第204話 横恋慕の勘違い
「訓練が終わった後、ちょっと話したいことがある」
真剣な表情で話しかけてきたのは、勇者レオナルト。なにか、話したいことがあるらしい。しかも、かなり大事そうな話。
「2人だけで、話せるか?」
「あぁ。わかった」
余人を交えずに、2人だけで話したいこと。とりあえず俺は、頷いて了承をする。それを確認すると、彼は訓練を再開した。
向こうからコンタクトを取ってきたのは、意外だった。普段、食事と訓練以外では俺との関わりを避けようとする彼。今回は、どういうことだろう。
もしかして、過去のことを思い出したのだろうか。もう俺は、あの村であった事については気にしていない。だが、向こうはどうだろうか。わざわざ蒸し返すつもりはないんだけど。勇者が忘れているのなら、忘れたままにしておきたい。
訓練が終わったので約束した場所に行ってみると、全く別の件だった。
「ナディのことを、お前はどう思っている?」
「ん?」
待ち合わせした場所で腕組みして、1人で待っていたレオナルト。彼は、俺が到着した瞬間に詰め寄るようにして問いかけてきた。一瞬、何の話なのかを考えてみて、気が付いた。そういうことか。
「どう思っている、とは?」
「いや、その……」
逆に問い返すと、レオナルトは口ごもっていた。俺がナディーヌという女性に対して、どう思っているのか彼は知りたいのかな。
「女性として魅力を感じているかどうか、ということか?」
「そ、そうだ」
つまり恋愛感情があるかどうか、ということか。俺が彼女を好きかどうなのか、が気になっているらしい。正直に、彼女に対する気持ちをレオナルトに説明する。
「友人として仲良くしているが、女性として好きという気持ちはない。俺は、彼女に対して特別な感情は抱いていないぞ」
「……そ、そうなのか?」
俺の言葉を聞いて、予想外という風な反応を見せるレオナルト。本心を探ろうとしているのか、レオナルトは俺の目をジーッと見つめてくる。嘘は言っていないので、視線を返す。
「いや、だけど。2人は、出会った瞬間からすぐ親しそうに話していたし……」
なるほど、親しそうに話しているのが気になっていたということか。俺たちが同じ転生者仲間であり、ダンジョン・マスターだった俺のファンだということも発覚して仲良く見えたのだろう。
ナディーヌはファンというだけで、俺に特別な視線を向けてくることはなかった。どちらかというと、特別な感情の視線が向いているのは……。
「もし君が、彼女のことを好きなのであれば任せたいと思っていた。ナディーヌには戦いや王国から離れてもらって、静かに暮らすという人生もあるんじゃないのかとも思っていた」
一応、勇者なりに彼女のことを思っての行動だったのか。単なる独占欲や恋愛沙汰での嫉妬、だけではないらしい。
だけど、ナディーヌがパーティーから離脱すると彼の面倒を見る者がいなくなる。そうなると、また面倒な事件を起こしそうだよな。彼女は、勇者と一緒にいるほうが都合が良い。それに。
「むしろ彼女は、お前を好きなようだが?」
「な、なに!?」
やはり気が付いていなかったのか。結構、ナディーヌのアプローチはわかりやすいというのに、レオナルトが何も反応もしなかった。気付いていないのだろうと思っていたけれど、案の定だった。
「気付いていなかったのか? 彼女の視線に」
「い、いや。どうだろう?」
恥ずかしそうに濁しながら、満更でもないような表情のレオナルト。
傍から見ていた俺の目には、ナディーヌがレオナルトを好きだという気持ちがあるのは明らかだった。そして、当然のように気付いていなかったレオナルト。
そして、レオナルトがナディーヌを好きだという気持ちも明らかである。2人は、両思いのようだった。
「とにかく安心しろ。俺は彼女に対して特別な感情は抱いていないし、ナディーヌはお前のことを想っている」
「そ、そうだったのか……」
最初、出会ったときからレオナルトとナディーヌは恋人関係なんだろうと思った。だから彼女に対して俺は、恋愛感情を抱くことがなかった。その後、しばらく一緒に過ごして2人が恋人ではないということがわかった。それでも、くっつくのは時間の問題だろうと思っている。
彼に自覚させて、俺に向かっていた矛先を反らす。ハッキリと事実を明らかにしておくことで、色恋沙汰の面倒そうな問題を回避しておく。誤解されたまま嫉妬されて恨まれたりしたら、堪らないから。
ついでに、そんなレオナルトの気持ちを暴走させないように、釘を刺しておく。
「だけど、まだ焦るなよ」
「あ、焦るなとは?」
出会ってから初めて真剣に、俺の言葉に耳を傾けるレオナルト。かなり必死だ、というような表情。
「お互いに好きだという気持ちが明らかだったとしても、まず先に目の前の問題から一つ一つ解決していく必要がある」
「どういうことだ?」
「好きだと告白するのは、魔王を倒してからにしろということだ。ナディーヌが頭を悩ませている問題を解決する手伝いをして、好感度を高めておけばいい。それから、すべてを終わらせて落ち着いた後に告白するんだ。そうすれば彼女も、すんなり受け入れてくれるはずだから」
「な、なるほど。そうか」
レオナルトにアドバイスをする。先に解決するべき問題を明確に。浮ついた気持ちを抱いたまま、魔王との戦いに挑まないようにと注意する。理解したという感じで、レオナルトは激しく頷いた。
ナディーヌは第二王女らしいので、自由に恋愛出来るかどうかという問題があるのかもしれない。まぁでも、彼らなら上手く解決するだろうから心配をする必要ない。俺が巻き込まれないように立ち回った、というわけではない。
この拠点にいる間は、今までの関係が変わってしまうような行動を控えるようにと念を押す。ここに居る間は、面倒な問題を起こさないように。
そんな話し合いが行われて以降、レオナルトから向けられていた冷たい視線はなくなった。あの視線は、見極めようとしていたんだな。任せても大丈夫なのかどうか。しかし、見極める必要がなくなったので、あの視線を向けてくることはなくなった。それに加えて、積極的に俺の指導を聞くようになった。
あの時から勇者も、色々と変わったんだな。暴走して問題を起こしたりせず、話を聞くようになった。あの頃とは違う。そしてこれから先も、変わっていくだろう。
パートナーのナディーヌが、良い方向へ導いてくれるだろう。そんな2人だから、一緒に居るべきだと俺は思う。
魔王を倒すということ。それが終わってから、好きだという気持ちをナディーヌに告白すること。その2つが今、レオナルトの優先する目標になったようだ。
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