第203話 訓練の時間

 ナディーヌたちは、魔王を倒すための武器を手に入れるためオプスクの森にやって来た。そこでモンスターの集団に襲われているところを、俺が助けに入った。


 拠点に連れてきて、少しだけ手助けする。コレは偶然そうなったから、女神も特に何も言わないだろうと思う。あの女神が今も俺やナディーヌの動向を把握しているのかどうか、わからないけれど。


 現在、怪我が治りつつあるシルヴィアとパスクオラルの2人が動き出し、森の中をあちこち歩き回って武器を捜索していた。モンスターに遭遇しても、逃げに徹すれば大丈夫なぐらいの能力はある。だけど彼ら2人だけだと不安なので、リヴに頼み護衛として彼らと一緒に行かせていた。モンスターの襲撃に備えながら、森のあちこちを丁寧に探し回っている最中である。


 しかし、まだ発見には至っていない。手掛かりすら見つけることが出来ていない。この広い森の中から武器を見つけ出すなんて無謀だと思うのだが。ここを拠点にしてから俺も、色々な場所を見てきた。それらしいモノを一度も見たことはない。だけど俺は、余計な口出しはせずに見守ることに。


 ナディーヌとレオナルトの2人は、魔王との戦いに向けて訓練をする日々だった。空いた時間に頼まれて、俺はナディーヌたちを指導している。こっちは口出しする。


「攻撃を一点に、全神経を集中させて。……そうだ、その動きを忘れずに」

「ハイッ! ッ! そこっ!」


 彼女の攻撃を受け流しながら、身体の動かし方について観察を続ける。気になった点を指摘して、もう少し効率の良い動き方に修正していった。実際に対面しながら、ナディーヌの戦い方を洗練させる。


 彼女は、既にかなり仕上がっているような状態だった。基礎能力については、もう十分に完成している。短時間で、これ以上のレベルアップを目指すのは難しいかな。なので今は、ボスなどの強敵も一撃必殺で倒せるように、短期決戦を想定したような戦い方を教えている。


「まだ若いのに、十分に戦えているよ。想像以上にセンスがいいね。ナディーヌは、戦いの才能があるな」

「あら、本当ですか? フフ、褒められるのは悪い気がしませんね。でも私のこれはセンスではなくて、今までに学んできたことを上手く活用することが出来たからだと思います」

「なるほど」


 前世で学んだ迷宮探索士の知識があったから、効率よく鍛えることが出来たというワケらしい。そのおかげで、若いというのにかなりの実力を身につけている。


 その上で、俺の教えをどんどん吸収して彼女の動きは良くなっている。短い期間でこれだけの技術を習得出来たのなら、やはりセンスも十分にあるだろう。


「リヒトさんに指導してもらえたからですよ! 自分でも、動きのキレが良くなっていることがわかります!」

「いやいや、それは君が努力した結果だよ」


 ナディーヌは俺の手料理に続いて、俺の指導も感激して受けていた。ファンとは、そういうものらしい。




「ハァ…、ハァ……ッ。走り、終わった、ぞ……。つ、次は俺の番だ……」

「もう少し休んで、息を整えてからだね」

「クッ……、わかった……、はぁ、ふぅ」


 レオナルトは、体力をつけるため走り回らせていた。ナディーヌとは逆に、戦いが長引いても耐えられるような能力から鍛える。


 課題として指示した距離を走り終えると、彼は息を切らして地面の上に膝をつく。常人に比べて遥かに体力はある。だが、魔王と呼ばれるような存在と戦えるように、基礎からじっくりと鍛え直していた。


 まず何よりも、戦いにおいて必要となるだろう体力。それを高める目的で、いつもやっている俺の指導方法に則って彼を走らせた。彼は不満を抱きつつも、文句を口に出すことなく従っていた。


 村で出会った頃の勇者だったら、文句を言っていたと思う。指示にも従わなかっただろうな。だけど今は違う。ナディーヌが居る。彼女が手綱を握って、勇者を従順にさせていた。ナディーヌの存在が、かなり大きかった。


 だから俺も、勇者を指導する。


「ふぅ……ッ。よしっ、いけるぞ!」

「わかった。ほら、模造剣を持って構えろ」

「あぁ! いくぞ!」


 アイテムボックスから模造剣を取り出して、彼に投げ渡す。受け取ったレオナルトは、両手で構えて剣先をまっすぐ俺に向けてくる。即座に、戦える構えを取った。


「ハァァァッ!」


 さっそく、攻撃を仕掛けてくる。気迫の籠もった、良い一撃だった。模擬戦だけど本気で挑もうとしてくるレオナルト。だけど。


「いつも言っているように、動きが大きすぎるぞ。無駄に体力を消費しないように、考えながら戦え」

「クッ! わかってる!」


 一応注意したけれども、なかなか動きのキレは良い。ちょっとした修正で、かなり良くなるだろう。日々の成長が止まらない。その成長スピードと、類まれなる才能を目の当たりにすると、嫉妬してしまいそうになるほど。


 やっぱり、勇者の役目を背負っているだけある。他の人よりも優れた部分は非常に多い。だからこそ、上手く使いこなしてほしい。腐らせると、もったいないから。


「リヒトさんの教えを、ちゃんと聞いて」

「ハイッ! ちゃんと聞いてます、って!」


 ナディーヌが居るから、彼は素直に俺の指導を聞き入れて、成長の糧にしている。彼女の言葉は、よく聞いていた。さっき俺が注意をした部分も、直っている。それで勇者の攻撃は、一段と良くなった。やはり、ナディーヌの存在が大きいということ。


 村で出会った時にナディーヌも一緒だったら、あの事件も回避していただろうな。たらればの話をしても仕方がない、とは思うけど。


「―――ハァッ!」

「いいぞ」


 レオナルトを指導する時間がわずかしか無い、というのが悔やまれる。


 タイムリミットは、オプスクの森にあると予言された魔王を倒すための武器を発見するまで。まだ見つけられていないが、発見したら彼らが滞在する理由がなくなる。武器を見つけたら次の目的のために、ここから旅立つだろう。それまでに、なんとか彼を鍛えてあげたい。


 レオナルトには勇者としての役目を果たし、魔王を倒してもらいたい。女神から、使命を果たすように言われたナディーヌの手助けになるように。後から俺が動く必要がないように、全てを彼に任せるため強くなってもらう。


 今の彼なら、強さを手に入れても暴走することはなさそう。ナディーヌが居るから大丈夫だと思う。馬鹿なことをしそうになれば彼女が止めるし、愚かな行為は彼女が叱ってくれるだろう。


 彼には今のうちに出来る限り実力を高めてもらおうという目的で、俺は彼の指導を続けていた。彼は、どこまで成長してくれるかな。

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