第198話 拠点に戻って、落ち着いて
俺は、勇者と彼の仲間たちを引き連れ拠点へと戻ろうと深い森の中を歩いていた。ある程度まで進むと、後ろからついてこようとする敵の気配は消えていた。チャンスを狙っていたモンスターたちは、ようやく俺たちの追撃を諦めたようだ。前方や左右にも、モンスターの気配はない。
最近、拠点の近くにモンスターが一切近寄ってこなくなった。奴らも、その場所が俺たちのテリトリーだということを認識しているようだった。たまに思い出したかのように、タイミングを見計らって不意をつこうとしてくることもあるから、引き続き警戒は必要だろうけど。
リヴが背中に乗せて運んでいる怪我人たち2人が苦しそうだったので、スピードを落として、拠点に向かって森の中を進む。俺とリヴが先頭に立って、少し離れた後ろから勇者とドレスの少女がついてくるような並びで。
そして、後ろの2人が会話している声が聞こえてくる。
「仲間の命よりも荷物を優先する、ってどういうつもりですか!?」
「いや、ナディ。あれは、その、俺は国から支給された物資を無駄にしないようにと考えて……」
「確かに、現在の状況で物資を無駄にしないようにする、という心がけは大事です。しかし! あの場面で優先するべきなのは人命です! 絶対に、仲間の命を一番大事にしないといけません! 荷物なんて捨て置き、負傷した仲間を連れてあの場所から急いで離れることが先決ですッ! それから立て直しを図り、落ち着いた後に荷物を回収するという方法もありましたから!」
「いや。しかしだなぁ、ナディ……」
「言い訳無用です! そもそも、私たちを助けてくださった方の手間を増やして! あの方が上手くやってくれたからこそ、私たちも生き延びることが出来たんですよ。それを、荷物を回収してくれだなんて面倒を増やすようなことを言って!」
「うぅ……」
勇者を叱りつける少女。以前、出会ったときの勇者はパーティーのトップだったが今は違うようだ。現在、パーティーのトップはあの少女なのかな。その少女に厳しく指摘されて、たじたじになっている勇者。彼は、メンバーが入れ替わったことにより立場が下になったのだろうか。とりあえず、もっと言ってやれ。
彼を叱りつつ、周囲の警戒を怠らない少女。落ち込んで項垂れたまま後ろを歩いてついてくる勇者。立場だけでなく、危険地帯での感覚も少女のほうが上だと分かる。
「姫様。そのあたりで、もう十分じゃ……」
「……」
「ゥ……。申し訳ありません」
リヴの背中に乗っている怪我人の一人である女性が口をはさむが、ドレスの少女にキッと睨まれていた。説教を止めようとした怪我人の女性は、謝罪して口を閉じる。余計な口出しをしてしまったな。
ドレスの少女は、仲間たちから姫様と呼ばれているようだ。彼女は、本物のお姫様なのだろうか。お姫様と呼ばれているような人物が、戦えるほどの実力があるとは。しかも、勇者と比べてみても見劣りしないほどの実力者。
そもそも、なぜこんなに強敵モンスターがウジャウジャと生息しているような森に4人だけで足を踏み入れたのだろうか。ドレスを着た少女と勇者の2人は、なんとか戦えていた。けれど、怪我を負っていた2人は実力不足のようだ。実力がないのに、なにか目的があって無理やり森に入ってきた。かなりの危険を犯してまで。その目的とは一体、なんなのか。
色々と、気になる連中だった。
「着いたぞ。ここだ」
木々が無くなり、広く開けた場所まで出てきた。俺たちが建てた家が見えてくる。彼女たちの会話を聞き流しながら考え事をしている間に、拠点まで到着した。
「こんな森の奥深くに、村があるだと……!?」
「村じゃないぞ。ここは俺とリヴだけが住んでいる拠点。俺たち以外に人は居ない」
「たしかに。人が暮らしているような気配がない。そもそも、人が居ない」
「……じゃあ、この家の数は? 廃村なのか?」
「それにしては、随分と立派な家だぞ。どういうことだ」
「なにか事件があって、住んでいた人が居なくなったのかしら?」
「いや、そんなはずは。こんな場所に人が暮らしていたなんて話、聞いたことない」
拠点を観察して、色々と考えをめぐらす彼ら。だが、彼らが正解に辿り着くことは出来なかった。
「ここにある家は、趣味で建てた。俺が全部」
「え? しゅみ?」
困惑している彼らに、これ以上詳しく説明してやるような義理はない。とりあえず先に、怪我人を治療しよう。
「こっちだ」
適当に選んだ家。建てたまま使用していないけど、ベッドなど設置している家の中に入っていく。そこで、リヴの背中から怪我人たちを降ろした。勇者とドレスの少女にも降ろすのを手伝わせて、男女2人をベッドの上に寝かせてから治療を始めた。
「何か、私たちに手伝えることはありませんか?」
「大丈夫だ。そこで、静かにしていてくれ」
「わかりました」
「……」
手伝うと言ってくるドレスの少女に必要ないと告げて、俺は治療を開始した。背中に感じる視線を無視して、目の前のことに集中する。
アイテムボックスから治療薬と道具を取り出して、2人の状態を確認。流れていた血を水で洗い流し、清潔な布で拭き取る。それから、傷の状態を見た。骨は折れていないようなので良かった。
思ったよりも彼らは軽症だった。傷もすぐに治って、回復しそうだ。モンスターの攻撃で負った傷だけ縫って包帯を巻き、薬を飲ませる。
回復魔法を使うかどうか迷ったが、今回は必要なさそうだと判断。
「……ふぅ。応急処置は終わったぞ」
「本当に、ありがとうございます!」
俺が治療する様子を、後ろで黙って見ていたドレスの少女と勇者の2人。無事完了したと報告すると、少女のほうが俺に向かって頭を下げて感謝の言葉を告げる。その横で、眉をひそめる勇者の表情。その視線は、俺ではなく少女に向けられている。
「……ナディ、君が頭を下げる必要は」
「助けてくれた方には、ちゃんと感謝しないといけません。さぁ、貴方も頭を下げて早くお礼を言いなさいな!」
「くっ! もちろん、感謝している。……仲間を助けてくれて、ありがとう」
「いや」
少女に言われて、渋々感謝を告げてくる勇者。ちゃんと頭も下げて。それに対して俺は、そっけなく返事をした。しかし、勇者はドレスの少女に従順だな。
「治療してもらった、あなた達も!」
「あ、ありがとうございます!」
「す、素晴らしい治療の技術でした。ありがとうございます」
「簡単な応急処置だ。しばらく、ベッドの上で安静にしていてくれ」
母親のように口うるさく、感謝を告げるようにとドレスの少女が命令すると素直に従う彼ら。
彼女は勇者のことを、かなり雑に扱っているようだ。そして、他のメンバーたちも彼女の言うことを聞いている。やはり、ナディという少女がトップなのだろう。
「じゃあ、俺たちはこっちへ。色々と、話を聞きたい」
「そうですね。助けてもらったお礼の報酬についても、詳しく話しましょう」
「……」
彼らの関係や目的について、色々と話を聞いておきたい。それから、報酬について話し合う必要もあった。怪我人だけ残して、俺たちは別の部屋へ移動する。返事する少女と、口を閉じて沈黙したままの勇者が後ろからついてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます