第10話 両親の死
それは俺が、12歳の頃に起こった出来事。
母親のマティルデが亡くなった。とても急な事だった。彼女が亡くなる1週間ほど前から体調が悪くなり、ベッドで安静にしていた。それから病状が一気に悪化して、そのまま帰らぬ人となってしまった。
「ママっ!」
もう二度と目を覚まさない母親の体に抱きついて、大粒の涙をポロポロと落として大声で泣く妹のマリア。彼女の悲痛な声を聞いて、俺の胸が痛む。まだ、幼い子供だというのに。
この世界の人間は、こんなにもあっさりと死んでしまうのか。
「ッ……、マティルデ……。っく……」
呆然としている父親のニクラスが、小声で妻の名を呟いているのが聞こえてくる。大切な伴侶を亡くして、ショック状態に陥っている父親にどんな対応をするべきか、俺は分からない。
「……」
黙り込んだまま、ジーッと母親のマティルデを見つめ続ける兄のダグマル。とても悲しそうな表情だった。普段あまり感情を見せない彼でも、そんな状態に陥るのかと驚いた。もしかすると俺の知らない彼は、思っていたよりも身内のことを大事にする人だったのかもしれない。
俺は、どんな顔をして母親を見ればいいのか分からず、困惑していた。自分の感情が、よく分からなかった。母親の死を、ちゃんと受け入れることが出来なかった。
突然の不幸に、皆が悲しんだ。俺も、思ったよりショックを受けていた。しばらく時間が経過してから、じわじわと実感した。母が死んだ。身近に死を感じた。
人は死ぬ。俺も、いつかは。
転生して二度目の人生を送っていた俺は、無意識のうちに死についてを軽く感じていたのかもしれない。しかし、身内である母親が亡くなって、俺もいつか死ぬんだと思うと、死をリアルに感じて急に怖くなった。そして、悲しくなった。
前世に記憶はあるが、死ぬ瞬間の記憶はなかった。気が付いたら俺は、この世界に居たから。忘れているのか、それとも意識がない時に死んでしまったのか。
転生なんて、ファンタジーな世界だと思っていた。創作の世界だと。異世界には、魔法があって、物語の中に居るような感覚。非日常な世界なんだと、気付かぬうちにそう思っていた。きっと楽しい世界だと。だから、死も遠い存在だと無意識のうちに感じていた。
俺にとって、この世界は現実なんだと母親の死によって思い知らされた。
母親の死に大きなショックを受けた俺だったが、なんとか悲しみから立ち直った。俺なんかよりも、妹のマリアのショックが大きいようだから。兄として、しっかりしないといけない。そう思えたから。
賢い彼女は、10歳にして死というものをちゃんと理解していた。母の死を知り、もう二度と帰ってこないことを、とても悲しんでいた。悲しみに打ちひしがれている彼女のケアを、しなければならないと思った。そうしないと、彼女が壊れてしまう。
頼れる大人であった父親のニクラスは、伴侶の死という悲しみから逃れるためだろうか、あれから仕事に熱中して家庭を顧みない人になってしまった。彼と会う機会は、極端に減った。
俺の目から見て、とても妻を大切にしていた父。今は仕方がないのかもしれない。彼が立ち直るのは、時間が解決してくれることを待つしかなかった。まだ子供でしかない俺には、見守ることぐらいしか出来ない。俺が大きくなって、彼の仕事を手伝えるようになったら、父親を支えることも出来るのかな。
兄のダグマルは、父親と同じように日々の教育にのめり込んでいったようだ。以前よりもさらに、関わる機会が減った。
一緒の屋敷で暮らしているはずなのに1ヶ月以上、彼と会わない時があるぐらい。もちろん会話も一切なし。
次期当主としての責任を果たすため、今は必死に勉強している様子。早く父親から当主の座を受け継ぐために。必死だけど、ちゃんと食事と睡眠をとって生活を送っているようなので、父親に比べると心配は少ない。冷静さはあるようだ。
「……ママ、うぅっ」
妹のマリアは、毎晩のように部屋で泣いていた。
やはり、ショックが大きいようだった。
出来る限り妹のマリアから目を離さないように注意して、彼女のそばで余計なことは言わずに黙ったまま寄り添い、支えた。
いつも通り彼女が、人として基本的な生活を送れるように食事や睡眠をとらせて、マリアに普段の生活を取り戻させようと努力した。
時間が経過していくと、次第にマリアも立ち直っていった。魔法のトレーニングをしたりして、日常的な活動にも興味が戻っていった。
時間を掛けて、ちゃんと母親の死を受け入れて、乗り越えられる。とても賢くて、強い娘だった。
しかし、不幸は続く。
母親のマティルデが亡くなってから2年後、今度は父親のニクラスが過労によって亡くなった。彼は、仕事に熱中するあまり体調を悪くしたようだ。それを隠したまま領主として必死に働き、無理が祟って死に至ってしまった。
彼にとって妻のマティルデが亡くなったのは、立ち直れないほどにショックが大きすぎたらしい。なんとか忘れようと仕事に熱中して、無理してしまった。
父親のニクラスに何度か仕事の量を減らすか、辞めさせようと説得してみたけど、聞き入れてもらえなかった。もっと強く言うべきだった。対処が遅すぎた。
この世界では、病気や過労であっさりと人は亡くなってしまう。両親の死を受け入れて、自分たちは必死に生きていかなければならないと、改めて思った。
妹のマリアは、ようやく母親の死から立ち直ろうとしていた寸前の出来事だった。今度は父親も亡くなってしまい、再びショック状態に陥り、塞ぎ込んでしまった。
「ママも、パパも居なくなった……。どうしよう……?」
「大丈夫。俺が居るから」
父親のニクラスが亡くなったことで、次期当主であったダグマルが、領主としての地位を受け継いだ。領主の引き継ぎなどで兄はとても忙しそうだったので、俺や妹に意識が及ばず。今度も主に俺が、家族として妹のマリアを支え続けていた。
ここ数年で、俺の周りの状況は大きく変わっていった。
ロールシトルト領内にも、不安が広がっているようだった。
慕われていた領主ニクラスから、その息子のダグマルに領主の立場が受け継がれてどう変わっていくのか、領民は非常に注目していた。
俺は、妹のマリアを支える他にも何か、ロールシトルト家のために働きたかった。だが兄を助けるにも、どうやって手助けするべきかを悩んでしまう。今までの微妙な関係があって、手を出しあぐねている状況。
まずは、兄との関係の改善が必要だろう。しばらく会っていなけれど、今の状況を変えるためには、覚悟を決めて会いに行くべきだろう。
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