第202話 食事の時間

「メシの用意が出来たぞ!」


 家の外で戦闘訓練をしていた、ナディーヌとレオナルトに声をかける。2人は俺の声を聞いて、動きが止まった。ナディーヌがこちらに振り向き、返事をする。


「はい! すぐに行きます! それじゃあ、今日の訓練は終わりにしましょう」

「ハァ、ハァ……あぁ」


 彼女たちは、魔王との戦いに向けて訓練を欠かさなかった。俺も、空いた時間など指導を求められた。ちょっとしたアドバイスで、どんどん成長していくナディーヌ。それに追いつこうと、必死で努力する勇者。そんな構図が出来上がっていた。


 少し汗をかいているナディーヌ。彼女は今日もドレスを着ている。どうやら、あの衣装は戦闘するために特別な素材を使用し、魔法でも色々と細工をしてあるらしい。普通の布と比べてみると、ものすごく丈夫。刃物すら通さない頑丈さがあるようだ。


 彼女の側で膝をついて呼吸を整えているレオナルト。彼は、目覚ましい成長ぶりで日に日に動きが洗練されて、強くなっているのがわかる。それ以上に、ナディーヌの能力が猛スピードでレベルアップしているようだけど。転生の恩恵に加えて、努力を惜しまないからこそ、彼女は成長し続けている。あれを追いかけている勇者は、大変だろうな。




「わぁ! 今日も美味しそうなご飯ですね、リヒトさん」


 家の中に入ってきて、テーブルの上に並べた料理を見たナディーヌが感想を言う。彼女はいつも、俺の作った料理を楽しみにしてくれていた。一番乗りで席に座ると、輝いた目で料理を見つめながらソワソワしつつ、皆が揃うのを待った。


「……うん。まぁ、美味そうだな」


 荒れた呼吸を整えてから、家の中に入ってきたレオナルト。彼は、テーブルの上に置かれた料理をチラリと見て気だるそうに呟いてから、自分の席に座った。俺の作る料理に、興味はあるようだ。


「お待たせしました」

「いつも、ありがとうございます」


 怪我人の2人が恐縮しながら部屋の中に入ってきた。治療をしてから数日が経ち、順調に回復している。まだ完治していないけれども、動いても大丈夫な状態だった。


 安静にしていれば回復がもっと早くなるだろうけれど、戦士として身体が鈍らないよう、身体を動かすことは許可していた。傷口が開かないように気をつければ、何も問題ないだろうと。簡単なトレーニングで動くだけなら、治癒力もそこまで落ちないはず。


 5人が揃って、全員で食事を開始する。食事の用意は、俺が担当していた。自分の料理を用意するついでに。食料庫や調理道具は勝手に触られたくないから。そういう理由があると言って、毎食の用意を引き受けて彼らに振る舞った。


 畑を耕し種を蒔いて大事に育てた新鮮な野菜、森に生息している野生動物を狩って手に入れた新鮮なお肉をふんだんに使った手料理。


 他の人に手料理を振る舞うのは久しぶりで、なかなか楽しかった。いつもは自分で食べるか、リヴに食べさせるぐらいだから。別の誰かが食べてくれて反応を見るのは良い。特に、ナディーヌが美味しそうに食べてくれるのが嬉しい。




「んー! 美味しい!」


 笑顔を浮かべて、美味い美味いと食べる手を一切止めないナディーヌ。彼女は俺が用意した料理を初めて口にした時、涙を流しながら喜んで食べてくれた。それほど、良い反応をしてくれた。


「私の聞いた噂は本当だったんですね。ダンジョンマスターが、こんなにも美味しい絶品の料理を作れるだなんて。それを食べられるなんて、感激です!」


 どうやら前世で、ダンジョンマスターがダンジョン内で用意する料理は一級品だと噂になっていたらしい。俺は知らなかったけど、テレビの特集や雑誌の記事で話題になっていたそうだ。


 前世で俺がダンジョンの攻略をしていたとき、潜っている合間は仲間たちに手料理を振る舞っていた。それを、インタビューなどで答えたこともあった。


 パーティーメンバー以外にも、指導や依頼などで一緒に潜った迷宮探索士に料理を振る舞ったことがあるのを覚えている。その出来事も、取材されていたのかな。


 何回か前の人生では料理人をしていた経験があるので、食材の調理は得意。


 ダンジョンを攻略している最中は娯楽も少なく、食事するのが唯一と言えるぐらい楽しめる時間だった。地下でも、せめて美味しい料理を食べられるように張り切って仲間たちに手料理を用意していたのを思い出す。


 ダンジョンマスターのファンだと名乗るだけあって、ナディーヌはそれを知っていたようだ。いつか俺の手料理を食べてみたいと思っていた。まさか、こんな形で願いが叶うなんて予想外だけど、とても嬉しいと彼女は語っていた。




「……」


 その横で、黙々と食べ続ける勇者レオナルト。なぜか俺に、ずっと警戒するような鋭い視線を向けてくる。だが、食事をしている間だけは食べることに集中して静かに過ごしていた。美味いと口には出さないが、かなり気に入っているようだ。美味しく食べてくれているのなら、それで十分だ。


「あの、リヒト殿。おかわり、いただけますか?」

「もちろん、問題ないよ。はい、どうぞ」


 ナディーヌに並んで、女戦士のシルヴィアも美味しいと言いながら食べてくれた。彼女は少し遠慮しながら、おかわりを要求してくる。怪我を治すためにも、いっぱい食べてもらう。


「ありがとうございます、美味しかったです」

「それは良かった」


 マイペースに食事を楽しんでいる、魔法使いのパスクオラル。少食のようだけど、今日もちゃんと残さずに食べてくれた。最初、彼が食べ切れる食事の量を見極めるのに苦労した。今は、もう大丈夫そうだ。あまり無理して食べさせるのも悪いからね。


 そんな感じで食事を楽しむ彼ら4人の様子を眺めながら、俺も食べてみる。うん。今日の料理も、なかなか良い出来だった。


 料理の味付けは、意外と難しい。土地によって好みの味が違っているから。土地だけでなく、時代や世界によっても違う。もちろん、人にだってそれぞれ好みがある。そんな多種多様の好みに対応できるような、味付けの調整が必須だった。


 味のバリエーションを色々と用意するのは手間がかかる。でも、やり甲斐があって楽しい作業だった。味付けを変えるために改良したレシピを考えるのは面白いし、料理は奥が深いと改めて感じていた。

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