第180話 生命を司る神
「あの。大丈夫、ですか?」
「や、やばい……。うわぁ、やってしまったわ……。どうしましょう……?」
声をかけるが反応は無く、俺を無視したまま女神が小さく呟く声が聞こえてくる。どうやら、彼女は何か大きな失敗をしてしまったらしい。彼女の反応から察するに、特大のミスみたい。そして俺が関係しているようだけど、一体どうしたのだろうか。
「……」
「ん?」
しばらく女神が反応するまで待っていると、彼女の視線がこちらに向く。けれど、黙ったまま俺の顔をジッと見るだけで口を開こうとしない。このまま黙ったままだと埒が明かないので、俺から尋ねた。
「どうでした? 俺って、なんで転生を繰り返しているんですか?」
「えーっと、ですねッ!! 今までの私とのやり取りは、忘れてくれると幸いです。転生についても、ノータッチで。私には何も説明できません。申し訳ないです!」
とても困ったという表情と、裏返った声で返事をする女神。聞いても、何も教えてくれないようだった。それだと困るんだけど。繰り返す転生について何か知っているみたいだから、ここは問い詰めてみよう。
「なぜ、何も説明できないんですか?」
「それに関して、私の口からは何も説明は出来ないです! それで納得して下さい。お願いします。どうか、今回の件について、生命を司る神と出会ったことについて、聞かれるまでは黙ってくれるとありがたいですッ!」
「は、はぁ……、って!?」
「どうか、この通り!」
そう言って、女神は大きく腰を折り曲げて頭を下げてきた。まさかの懇願である。ちょっと、待ってくれ。そこまでして、黙っていてほしいとお願いしてくるなんて。その理由も状況も分からず、理解不能だった。
「ちょ、ちょっとやめてください。頭を上げて」
「はい。やめます。だから誰にも言わないで。そして、何も聞かないでぇぇぇ!」
「は、はい! わ、分かりましたから。誰にも言わないし、何も聞きません!」
俺はこれまで長く生きてきたけれど、ここまで必死にお願いされるなんて初めての経験だった。しかも、神を名乗る相手に。そんな事、すぐやめるように言うと彼女はようやく頭を上げてくれた。
だが次に女神は、俺の身体に縋り付くようにして懇願してくる。とても美しい顔がより一層、哀れな姿を際立たせた。
「ありがとぅ、ございますぅ……」
誰にも話さないようにして、これ以上は何も質問しないということを約束すると、ヘロヘロとした声で女神から感謝を告げられる。本当に神なのか、疑ってしまう。
何がそこまで彼女を必死にさせるのか。真実が気になるけれど、それ以上は何にも聞かれたくないらしいから、質問することも出来ない。気になるな。
何も聞かないという約束をしてしまったから、もう聞けない。それに質問しようとすれば、恥も外聞もなく再び頭を下げたり、縋り付いてお願いしてきそうだったから質問するのは諦める。気になるんだけどなぁ。
「それじゃあ、えっと話を戻して。俺は、また別の世界に転生をするんですか?」
「あ! えーっと、……そうですね。私が魂を回収しちゃんたんで、バレないように元へ戻さないと……。あ、いえ。そ、そうですね! 貴方は転生して、新しい世界で生まれ変わるんですよ!!!」
聞こえるか聞こえないかという小さな声で、女神は呟いていた。バッチリ聞こえているんだけどね。
そして大きな声で、やけくそ気味に女神は教えてくれた。やはり、また俺は転生を繰り返すらしい。もう既に、両手の数では足りないぐらい何度も繰り返し転生をしてきているから、驚きはないんだけど。
あれ、まだ両手の指で数えられるのかな。自分でも、どれぐらい転生を繰り返してきたのか、わからなくなってきた。
「ところで、転生って拒否権は無いのですか? このまま俺が成仏するとか」
「無いです! 貴方は、この先も長く遠い転生の旅に……って、これも聞かなかったことにしてくださいぃぃ……」
「はい。分かりました」
女神は簡単に口を滑らせる。だけど泣きそうな顔で、聞かなかったとこにして、とお願いされてしまうと彼女に従うことしか出来ない。
やはり、何も聞いちゃダメらしい。そして転生の旅について、まだまだ続くことが判明した。拒否するのは無理だろうと思いながら聞いてみると、かなり重要な情報をうっかり漏らしてくれた。しかし、そんな答えを知ってしまうと複雑な気分だ。
この先も長いのか……。
「それで、俺は異世界に転生して何をするんですか? 特別な使命って何です?」
「あ、いや! それも忘れて下さい。貴方は、あの世界で何もしなくていいです! 好きなように生きて下さい! 出来れば、静かにゆっくりと過ごして。面倒なことに関わらないよう注意しながら」
「はぁ……? そうなんですか?」
「はい! 自由気ままに生きてくださって結構ですよ」
何の目的も無く、使命や任務も与えられることも無い。ただ転生するだけらしい。まぁ、女神がそう言うのなら納得しよう。なんだか色々と大変そうだったから、これ以上は彼女のためにも責めたり追求しないほうが良さそうだし。
「あちらの世界へ行って、簡単には死なないようにするために能力を授けますね! どんな能力をお望みですか? 好きなモノを何でも言って下さい!」
「んー、いやぁ……。能力か……」
アイテムボックスの能力を授けられた時に感じたような、魂の芯まで傷つけられたと感じる激しい痛みを思い出す。あんな痛みを感じるのは、二度とゴメンだ。
ずっと昔のことだけど、今も忘れていない。忘れられない。それぐらい強烈な体験だったので、能力を授けられるという言葉に拒否感を覚えて躊躇してしまう。
「どうしました? 好きな能力を、どうぞ!」
「んー」
今回も同じような痛みを感じることになるかどうか、それは分からない。けれど、能力を授けられるという行為にトラウマを抱えていたので、なるべくなら遠慮したいと思った。
「そのー、能力を授けてくれるのは嬉しいのですが、ちょっと遠慮したいかなって」
「あ、そっか!? そ、そうですよね。……そうだったぁ、私が勝手に関わったら、マズイかな。だけど予定外に死なれちゃうと、もっとマズイことになるかもしれないし……。そもそも、そんな小細工すると怒られるのは確実だから……」
「あの、大丈夫ですか?」
「あぁ、どうしましょう……」
女神は頭を抱えて、再び悩み始めた。また、しばらく彼女が立ち直るのを待つ。
神様って、意外とこんなにゆるい感じだったのか。想像とは違っていた。神秘的な雰囲気はあるのに、言動や行動によって全て打ち消されていた。それともこの女神が、神というカテゴリの中でも変わった存在なのだろうか。
俺は、他の神を知らないので比較はできない。もしかしたら、今までにも出会っているのかもしれないが。覚えていないからなぁ。
そもそも、彼女の他にも神様的な存在が実在しているというのか。今までの様子を見ていた感じだと、彼女よりも上位の存在は居るようだけど。
頭を抱えて悩んでいた女神は、ようやく結論を出したらしい。抱えていた頭を上げて、顔に力を込めた真剣な表情で話し始める。
「分かりました。新しい能力は授けません。代わりに、あの娘を預けます。リヴ!」
「ウォッ!」
どこからともなく獣の鳴く声が聞こえた。周囲を見渡すと、青っぽい物体が遠くの方から走り寄ってくる姿が見える。ものすごい速さだ。
そして、俺と女神の前で急停止する。風がビュンと吹いて、俺の顔を撫でた。
「ん? 狼?」
「そのようなものです。可愛がってあげて下さい」
そこに現れたのは、白色と青色の毛並みが美しい狼のような姿をした巨大な生物。180センチある俺の身長と見合うようなサイズで、ものすごくデカイ。
「リヴ! くれぐれも彼のことを頼みましたよ。貴女しか頼れないんです。あの方に見つかってしまったら怒られてしまいそうですから。向こうに行ったら、コチラからは連絡を取りません。だから頑張ってくださいね、リヴ。本当に、頼みました」
「ワウ!」
女神がリヴと呼んだ獣の目線にしゃがみ、色々と忠告している。少し離れた場所で俺は立ち、その様子を側で眺めていた。
話が終わって、獣が俺の方に近寄ってきた。
「ゥワウッ!」
「ん? あぁ、よろしく」
「ワウ!」
挨拶するように頭を下げて鳴いた。言葉を理解しているようだ。普通の犬や狼とは違う、ということかな。良い位置に頭があったので、撫でてみる。
すると、リヴは嬉しそうに目を細めた。気持ち良さそうに目をつぶって、俺の手を受け入れてくれる。とても可愛いな。毛並みは撫で心地もよく、ふわふわだった。
「さぁ、2人とも行ってらっしゃい! 新しい世界で、素敵な人生を送って下さい。密かに見守って、応援しています」
「えっと……。見守り、ありがとうございます? それでは、行ってきます」
「ワウゥ!」
「はい。では、また」
初めて女神に見送られながら、次の人生への転生を果たした。いきなり、まさかの女神との対面だったが気を取り直して、これから始まる新たな人生を楽しもうかな。
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