第185話 招かれざる訪問者
俺は戦闘の指導役として、村で評価されるようになった。ヘルミンの村人たちへの働きがけで、慕われるようにもなってきていた。少し前の、厄介者だと思われていた頃とは大違いである。
指導を受けたいという村人が増えてきたので、分担して教え込む。まだ基礎が十分じゃない者たちは、先に訓練を受けた村人たち9人が教えるように指示した。体力を鍛えていく、基礎的で簡単なトレーニングなので難しい指導が必要ないから。
あれから父親も、少しずつ働きに出るようになった。まだ酒は辞められないようだが、以前に比べたら数百倍もマシだろう。
次男、三男の訓練も問題なく続いている。力をつければ、自分たちだけでも生きていけるようになるだろう。
家族に関する問題も、徐々に解決しつつある。このまま何事もなく、平和に暮らしたいものだ。
戦闘方法を指導して鍛えてきた者たちと一緒に、森の中に入りモンスターと戦う。そんな実戦訓練を終えて、村へと帰ってきた俺たち。
「ん? どうしたんだろう?」
到着する直前、何やら村が騒がしいことに気が付いた。一体どうしたのだろうか。歓声や拍手が聞こえてくるから、悪い出来事ではないようだけど。
「帰ってきたか、リヒトくん」
「えぇ、全員無事ですよ。それで、何があったんです?」
村に戻ってくると、ヘルミンが出迎えてくれた。いつも笑顔で迎えてくれる彼が、今日は様子が違う。眉間にしわを寄せて、考え込むような顔つき。
落ち着きのない村の様子と何か関係あるのか、彼に問いかける。
「勇者様が、この村にやって来たらしい」
「え? 勇者様?」
「あぁ。勇者というのは、この世に強大な魔物が存在した時に現れると言い伝えられている、力を持った者のことだよ」
この世界にも勇者が居るのか。初めて知る情報だった。そして、ヘルミンが勇者について詳しく教えてくれた。
「勇者が現れた、ということは世の中が荒れる前兆らしい。伝承では勇者が、荒れる世界を救うために各地を巡って、戦いに備えるという」
「世界が荒れる? その話って、どこから知ったんですか?」
「親父から聞いたんだ」
なるほど、村長から教えてもらったのか。俺は今までに一度も聞いたことのない、知らなかった話だ。村でも、立場が上に居る者たちにしか言い伝えていないのかも。
「森に生息するモンスターが強くなっているのは勘違いじゃなかった。この現状が、世の中が荒れている、ってことなのかな。それとも、これからもっと酷くなることもあるのか……」
「うん。私も、その可能性を考えていたんだ」
村人たちを鍛えて、村の近くにある森の中に住んでいるモンスターを定期的に撃退しているから、この辺りの安全は確保できている。もしも村人に戦う力がなければ、森に入った大人たちは死んでしまい村人も減って、モンスターが村を襲ってきたなら耐えきれず、廃村になっていた可能性もあった。
他の地域でも、モンスターは凶暴になっているらしい。その原因を解消するために、この世界に勇者が現れたということか?
「どうやら勇者様は今、従者として相応しい戦士を探す旅をしているそうだ」
わざわざ、こんな辺鄙な村まで仲間を探しにやってきたのか。ご苦労なことだな。ヘルミンと話をしていると、村長の家から誰かが出てきた。村長と一緒に居る、あの青年が勇者様ということかな。
村長が俺を見つけて、指を差してきた。何やら青年と話している。しばらくして、こちらに近付いてきた。青年の視線は、俺に向いていた。
「村長から話を聞いた。君が、この村で一番の強者だと聞いたよ。よろしく」
「はぁ……。よろしくおねがいします」
親しげに話しかけられた。まるで知り合いに会ったかのように。フランクだけど、ある意味では馴れ馴れしい。なんとなく嫌な雰囲気を感じた。あまり関わりたくない感じ。だが、手を差し出して握手を求められたので、俺は素直に応じる。
「まだ若いね。何歳かな?」
「この前、13歳になりました」
「やはり若い! 本当に、この村一番なのかい? そんな風には見えないが」
正直に年齢を答えると、侮られてしまったようだ。まぁ、若いのはその通りだな。しかし、自分の目で力量を測れないとなると、この勇者はあまり強くないのかな。
俺の目から勇者を見てみると、あまり強そうには感じない。立ち居振る舞いには、スキが多い。魔力は少なくて、身体の動かし方がイマイチだった。普段は力を抑えて実力を隠している、というような風にも感じられないけど。
実は、勇者として何か強力なスキルを隠し持っているのかもしれない。だが、彼の振る舞いを見てみると、そんな感じではなさそうだからなぁ。
だけど、この世界に大きな影響を与えそうな人物。もしかしたら、転生者かもしれないと思った。だが、そう思ったのは一瞬だけ。
あの女神を思い出したが、この勇者は関わっていないような気がする。転生者でもないと思う。けど、どうだろう。
しかし、この青年が勇者か。荒れた世界を救ってくれる存在、らしいけど。あまり期待はできない。この勇者に任せて大丈夫なんだろうか。心配だった。
「リヒトくんは、この村で一番の強者ですよ。それは、間違いありません」
「ん? 君は?」
俺が勇者を観察していると、横に居たヘルミンが一歩前に出て、俺の代わりに主張してくれた。そのヘルミンを、ジロリと睨みつけるように視線を向ける勇者様。村を案内していた村長が、勇者の横でアワアワしていた。
「この村の次期村長である、ヘルミンです。よろしくお願いしますね、勇者様」
「君が、村長の息子か。いやいや、失礼したね。しかし、私の目から見ると君の方が実力がありそうに思うんだけど」
「そんなことないですよ。私はまだ、彼の下で訓練している途中なので」
「素晴らしい向上心だ。もしかすると、君が従者として相応しい戦士かもしれない」
「申し訳ありませんが、私は、村のために旅へ出ることは出来ませんよ」
「そうなのか。それは残念だな」
俺をそっちのけで、ヘルミンと勇者の2人が会話をしていた。ニコニコッと笑顔を浮かべて受け答えしているが、ヘルミンから圧を感じる。それを全く感じていない、平静な勇者。気にしていないのか、何も気付いていないのか。
「ささっ! 勇者様、どうぞこちらへ」
「うん。引き続き、案内を頼む」
ヘルミンとの会話を終えて、勇者は村長に案内されて別の場所へ移動していった。離れていく勇者の後ろ姿を見て、苦笑を浮かべるヘルミン。
「かばってくれてありがとう、ヘルミンさん」
「いいや、真実を言ったまでだよリヒトくん。けど、あれが勇者か。話に聞いていたのとは、かなり印象が違ったな」
「ちょっと心配ですね」
「だね」
遠く離れていく勇者と村長の後ろ姿を眺めながら、俺とヘルミンは心配していた。彼が村に来たことで、何か面倒なことが起きそうだ。そんな予感がした。
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