第12話 お見舞い

「……っ! ゴホ……っ!」


 何度も咳が出て、ずっと喉に違和感があった。頭もぼんやりして熱が出ているようだった。ずっと体調が悪い。しかし、ゆっくり休むぐらいしか対処法がない。寝て、回復するのを待つだけ。


 普段から気をつけて無理しないように生活を続けてきた。けれど、病状が回復する様子はなく、どんどん悪くなるばかり。


 とうとう、体調の悪化を隠しきれなくなった。医者に指示されて、一日中ベッドで休むように言われてしまった。


 もちろん、そうなると妹のマリアにも事実が明らかになってしまう。これ以上は、隠し続けるのが不可能だった。結局は、心配させてしまう。それが申し訳なかった。


「なんで、体調が悪くなったのを私に隠してたんですかッ!」

「いや、君に心配を掛けたくなくて。ごめんね」


 ベッドの上で横になっている俺を、腰に手を当て見下ろすマリア。そんな彼女は、怒っていた。


 幼くて小さかった妹のマリアが、しっかり者のマリアに成長していた。彼女から、病状を隠していた事を強く責められてしまう。


 マリアのためにと思って、俺の体の状態について隠してきた。けれども、隠し事をしていた俺が完全に悪いので、謝ることしか出来ない。


「兄様に事実を隠されていた事のほうが、ショックです!」

「すまない」


 マリアはうつむき表情を暗くすると、本当に辛いというような表情で呟いていた。そんな表情をさせてしまった俺は、罪悪感にかられる 。本当に、申し訳ないことをしてしまったな。


 いつも判断を間違えてしまう。もっと良い選択肢があったはずなのに、後になって後悔することばかり。俺は転生者なのに、何も上手くいかないな。


 彼女に謝ることしか出来なかった。寝ている頭を動かして、心を込めて謝るぐらいしかないだろう。頭上から、ため息が聞こえてきた。


「許します。ちゃんと安静にして、早く病気を治してください」

「うん。ありがとう、頑張るよ」


 言ったものの、俺は何を頑張ればいいのか分からない。医者から言われた方法は、とにかく安静にして体調が回復するのを待つだけだという。依然として病状の原因は不明なままだと診察されて、具体的な治療法が分からない。


 だから俺は、言われた通りベッドの上で安静にする。そんな1日を過ごしていた。マリアや使用人達にサポートしてもらいながら、屋敷での生活を続ける。




 毎日のように、部屋まで見舞いに来てくれるマリア。俺の体調不良が早く完治することを期待して、看病してくれる優しい妹。彼女には感謝しかない。


「今日の体の調子は、どうですか? 具合は、悪くありませんか?」

「うん。今日は、だいぶ良いよ」


 その日は朝から、本当に体調はいい感じだった。しかし、俺の答えを聞いてから、マリアは俺の顔を覗き込んで調子を確認してくる。見落としがないようにじっくり。その後にもう一度、同じ質問で大丈夫なのかどうか聞いてくる。


「本当ですか? 無理してないですか?」

「大丈夫だって、本当に」

「何か不調があれば、必ず言って下さい」


 何度もしつこく、体調について確認してくるマリア。そんなに信用できないのかな。病状を隠していたせいで、彼女からの信頼度がガクンと落ちてしまったようだ。仕方ないことだと思うが、やっぱり申し訳ない。


 俺のことを、とても心配してくれているから何度も体調を確認してくれる、ということも分かっている。マリアが心配してくれている、というのがひしひしと伝わってきたから。


 非常に嬉しかった。心配されているのを喜ぶなんて表情に出してしまうと、彼女は怒るかもしれない。それから、悲しんでしまいそうだ。だから、余計な感情を表には出さないよう、隠すのに必死だった。


「兄様。それじゃあ何か、食べたい物はありますか?」

「うーん、今は大丈夫かな」

「何か、食べたほうがいいんじゃ」

「さっき食べたばかりだから、本当に大丈夫だよ」

「……そうですか」


 体調が悪化してから、食欲が徐々に落ちてきていた。だが、普段の食事はちゃんと食べている。しっかり食べて、体調を回復しなければならないから。


 ただ、今のタイミングで食事を拒否してしまったことで、またマリアに心配されてしまう。食欲がなくて、しばらく食べていないのかと問い詰められるかも。ちゃんと食べているので大丈夫。本当だ。けれど、何度言っても心配されてしまいそうだな。


 そう思った俺は、急いで別の話題に移る。


「そういえば、魔法のトレーニングは順調かい?」

「はい。毎日欠かさずに、やっていますよ」


 話題を変えるために、マリアの魔法トレーニングの状況について聞いてみた。俺が教えて、一緒に続けてきた魔法の修行法。彼女は、ちゃんと今も続けているようだ。安静にしているようにと医者に言われたので、俺はトレーニングが出来ていない。


「それは凄い! 俺の病気が治る前に、実力は追い抜かされるかもしれないな」

「そうですよ。毎日、ちゃんと頑張っていますから。私の実力は上がっていますよ。だから早く病気を治して、兄様も一緒にトレーニングしましょう!」


 そう言って、励ましてくれる。やっぱり、彼女の優しさには救われる。体調不良で不安になっている俺を、元気付けようとしてくれているのだ。その気遣いが嬉しい。


「うん。そうだね」


 このまま、ちゃんと安静にしていれば大丈夫そうな予感はあった。一時期、かなり体調が悪くて危なかった。その頃に比べると今は、体調が少しずつ回復している。


 ように思う。少しずつだけど、ちゃんと回復しているはず。だから大丈夫なんだ。自分に言い聞かせるように、問題ないと振る舞い続けた。

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