第181話 小さな村での平凡な生活
「リヒトッ! おいッ! いつまでも遊んでないで、早く畑に行ってこい!」
「わかってるよ。父さん」
酔っ払いながら怒鳴り声を上げる父親に辟易しながら、畑に向かうため家を出た。5歳の子供に対する大人の態度ではない。親だからといって、言うことを聞く必要もない。けれど、ここでは働かないと食っていけないからなぁ。
「……」
家を出て、村の中を1人で歩いている。遠くから村人たちが見つめてくる視線を、肌に感じていた。厄介事に巻き込まれないよう、離れて様子を確認しているみたい。手を差し伸べてくれるわけでもなく、見守っている、という感じでもない。見えないところで、俺の父親は村の厄介者だと陰口を叩かれているようだし。その子供である俺も、よく思われていないのだろう。
父親は毎日働きもせずに家に居て、行商人から奪うようにして手に入れた酒を飲み1日を過ごしている。それで、村の外にも悪評が広がってしまった。最近ようやく、俺も体が育って父を止められるようになった。昔と比べたら、周りへの被害を抑えることが出来ている。
だけど、昔からの悪評を拭い去ることは出来ていない。それで今も、村人たちから陰口を叩かれる。嫌がられている。仕方のないことだろう。
もちろん生まれてきた子供の面倒も見ない。転生して生まれた瞬間に自我が芽生えていたから、あの父親の元でも無事に生き続けることが出来ていた。俺という意識が無ければ、既に死んでいたかもしれない。
俺は、姉弟の5番目に生まれた子供だった。しかし今は、父親の居る家に4人しか家族が住んでいない状況だった。母親が居なくて、姉弟も3人だけしか家に残っていない。そして、父親はずっと家に居る。
母親のエリザは、俺を出産した後に亡くなってしまった。産後の肥立ちが悪くて、そのまま亡くなってしまった。
その次に家から居なくなったのは、一番上の長女であるジーナ。彼女が15歳で、俺が3歳だった頃に村から出ていった。どうやら、亡くなった母親の代わりに家族の面倒を見させられるのが辛かったらしい。俺が、3歳でも自分の世話ができることが判明すると、村を訪れた商人についていって居なくなってしまった。その後の消息については、何も知らない。
長男のコラードも同じく15歳になった頃に、飲んだくれて働こうとしない父親と大喧嘩をして家から飛び出していった。村からも出ていって、遠く離れた場所にある村で別の新たな家庭を築いた、という噂話を聞いた。彼が現在、どうなっているかは知らない。
家に残った11歳の次男ハンスと、9歳で三男のクリスは好き勝手に生きている。まだ子供だから仕方ないけれど、父親と同じように働こうとはしない。
このように、家庭は崩壊していた。酷いものである。一緒の家に住んでいるだけ。知り合いという関係にも劣るような繋がりが、かろうじてあるだけ。
ということで、家族の中で唯一の働き手となってしまった俺が毎日の畑仕事をして食料となる農作物を育てていた。一部を売って稼いでいる。村で生活するため税金を収める必要もあるので、生きていくためには働かないと。色々と大変である。
一ヶ月に一度、村を訪れる商人に交渉して収穫物を売って金にしてもらう。魔力を駆使して育てた作物は、なかなか評判が良いようだ。稼いだ金は、農作業で使う道具や生活に必要な用品を買う。5歳にして、もう自立して1人で生活できるぐらいには安定してきた。
交渉を繰り返し行っていると、商人として筋が良い、というお墨付きをもらった。商人にならないかと誘われたこともあったが、今は断っていた。次男と三男を残して村を出ていくと、彼らが生きていけないと思うから。せめて、成人するまでは面倒を見ようと考えていた。
俺が殺したというわけではないが、俺を生んでくれたから母親は死んでしまった。せめてもの償いに、次男と三男だけは大人になるまで見守るつもりだ。父親に関しては知らん。次男たちが自立できるようになったら、俺も家族と別れて村を出るつもりだった。いつになるか、わからないけれど。
「リヴ!」
「ワウッ!」
村から少し離れた場所にある、森の中で呼びかける。木々の間から飛ぶようにして大型の獣が現れた。女神から、能力の代わりとして受け取ったリヴだ。
「よしよし、今日も元気か?」
「ワウワウッ!」
「それは、よかった」
「グルルルルッ!」
とても元気そうに返事をしたので、頭を撫でてやる。嬉しそうに目を細めながら、唸り声を上げた。喜んでいるようだった。こんな風にコミュニケーションを取って、俺たちは絆を深めてきた。今では、かけがえのない仲間だと言えるぐらい。
俺が村に生まれたときから側にいて、色々と助けてくれた狼のような獣のリヴ。
この子も一緒に村で生活したいが、連れて歩いていると村人を怖がらせてしまってダメだった。父親なんかは一度、捌いて食べるためにリヴを捕まえようとしたこともあった。
そんな事があって以降、リヴには村から離れた森の中に潜んで生活をしてもらっていた。リヴには苦労をかけている。あの村を出たら、この子とも一緒に生活できるだろう。今からとても楽しみにしていた。早く、村から離れたいな。
「今日は、畑を荒らす獣やモンスターは居なかった?」
「ワウンッ」
「そっか。仕留めたのは、どこに」
「グルワンッ!」
「こっちか」
5年間も一緒に過ごしていると、リヴの言いたいことが鳴き声の調子でなんとなく理解できるようになっていた。
今朝は、畑を荒らそうとした数匹の野生動物を仕留めたらしい。食べられるものはいつものように、分けて保管してくれているようだ。今日も幸いなことに、食べ物に困ることはなさそうである。
「おお! いっぱい獲ったな。腹が減ったから、まずは朝食に調理して食べようか。それでこっちは、リヴの分だよ。食べていいぞ」
「ゥワウッ!」
リヴが狩ってくれた獲物をいくつか貰って、残りは返す。生肉を食らっているリヴの横で、俺は調理して朝食の準備。とても美味しそうな匂いが漂ってきた。アイテムボックスから調味料を取り出して、味付けしていく。残りの肉は、後で次男たちにも食べさせるために持ち帰ろう。
「じゃあ、いただきます」
「ワウワウッ」
リヴと一緒に朝食を食べた後。俺は畑仕事をして、1日を過ごした。これが、今の俺の平凡な生活である。
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