報の漏洩を防ぐために、まずは団長である自分が1人で行く。向かう先は、皇帝陛下の執務室。


 今回の結果について、皇帝陛下に報告をしてから、次の戦いに向けた計画に関する相談も併せて行う予定。遭遇したのは、その時だった。


「あ」


 城の中を歩いていると、婚約者であるミレーヌの姿が目にとまった。


 彼女の姿を見たのは久しぶりだった。なぜ、こんな場所にいるのだろうかと疑問に思う。理由がなければ、城に来る予定なんて無いはずだけど。パーティーか、何かの催し物に参加するためだろうか。


 こんな所で出会ったのだから、避けていてはダメだろうな。せっかく偶然にも姿を見かけたのだから、声をかけようと近づいていく。すると、その場には彼女だけではなく、もう1人。別の誰か居るのに気が付いた。


「ミレー……ッ!」


 慌てて声を引っ込める。足も止まった。彼女に隠れて、その行為を目撃したから。楽しそうで親しげに、愛おしそうに別の男性と会話をしているミレーヌの姿を。


 金髪の、若くて顔立ちの良い男性だ。見覚えはない。ミレーヌの兄弟、というわけではなさそうだった。勘違いじゃない。


 抱き合うような近距離で密着しながら会話をしている姿は、とても似合っている。片方の女性が自分の婚約相手でなければ、2人の恋愛を応援していたかもしれない。どう見ても、お似合いの恋人だったから。


 気が付くと俺は、息を潜めて物陰に隠れていた。そこで、2人の会話をひっそりと盗み聞きしていた。心臓がバクバクと、嫌な意味で高鳴っている。自分の心に向けて落ち着けと言い聞かせる。そして、ゆっくり壁際から覗き込んでみた。


「エルヘンドル様……」

「ミレーヌ」


 見間違いじゃなかった。そこには見知らぬ男性に、もたれかかったミレーヌの姿があった。やはりあの姿は、ただの友達という関係には見えない。


 その光景は、愛し合っている男女にしか見えなかった。


 男性の方、エルヘンドルというのは聞き覚えのある名前だ。たしか、アルタルニア帝国の貴族だったと思うが、どこの家の者か、までは思い出せない。


「英雄リヒトとの関係は、その後どうなったんだ?」

「最近は、あの人とは顔も合わせていません。どうしているのか、私も噂で聞くことぐらいしか知りません」

「婚約相手なのに、か?」

「婚約相手なのに、です」


 こんなタイミングで、俺に関する話題で2人が会話しているのを聞いてしまった。どうやら相手の男は、ミレーヌの婚約相手である俺のことを知っているようだ。


 問いかけられた彼女は、表情を暗くして俺のことを語る。名前も口には出さずに、嫌そうな表情を浮かべて話していた。そんなに俺のことが、嫌だったのか。


 彼女との初対面を思い出す。何を話していいかも分からず、気まずい雰囲気の中で長時間過ごした時のことについて。あれから、女性に対しての苦手意識を自覚して、今まで婚約相手である彼女を避けてきた。




 今まで、数えるぐらいしかミレーヌと会ってこなかった。だから、仕方がないことだと自分に言い聞かせる。仕方ない。こうなってしまった原因も、わかっている。


「そうなのか。英雄様は、戦場でも大活躍のようだが」

「私には、英雄の妻など無理です。私は、エルヘンドル様の側に居たいのです」


 それが彼女の本心なのだろう。それを俺は知ってしまった。確かに、今まで彼女を放置して、仕事に熱中していたが。婚約者なのに、これは……。


「親が決めた婚約だよ。貴族の家に生まれた者として、それは義務なんだ」

「そう、ですね……。でもぉ……」


 エルヘンドルと呼ばれていた男性に説得されて、残念そうに口をつぐむミレーヌ。その表情は、納得できないというような不満げなものだった。その後に、甘える声と上目遣いで、どうにかしてほしいと訴えている。


「だが、私も貴女のために出来る限りのことはしよう。君の両親に、なんとか婚約を考え直すように進言してみよう」

「お願いします、エルヘンドル様ッ! 私は、貴方を愛しているんです。だから!」


 ギュッと2人は抱き合っていた。それ以上は、見ていられない。俺は、その場から足早に立ち去った。


 そうか。婚約相手のミレーヌから、そんな風に思われていたのか。今まで、ずっと放置していた俺にも問題はあると思う。だけど、彼女には他に好きな者が居たんだと判明して、ショックだった。


 親の決めた相手だったから、俺も彼女を愛していたというわけではない。けれど、無性に悲しかった。自分の想像している以上に、精神的なダメージを受けていた。


 あんな風に思われているのなら、婚約関係も解消したほうがお互いのためだろう。俺から両親に話さないと。でも、どうやって話したらいいのか。


 しかし、情けない話だ。初めて決まった婚約者が奪われるなんて。完璧に、彼女の気持ちは見知らぬ貴族の男の方に向いていた。俺ではなく。


 今まで接触を避けてきて、彼女のことを放置していた俺も悪いとは思う。だけど、婚約している相手がいるというのに何も言わずに、黙ったまま別の男性と恋愛をする彼女に対して、どうなのかと責めるような気持ちもあった。




 あぁ、ダメだ。これから、皇帝陛下に戦況について報告に行かなければならない。気持ちを切り替えなければ。


 けれど、婚約相手だった彼女から裏切られてショック、という気持ちを切り替えることは出来なかった。心の中にモヤモヤとした気持ちが、消えることなく残り続けていた。

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