第28話 帝国の英雄
婚約関係については、一旦置いておくことにする。婚約が決まったという事を受け入れて、それで十分なはず。今俺が優先するべきなのは、帝国騎士団の仕事だろう。そちらに集中しなければ、ならないはずだ。そう考えることにした。
というのも近々、俺は帝国騎士団の団長に任命される予定があったから。いくつか戦場を経験して、順調に成果を上げていった。その結果を評価されて、帝国騎士団の団長に任命されるという。
あまりにも若くて早すぎる出世なのに、反対する者は誰一人として居ないらしい。それなりに活躍してきた自負はあるけれど、それほど高く評価されているなんて知らなかった。
実は、アインラッシュ家次男のベアートがずっと副団長という立場に留まっている状況だった。彼のほうが、新しい団長に適任なのではないかと思っていた。なので、兄と話し合ったこともある。
その時に教えてもらったのだけれど、ベアートは何度も団長の任命を断っているという。その理由について聞いてみると、彼はこう答えた。
「俺は、戦いだけに集中したいからさ。団長になって面倒な書類仕事を任されると、絶対に無理だぜ。だから、今の副団長という立場が性に合って、気楽でいいんだよ。お前は、俺とは違って器用だし団長に任命されても大丈夫だろ」
「なるほど、そうだったんだね」
そういう理由があって、ずっと副団長の立場に留まっていると本人から告げられて、兄の考えが分かった。
確かに、そういうのが苦手だと言っていたのを聞いた覚えがある。過去に何度か、彼の溜め込んでいた書類仕事の処理を手伝ったこともあった。
団長になれば、そういう仕事も増えるだろう。それを嫌がって、ベアートは何度も任命を断っているのか。兄の本音を聞けて、良かった。そういう事情であれば、俺が引き受けても大丈夫かな。
「そもそも、実力的にも俺が負けてんだからさ。実力順で言えば、お前の出番だろ。だから団長の立場は、お前に任せたぜ」
最近の模擬戦で、兄のベアートに勝ち越していた。剣の達人であるアルヴィーンに鍛えてもらって、魔法による身体強化もある。だから俺が、兄に勝てるのは当たり前なのかもしれない。
ベアートも決して弱いわけじゃない。帝国内でも、かなりの実力者だった。だからこそ、副団長という地位にいるわけだし。
「わかったよ、ベア兄さん! そういう事なら、団長の役目を引き受けてみるよ」
「おう、頑張れ。戦場だったら、俺も副団長としてお前を助けてやれるから。そこは、頼ってくれよな」
「うん、頼りにしているよ」
ベアートからそこまで言われて、帝国騎士団の団長という立場を任されることに。皆に期待されているようなので、その期待に応えたい。ということで俺が、しっかりと帝国騎士団の新しい団長としての役目を引き継ぐことが決まった。
俺が13歳になってしばらく経ってから、帝国騎士団の新しい団長として任命式が行われた。
新たな団長の役目を、俺が引き受ける。そして今回も、帝国騎士団の団長としては最年少だった。様々なイベントで、次々と最年少記録を更新していく。
近隣国にも、その情報が伝わっていくだろう。それが我々の狙いだった。
任命式が行われて、数日後。帝都から遠く離れた森の中、国境付近の場所で俺達は隠れていた。
「どうだった?」
「団長の予想した通り、付近に敵国の軍隊が待機しています」
「そうか。詳しく教えてくれ」
敵が待機しているだろうと予想する場所や、敵が装備している武器の詳細、攻める準備を進めているらしい、敵兵士達の様子について。偵察してきて、入手したという情報の詳細を聞いていく。
「わかった。予定の時間まで、休んでおいて」
「了解しました」
俺は、部下である偵察兵の報告を聞きつつ、手元の地図に情報を書き込んでいく。彼から伝えられた情報に満足して、俺は頷いた。全ては計画通りだった。
「ここまでは予想通りだな、団長」
「そうだね、ベア兄さん」
横に並び立つ、副団長のベアートに頷いて返答をする。アルタルニア帝国の新しい帝国騎士団の団長は、まだ年齢が13歳の若造だ。
そんな若すぎる子供なんかに、帝国騎士団を掌握しきれるわけがないはず。戦争を仕掛けるなら、今のタイミングだ。そう近隣国に思わせる。そして、攻めてきた所を返り討ちにする。そんな計画だった。
「まさか、ここまで順調に行くとは驚きだぞ。力はアルヴィーン、頭脳はエルンストとは、アインラッシュ家が誇る完璧人間か」
剣を扱う技術は長男のアルヴィーン並み、頭の良さは三男のエルンスト並みだと、褒めてくれた。だが、俺はどちらの兄にも勝ったつもりはないし、悪い言い方をするなら器用貧乏というような感じもするが……。
今は、余計なことを考えないでおこう。作戦に集中しないと。
「いやいや。確かに、ここまで順調に行くなんて僕も予想してなかったよ。相手が、策に引っかかってくれれば儲けもの、って思ったぐらいで。これが成功するなんて、期待してなかったんだけどね。でも、敵が来てくれるというのなら歓迎しないと」
「おう! 戦いが始まるな」
副団長には、そんな風に威勢良く語った。作戦は無事に成功していると。だけど、相手がこちらの手を読んでいる可能性も危惧していた。最後まで、油断は出来ない。敵の動きを、見極めないといけないな。
これも、兄のアルヴィーンに教えてもらった。どんな相手でも油断しないように。
「それじゃあ、計画の通りに、兵の移動をお願いするよ。予定の位置で待機して」
「まずは、先頭の奴らをこちらに引き込むんだな。任せろ」
俺と副団長のベアートが二手に分かれて、帝国騎士団の団員に指示を出していく。騎士団員は、団長に任命されたとはいえ、まだ年若い俺の指示でも聞いてくれるので安心だった。ちゃんと、騎士団の指揮を取れていた。
優秀で頼りになる騎士団員の仲間達と一緒に、俺も前線に出て行く予定。これから始まる戦いに、負けるつもりは一切なかった。
ある程度、帝国内にまで敵を引き込んでから一気に敵軍を一網打尽にする計画だ。初の団長としての仕事、どれだけ成功させることができるかな。挑戦してみようか。
俺が団長になってから初めての作戦は、こうやって気軽にチャレンジしてみた。
運が良かった。相手の将軍は計画通りに、しっかりと最年少団長である俺を侮ってくれた。
簡単な戦術にも引っかかってくれて、こちらの損害は軽微だった。そして、相手に壊滅的被害を与えることに成功した。あれ程のダメージだと、全てを立て直すのには少なくとも数年の月日が必要になるだろう。
戦争に完勝して、帝都に凱旋する。俺が帝国騎士団の団長に任命されてから、初の戦争に完全勝利である。しかも、任命されてから間もなくの勝利だった。
今回の作戦に参加してくれた団員達にも、戦って勝てる団長であることを示せた。この功績は、かなり大きい。俺は新たな帝国騎士団の団長として、順調なスタートを切ることが出来た。順風満帆である。
今回の戦いの成果は、アルタルニア帝国でも高く評価されていた。国民達からは、帝国の新たな英雄が誕生したと讃えられた。
全ては順調だった、たった1つの問題を除いて。
実は、婚約相手については放置していた。長い間ずっと、その問題を引き伸ばしにしている状態だった。無意識のうちに関わらないように、仕事が忙しいから仕方ないと言い訳して、逃げ続けている状態。
この数年間で、彼女と会ったのは片手で数えられる程度しかない。もちろん、仲も進展していない。
このまま放置し続けるのはマズイと理解しつつ、会いに行くことは出来なかった。どんどん、気まずくなっていくから。
帝国騎士団の仕事については一段落したので、そろそろ放置していた問題にも向き合わないといけないだろう。俺は、強く感じていた。
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