第13話 長兄のダグマル
ある日の夜、妙な臭いを感じて目を覚ました。わずかに臭う、なんとなく嫌な感じのする臭いだ。
目を開けると、部屋の中は暗かった。まだ、夜の時間帯というのが見て分かった。こんな時間に、なんで起きてしまったのか。
「ふぅ」
再び眠りにつこうとするが、目が冴えてしまった。横になっている状態から上半身だけ起こして、ベッドの上に座り直す。今の俺は、たったこれだけの動きが大変で、息が漏れてしまう。だけど、きっと良くなるはず。そう信じていた。
ふと、部屋の出入り口がある方に目をやる。部屋の扉が少しだけ開いていた。俺が眠っている間に、誰か出入りしたのか。マリアか使用人の誰か。
「ッ!」
開いていた扉の横に気配があった。誰か壁に寄りかかって立っているのを見つけて驚いてしまった。声は出さなかったが、心臓が飛び出るかと思った。誰なんだ一体、こんな夜に。
部屋の中は暗くて、侵入者の顔は見えなかった。目をよく凝らして確認する。
そこの居るのが誰なのか、ようやく分かった。
無言で1人だけ、俺が寝ていた部屋に入ってきていたのは、兄のダグマルだった。いつの間に部屋に入ってきたのか。俺は寝ていたから、入室には気が付かなかった。
「兄さん?」
「……」
話しかけるが、返事はない。壁に寄りかかったまま、腕を組んで俺の顔を見ているようだけど。
しかし、こんな時間に俺の見舞いに来たのだろうか。珍しいこともあるものだと、別の意味で驚いていた。2人だけで顔を合わせるのは、今回が初めてかもしれない。これは、本当に珍しいこと。
部屋の暗闇に、徐々に慣れてきた。もう少しハッキリと、顔が見えるようになる。俺の視線と、兄のダグマルの視線がバッチリと合った。向こうも俺が見えているはずなのに、反応がない。
と思っていたら、ポツリと一言。彼がつぶやく。
「まだ、死んでいなかったか」
「え?」
小さな声で、かろうじて聞き取れた。しかし、聞こえたのは耳を疑うような内容。彼は今、死んでいなかったのか、と俺に向かって言ったのか。どうして。
憎悪に満ちた目で俺を睨んでくる兄。その視線にゾッとする。
そんな目で、俺を睨んでくるなんて。確かに今まで、兄と俺の関係性は薄かった。兄弟なのに、他人のような遠い関係だった。しかし、あれほどまでに憎まれるような関係でもなかったはず。それが、どうして。
「まだ気付かないのか、愚か者め。両親を殺したのは私だよ。そして、今からお前も殺す」
「……なんで」
理解が追いつかない。目の前にいる兄が何を言っているのか、認識するのに時間がかかった。それほど、俺にとって予想外だったから。
バカみたいに、なんで、と聞くことしか出来ない。
「もちろん、お前が生きていたら邪魔になるからな!」
兄のダグマルから、これほど強い憎しみの感情を向けられることになるとは思っていなかった。ただ、距離感が掴めず微妙な兄弟関係なだけなのかと思っていたのに。それは、俺の勘違いだった。彼は一方的に、俺のことを憎んでいた。死んでほしいと思うぐらい。
「領民は皆、お前を慕っている。このままでは領主としての私の立場が脅かされる。危険要因を事前に察知して阻止するのが、貴族というものだ」
「そんな、でも……ッ!」
そんな筈はない。父親の働きぶりを見てこなかったのか。領民に慕われていた父に憧れなかったのか。あれこそが正しい貴族の姿。誰かを蹴落とすなんて、そんなこと必要ないはずなのに。
「私と比べたら賢く、魔法の扱いに長けて、領民から慕われている。いつかお前は、私の立場を奪い取るだろう」
「……ッ!」
兄の立場を奪い取ろうだなんて、そんな事を俺は今まで一度も考えたことはない。手助けしたかった。そう反論したかった。けれど、唾を飛ばして激昂するダグマルに圧倒されて、俺は何も言えずにいた。
今まで溜め込んできた嫉妬と憎悪をぶつけられて、彼の話を黙って聞くしかない。
「まぁ、もうすぐお前は死ぬんだ。喜べ、この方法は父と母と同じ殺し方だぞ」
「そんな!? お前は、両親まで殺した……ッ」
信じられないような事実が発覚した。両親を殺害したのは、兄のダグマルだった。自分の両親を殺害するなんて。それを、嬉しそうな表情で白状する。
「ああ、そうだとも! 私が殺してやったのさ! 彼らも邪魔だったから!!」
「……」
言葉が出ない。両親が殺されたという事実だけでもショックだったのに、まさか殺害した犯人が目の前にいて、その理由が邪魔だから、だと?
狂ってるとしか思えなかった。
「母親は実験だよ。ちゃんと毒が作用するのか。周囲にバレないように、殺せるのかどうか確認するためにさ。実験は無事に成功したから、次は父親。領主としての権力を渡してもらうために、予定よりも早く退場してもらったのさ」
「なんて、馬鹿なことを……」
彼の目的は、領主としての立場を手に入れるとういこと。そんな事をしなくても、次期当主だったのに。なぜ、わざわざ両親を殺したのか。なぜそれを、俺に伝えるのだろうか。
「ガハッ!? ……こ、れは」
話を聞いている最中、急に俺の体から力が失われていった。上半身が支えきれず、気が付くとベッドの上に仰向けで倒れていた。血も吐いた。ベッドの上が、俺の血で汚れる。
いったい、何が起きたのか。訳も分からず、困惑していた。
「ようやく、貴様の体に毒が回ったようだな。待ちかねたぞ」
「ど、く?」
苦しい。息が出来ないほどに体が痛い。痛みのせいで、意識を失いそうだった。
でも、それ以上に頭が割れそうなほどに痛む。あまりの痛さに目の奥がチカチカと光った気がした。これはヤバい。死んでしまう。俺の二度目の人生は、こんな最期を迎えてしまうのか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます