第186話 余計な手出し
「ちょっと! 何やってるんですか!?」
「ん?」
その光景を目撃して、俺は唖然とした。思わず声を出して、止めに入る。勇者が、村人を相手にして暴力を振るっていたから。手に持っているのは、訓練用の模擬剣のようだ。けれど、勇者の相手をしていた村の男性がうめきながら地面に倒れている。
「大丈夫か?」
「……うぅ」
倒れていた男性を助け起こして、魔法を使って回復させる。彼は、返事ができないほど叩きのめされていた。腕の骨も折れているようだ。魔法で何とかなったけれど、勇者の悪行を止めずに治療もしないで放置していたら、彼は酷いことになっていた。もうすでに、かなり酷い状態だけど。
「君か。まだ彼を指導している途中なんだが、邪魔しないでくれいないか」
「指導? これが? こんなの、ただ暴力を振るっているだけですよ」
こんな弱い者イジメのような行為を彼は、指導していると言っているのか。俺は、唖然とする。
勇者は、何が悪いのか理解できない、という表情だった。それから彼は、言い訳を始めた。
「暴力なんて、とんでもない。僕は、ただ彼に戦い方を教えようとしているだけだ。彼が弱いから、仕方ないじゃないか」
「まだ戦い方も学んでいない、素人ですよ。彼はまだ、体力をつけるトレーニングをしている段階です。戦い方を覚えるのは、もっと先だ」
「そんな、悠長なことを言っている場合じゃないはずだ。世界中が、どんどん物騒になっているんだから。彼らも強くならないといけない」
この男性は、まだ基礎のトレーニングをしている途中。体力をつけるための訓練をしている者だった。剣を持った戦い方なんて教えていない。そんな人を相手にして、勇者は実戦形式で指導していたのか。想像を絶する行為だ。
モンスターが凶暴化して、物騒になっているのは事実。だけど、だからといって、勝手に村の人々を訓練しようとした勇者の行動を肯定するわけにはいかない。
勇者は、語り続ける。自分の考えが正しいと自信満々に。
「人間は、痛みを感じた瞬間に強くなるんだ。それを実践して、教えてあげたんだ」
「痛みで強くなるなんて! そんな馬鹿な方法で、無理に強くなる必要なんてない! アンタの自己満足のために、村人たちを痛めつけないでください!」
この世界の勇者は、想像している以上にヤバいヤツだった。
「私は、彼らに鍛えてくれとお願いされて協力していた。本人たちも同意して、私の指導を受けようとしていた」
「なんだって!? お願いをした? 君たちが、彼に指導してくれと言ったのか?」
近くに集まっていた何人かの村人たち。彼らも勇者と一緒に居たようだが、勇者の指導を受けようとしていたのか。彼らが、勇者に教えを請うたというのは本当なのか問いかける。
「……いや」「えっと」「そのぉ……」
周りで見ていた村人たちに問いかけるが、曖昧な反応しか返ってこない。無理やり付き合わされていたけれど、勇者の威光を前にして何も言えなくなっているのか。
それとも本当に、勇者に指導してほしいとお願いしたのか。俺には事実を言えず。そんな、反応なのか。
どちらか、分からない。
「彼らは誰も答えないようだが、私は本当のことを言っているぞ」
勇者に視線を向けてみたけれど、嘘をついているような気配は感じられない。彼が言っている事は本当のようだ。ということは、つまり……。
やっぱり、子供の俺の指導なんかに納得していなかったのか。不満があったから、別の誰かに教えてもらおうとした。頼んだ相手が最悪だったけれど。それとも純正に強くなりたいと思ったから、勇者という立派な称号を持つ青年に指導をお願いした。それが大失敗して、気まずくなっているのか。
いや。今、重要なのはそこじゃないか。問題は、村人を叩き伏せる勇者の行為。
「とにかく、お願いされたからと言って止めてください。この村で戦闘訓練の責任者である俺に、事前の相談や報告もなく勝手に戦い方を教えようとするのは」
「なんだと? せっかく、私がこれまで学んできた知識や経験を君たちに授けようとしたというのに。感謝もせず、そんな事を言うのか? なんて、失礼な奴だ」
勇者の男が不満そうに声を上げる。頼まれたから教えた。それが悪いことなのか、と言いたげだ。
彼の常識と俺の常識が違う。お互いに相手が何を言っているのか理解ができない。勇者の男は、自分が正しいと思い込んでいるのだろうけれど。
「貴方が学んできた知識や経験は、立派かもしれません。ですが、ただの村人である俺たちが学んでも無駄です。学ぶ必要のない知識です」
そもそも、戦い方に関する指導方法から合っていない。ある程度の実力者に対してなら、その方法も有効かもしれない。だが、ただの村人を実戦形式で鍛えようとするなんて無茶だ。基礎から鍛えないと。反論すると勇者はムッとした表情を浮かべる。そして、言い返してきた。
「そういうお前は、彼らに正しい戦い方を教えることが出来るのか?」
「出来ます。少なくとも、この村に住んでいた9人以上はモンスターと戦えるように鍛えました」
村人たちを鍛えて、モンスターと戦えるようにした。村を守れるように。そして、今も安全を保っていた。俺が指導したことで、それだけの実力を得た。彼らの才能や努力も大きいだろう。だが少なくとも、ふらっとやって来て気まぐれに教えたりする者よりは正しく指導できる自信がある。しかし、勇者はそれで納得しない。
「なら、実力で決めよう」
「は?」
予想していなかった勇者の提案。一瞬、どういう事か理解が遅れた。実力で決めるとは一体。勇者が、敵意を向けてくる。
「実力ある者が正しい。模擬戦をして互いの実力を競い合って、勝った方が正しいと認めようじゃないか」
「戦って、どちらが正しいのか決めるのか?」
「そうだ」
「勝った方が正しくて、負けた方の考えが間違っていると」
「その通り」
勇者のくせに、なんて荒々しい解決方法なんだろうか。話し合いではなく、腕っぷしで勝負するなんて。そして、強いほうが正しいなんて、とんでもない暴論だった。勇者が勝負を仕掛けてきた。
その言葉を言い慣れているのか、勇者の口からスラスラと出てきた。これまでにも同じような方法で、正しいと思ったことを力の強さで決めてきたのだろうか。
そして、勝利してきた。絶対に自分の意見が正しいと証明するために。
勇者は俺に、負ける気は全然ないようだった。最初に挨拶したときから俺は、彼に侮られている。
勇者から仕掛けられた馬鹿みたいな勝負を、俺は受けないとダメなのか。こんな男に、負けるわけにはいかないとは思うけれど。ただただ、厄介である。
勇者は、自分が正しいと信じ切っているようだった。何を言っても強く反発して、理解するつもりは一ミリも無いみたい。俺が勝負に勝ったとして、その時に彼は本当に納得するのだろうか。俺が勝ったとしても、納得しない未来が容易に予想できる。
結局、この戦いは無駄になりそうで面倒だから断りたいんだけど。
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