第14話 二度目の

「空気中に散布した毒を吸い込んだら、死んでしまうのさ。原因不明の病気が一気に悪化した、ということになってな。この事実が、明らかになることもない」

「……ぐっ」


 どんどん苦しさが増していく。呼吸も上手く出来ない。しかも、吸い込んだ空気の中に毒が混じっている。どうすることも出来ない。


「もう、息を止めても無駄だがな。この毒は、最期のトドメだから。計画は数ヶ月前からスタートしている。貴様の体調が悪くなったのも、私の仕組んだ毒だ。つまり、貴様の死は既に確定していたこと」

「あ、あんたも、同じ空気を吸ってる……」


 苦し紛れに指摘するが、兄のダグマルは余裕の表情だ。


「お前はバカなのか? 何も対策をしないで、部屋の中に撒いた毒を吸い込むわけがないだろ。既に私は、解毒剤を飲んでるのさ。だから私には、この空気中にある毒は効かない」

「……く、くそっ」


 自分で立てた計画の完璧さを自慢するかのように、ダグマルが一つ一つ俺に説明をしていく。そして、毒で苦しむ俺を見て楽しんでいるようだ。


「ハハハッ! いい顔だね。せめてお前の死に顔は、俺が見届けてやるよ」

「……ッ」


 ダグマルが、口元を歪めて笑いながらベッドのすぐ側に近寄ってくる。だが、俺は体を動かすことが出来ない。そこから逃げることも。何も出来なかった。


「ハッ! もう体も動かないだろう。残念だったなぁ!」


 嬉しそうに、俺の顔を上から覗き込んでくるダグマル。手が届きそうな場所に奴の顔があるけれど、その顔に拳を叩き込むことが出来ない。反撃できなかった。


 いや、1つ方法がある。奴の計画を狂わせる、最後の手段が。


「さぁ、後どのくらいでお前の命が尽きるかな?」


 体が動かないが、指先に集中する。全身から、その一点に力を集めるイメージを。ふつふつと燃え上がった怒りを込めて、放つ。


「そんな目をしても無駄さ、残念だっ、……な!?」

「ぐうっ……」


 最期の命を込めて放った魔法が、ダグマルに直撃した。狙ったのはヤツの心臓だ。杖と呪文がなくても、魔法を放つことが出来る。無理に魔法を放ったことによって、俺もダメージを食らってしまうが、仕方ない。


 この男を生かしておいたら大変なことになる。次のターゲットは、妹のマリアかもしれないから。ここで始末しておかないと。


「ガハッ!」

「ぅ……ざまぁ、みろ……」


 奴が近くに寄ってきてくれたお陰で、狙いを外すことはなかった。ダグマルは血を吐いて、その場に倒れた。そして動かなくなる。


 生まれて初めて殺すことになった相手が、実の兄になるとは。肉が焼かれる臭いと空気中の毒、血のニオイが混ざり合い、俺の気分は最悪だった。無理に魔法を使ったので、俺の病状も一気に悪化していく。これは、助かりそうにない。


 ダグマルは解毒剤があると言っていたが、もう間に合わないだろうな。


「兄様!? ウッ……」

「ぅ……ぇ……」


 部屋の外から、妹のマリアの声が聞こえてくる。彼女が、部屋の中に入ってきた。部屋の中に広がる光景を目の当たりにして、うめき声を上げる。来ちゃダメだ。


「ゴフッ……」


 彼女に急いで部屋から出ろと伝えようとしたが失敗して、血を吐いていた。


 俺の口から、ベッドの上に黒の混じった赤い血が広がった。この量は、ダメだな。目も霞んできた。


「兄様!」

「……ッ」


 部屋の中に、妹のマリアの悲痛な叫び声が響いた。それから、俺の体に添えられた彼女の温かな手の感触があった。ここの部屋の空気は危ないと、伝えなければ。


「に、げろ、くうきが」

「逃げろ? 空気?」


 それだけで彼女は察してくれたのか、土の魔法で部屋の窓を破壊すると部屋の中にあった空気を、今度は風の魔法で入れ替えた。本当に、賢い娘だな。これで、彼女は大丈夫だと思う。安心する。


「これで良いのですか? 兄様」

「あぁ、ありが、どう、ゴフッ」


 まさか、せっかくの二度目の人生が、こんな結末を迎えることになるとはな。


「兄様ッ!」

「……ぁ……っ」


 声が出ない。彼女だけ残して逝ってしまうのに謝ることも出来ないのか。それが、本当に申し訳なかった。


「そんな、目を開けて、お願いっ!」


 耳元に聞こえる声。返事しようとするが、体を動かす力が既に失われていた。声が出ない。マリアに体を抱きしめられながら、目を閉じて俺は意識を失った。


 これが、死か。

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