第11話 原因不明の体調不良

 母親のマティルデが亡くなってから3年、父親のニクラスが亡くなってから1年の月日が経過していた。


 妹のマリアの様子を常に気にしながら、兄のダグマルとの関係を修復しようと努力してみたけれど、なかなか思うようにはいかない状況が続いていた。


 俺は、15歳になっていた。魔法の実力は、それなりにあると思う。教師のフリオにも魔法勝負で勝てるぐらい。


 実は、数年前から彼の実力は上回っていた。けれど隠していた。実力があることを見せてしまうと、兄のダグマルの立場が危うくなるかもしれないと考えたからだ。俺のほうが実力があるから、領主に相応しいと言い出す奴らが出てくるかもしれないと思って。


 今まで実力を隠していたのだが、とあるキッカケによって、それを意図せず見せることになってしまった。


 そのキッカケというのが魔法の授業が行われている最中、フリオの発言にあった。


「呪文を唱えるのに、ちゃんと集中しなさい」

「してます」

「その口の聞き方は、なんだ?」

「……」


 もう数年間も続いている、フリオの呪文を唱える練習だけ続けている魔法の授業。不幸な出来事が続いて、彼を解雇するべきという相談をするタイミングを逃し続けてきて、今も授業が続いていた。


 無駄だと感じるだけの授業を受けなければならないというストレスで、授業に身が入らない。それが気に入らなかったのか、フリオがこんな事を言ってきた。


「両親の死ぐらいで集中を乱しているのであれば、魔法使いとしての実力を高めることは出来ませんよ」

「なんだって?」

「ですから、些細な事に心を乱してしまえば、魔法の発動は安定しません。さっさと両親の死を受け入れて、乗り越えなさい」


 その言葉を聞いて、俺の体が震える。教師フリオの見当違いな指摘、無神経で怒りに火をつけるような彼の発言を聞いて。一気に我慢の限界に達した。


「こんな授業、受けるだけ無駄だった」


 俺が、魔法を学びたいと父親にねだって始まった魔法の授業。まさか実態がこんなモノだったとは知らず、でも今までは我慢して授業を受け続けてきた。授業をやめるタイミングを今まで逃してきて、惰性で今まで続けてきたけれど、もっと早く止めておけばよかったと今になって後悔する。


「私の授業が無駄? 実力もない子供が、思い知らせてやる。魔法で勝負だッ!」


 俺の本心からの漏れてしまった言葉が、教師のフリオの耳に届いて彼を怒らせた。魔法で勝負を仕掛けてくる。実力で思い知らせてやる、ということらしい。


 そうして始まった勝負の内容は、魔法の発動させる早さを競う勝負、魔法をぶつけ合って威力を競う、というもの。


「なっ!?」

「これで理解しましたか?」


 今まで独学で鍛えてきた魔法の実力、けれど面倒なことになりそうだと隠していた力を発揮する。勝負した結果、魔法を放つ早さも威力も、どちらも俺は教師フリオに勝った。圧倒的な実力の差を示して。彼は、驚愕した表情を浮かべていた。だけど、すぐに落ち着きを取り戻していた。


「ッ……。残念ながら、私がリヒト様に魔法で教えられる事は無くなりました」


 勝敗が決まった後、杖を握ったまま俺を憎々しげに見つつ、落ち着いたふりをしているが、悔しいという気持ちを隠せていない様子のフリオ。負けは認めるらしい。


「はぁ、馬鹿らしい」


 こんな事のために、今まで頑張って魔法の実力を磨いてきたわけじゃないのにな。虚しくなった。


 その後すぐにフリオは教師の職を辞退して、ロールシトルト領から去っていった。


 実力を低く見積もって、見下していた生徒に負けてしまい、悔しいという気持ちがあっただろう。このまま何事もなかったかのように教師を続けるような、メンタルの強さは無かったみたいだ。だけど、ずる賢い奴だった。


 領主だった父親のニクラスが亡くなってしまったので、別の新しい場所で雇い主を探す旅に出たらしい。次の、ロールシトルト領主となったダグマルを無能だと罵り、彼に見切りをつけたようだ。


 結局、教師のフリオの授業は最後までずっと呪文を唱える練習ばかりだったので、魔法を学ぶのに何の役にも立たなかったな。だから、教師を辞めて領地から去る彼を引き留める必要は一切ない。




 教師のフリオが去って、魔法の授業は無くなった。新しい教師を招くこともなく、空いた時間に俺は、独学で魔法の勉強を毎日続けていた。


「ゴホッ、ゴホッ」

「兄様!? 大丈夫?」


 魔法のトレーニングをしている最中に、咳が出てしまった。しまった、失敗した。妹のマリアが居る目の前で、体調が悪い様子を見せてしまった。


 13歳に成長した妹のマリア。けれどまだ、両親の死で過敏になっている。そんな彼女に、俺の体調が悪い姿を見せてしまうと余計な心配を掛けてしまうから。


 今も、ちょっとした咳なのに、彼女は不安そうな表情を俺に向けている。


「うん、大丈夫だよ」

「本当に?」

「あぁ、本当だよ! 全然、元気さ」

「……」


 心配して顔を覗き込んでくるマリアに、俺は笑顔を見せる。だが、彼女は心配した表情のままだった。


 実を言うと、俺は少し前から体調が悪かった。常に喉は痛くて、日常的に咳も出ていたし、熱もちょっとある。でも、マリアには黙っていた。原因がわからないから。




 両親の件があったので、俺は体調が悪くなったと自覚してすぐ、医者に診てもらっていた。


 この世界には魔法はある。けれども、怪我を治したり、病気を治療するような回復魔法というモノは存在していないらしい。


 だから医者がいて、体調が悪い場合には診察をしてもらう。病気の原因について、調べてもらう。それで原因が判明したなら、治療するための薬も処方してくれる。


 俺の体の具合を調べてくれた医者の診断結果は、原因不明。


 咳が出て、熱もあって、体調は悪いけれども、その原因は分からないと言われた。今のところ、安静にして過ごすしか治療する方法は無い、とも告げられる。


 両親の事を思い出す。母親のマティルデは、体調が悪くなって安静にしていたが、1週間後に体調が一気に悪化して、亡くなってしまった。


 父親のニクラスも、伴侶を亡くしたショックと、仕事のし過ぎにより無理が祟って死に至ったと言われている。けれど、その前から体調を悪くしていた。


 どちらも、医者の診断結果は原因不明だったという。


 もしかして、次は俺の番なのかもしれない。そう思った。これは遺伝的な病気で、俺も両親と同じような原因で体調を崩してしまったのだろうか。


 他にも何人かの医者に診てもらったが、やはり体調不良の原因は不明だという。


 日毎にどんどん体調不良は悪化していく。自分の生命力が、どんどん失われていくのを感じていた。意識だけ、はっきりとしている。けれども体のあちこちが不調で、常に辛く苦しい。


 せっかく魔法が存在する異世界に転生したというのに。俺は、これからどうなっていくのだろうか。先行きは、あまり明るくなさそうだった。

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