第162話 彼らの扱い
「ダンジョンに潜った理由はわかった。けれど、ワープトラップにはなぜ?」
「彼らが逃げたのを追ってきて、こうなった」
俺の疑問に答えてくれたのはネコだった。田中さんと生徒たちがダンジョンの中に入ったのを知り、後を追ったネコと大内さん。
幸い、すぐ田中くんには追いつくことが出来たという大内さんたち。そこで今回の出来事が終われば良かったのだが、田中くんを騙してダンジョンへ連れてきた彼らが逃走を図った。
そして、彼らが逃げ出した先にあったのがワープトラップだったという。
「3人も後を追ってワープトラップに? 危ないとは思わなかったのか?」
田中くんに大内さん、ネコの3人はトラップの危険性を授業でも習っているはず。ワープトラップというのがダンジョンの中層以降から出現するものなので、上層の攻略を続けてきた俺たちに関係のないトラップだけど。
そんなワープトラップに、無策で足を踏み入れたというのか。
「もちろん、どうなるか分からなかったよ。だけど、目の前で危険に陥ってしまった人たちを見捨てるわけにはいかなかったから。それが、どんな悪い奴らだとしても」
そう主張をするのは大内さんである。彼女は、死んでしまうかもしれない危険地帯へ逃げるために突っ込んでいった彼らの安否を心配して、助けるために自ら率先してワープトラップに足を踏み入れたという。
「田中くんを騙して、ダンジョンの中でボコろうと計画した奴らを助けるために? それで3人が危険な目に合うかもしれない、というのに?」
「うん。人が死ぬのは、嫌だから」
真っ直ぐな目を向けて、どんな人でも助けるべきだと主張してくる大内さん。その考えは、とても甘すぎる。俺なら、彼らのような人間を見捨てるのに躊躇いはない。おそらく、ネコもそうだろう。彼女に方に目を向けてみると俺と同じ気持ちなのか、少し呆れたような表情を浮かべていた。
でも、この世界では大内さんのような考えが普通なのかもしれない。迷宮探索士は危ない職業だと言われていて、死人も出ている。けれど、そうならないために色々と対策されている。
万全を期してダンジョン攻略は行われていた。ダンジョンに入るためには、資格を取らないといけない。その資格を取るのも意外と大変だったりする。なので、身近にダンジョン攻略で死んだ人というのは案外少ない。大内さんも、そうなんだろうな。
そんな彼女だからこそ強敵なモンスターとの戦いに対する危険性や、生死について実感がないのかもしれない。それで見捨てるという判断をしなかった。危険を承知で、助けに行こうとした。
それに最近、俺たちのパーティーで行っていたダンジョン攻略もマンネリ化して、危険を感じるような場面に遭遇してこなかったからこそ、危機感が薄れていたのかもしれない。それは、俺のミスだろうな。
「そうか。まぁ、これ以上はここで議論しても意味はないな。とりあえず、みんなで生きて地上へ帰ることを優先しよう」
「そうだな。何事もなく、無事に帰りたいよ」
「リヒト、彼らはどうする?」
田中くんは、俺の意見に同意して頷いた。ネコは生徒たちの扱いについて質問してきた。この後、彼らをどうするべきか。
俺たちの仲間である田中くんを騙してダンジョンに連れてきて、バレたら逃げるためにワープトラップに飛び込んだ。そして今は俺たちが、彼らのせいで危ない状況に追い込まれている。
面倒なので、ここに捨て置くことが一番簡単な方法だろうと思う。地上へ戻って、自分たちだけで生き残るのは精一杯で、彼らを一緒に助け出すことは不可能だったと報告すれば、今回の件は終わるだろう。
尾行されていた時に色々と情報を集めていた。その時に入手した、彼らにとっては不利な情報が手元にある。今回の経緯とあわせて説明すれば同情してもらえそうだ。見捨てたと思われないだろうし、むしろ彼らが加害者として非難されそう。
だけど、大内さんは黙っていられないだろうな。人を騙して、害そうとするような人間だったとしても死なれたら、大内さんはトラウマを抱えてしまいそうだ。
わざわざ危険を承知で助けようとした大内さん。田中くんも、なんだかんだ言いつつ一緒の学校に通っている身近な人間が死ねば、トラウマを抱えることになるかもしれない。
まだ人生経験も浅くて若い2人のためにも今回は、なるべく死人を出さないように努力する方向に決めた。
大内さんと田中くんの心を守るために彼らを助けることにする。少し面倒だけど、不可能なことではないから大丈夫だろう。
「彼らも一緒に、生きて地上へ連れて行くよ」
「ありがとう、理人くん。それとごめん、私のわがままで迷惑かけて」
彼らも助けるために一緒に連れて行くと言うと俺に向かって感謝をして、それから申し訳無さそうに謝る大内さん。
「いいよ。これでも一応、リーダーだからね」
「本当に、あいつらを助けるつもり?」
大内さんと田中くんとは違い、不満そうな表情を浮かべるネコ。それも仕方がないことだろう。騙して、わざわざダンジョン内で害を与えようとしていた奴らだから、助けるのも嫌だろう。
でも俺は、ネコを説得する。一緒に連れて行くことを、彼女に納得してもらう。
「ただ守るだけじゃないさ。彼らにも戦ってもらう。そして地上へ無事に戻れたら、ちゃんと先生たちに罰を与えてもらう。それでいいかい、ネコ?」
「……うん。リヒトの判断に任せる」
不満顔のままだったが、一応俺の判断には従ってくれるらしい。それじゃあ、次は彼らに指示を出そう。
「さぁ、コレを持ってお前たちも戦う準備をしてくれ」
「……俺たちを、助けてくれるのか?」
アイテムボックスから取り出した予備の武器と装備を彼らに持たせる。俺が渡した武器を受け取りながら信じられないという表情を浮かべている彼ら。少しぐらいは、今回の件で後ろめたい気持ちがあった、ということかな。
守って後からついて来させるだけじゃなくて、モンスターとの戦いには彼らも参加させようと考えていた。もちろん捨て駒ではなくて、ちゃんと戦力として彼らを扱うつもりだ。
「ただ君たちを助けるんじゃない。俺たちの指示に従って、一緒に戦ってもらうよ。ちゃんと指示に従えば生きて地上へ戻れるはずだ。けれども、指示に従わないのなら容赦なく置いていくから、そのつもりで」
「わ、わかった」
そう言うと、渡した武器をギュッと大事そうに握って頷く彼ら。ちゃんと、指示に従ってくれるようだ。それと今渡した武器は後で返却してもらうつもりだから、雑に扱わないようにと注意しておく。
「みんな、それでいいか? 不満があるなら、ここで言ってくれ」
8人の生徒たちに問いかけた。だが誰も、不満を言おうとする者は出てこない。
「もちろん、あんたたちに従うよ」
「弱い俺たちには、それ以外に生き残れる選択肢はないから」
「こんなところに置いていかれたら、死ぬだろうし」
もしも指示に従わないのならば、その時は本当に置いていくつもりだった。そんな俺の本気を感じ取ったのか、反抗しようとする者は誰ひとり出てこなかった。とりあえず、大丈夫そうかな。
「みんな、準備は良いか? それじゃあ、行くぞ」
こうして合計12名の迷宮探索士見習いだけで組んだパーティーが、ダンジョンの下層から地上へ生還するために緊急のダンジョン攻略が始まった。
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