第161話 そうなった経緯

「田中くん、こっちのルートを行こう」

「了解した、リーダー。モンスターの気配は感じない、そっちなら安全だ」


 アイテムボックスから取り出した武器と装備をパーティーメンバーに渡してから、いつものような感じで進行ルートを探る俺と田中くん。情報がないので、勘と手探りで進んでいく。後ろはネコたちに任せつつ、ダンジョン下層部と思われる未知の領域を突き進んできた。


 ダンジョン上層部に比べて空気が冷たく、出現するモンスターも強力で常に危機を感じるような場所。俺たちのパーティー4人と、その他に8人の生徒が一緒にいる。なるべく早く地上へ戻りたいとは思うけど、どこかで一旦落ち着いてからじゃないと危なそうだ。まだ俺は、情報を把握しきれていない。今の状況について、確認をしておきたい。一緒に居た生徒たちは、怪我をしているようなので治療もしないと。


 慎重に歩き、周囲の観察を続けてモンスターが居ないことを俺と田中くんの2人で確認。なるべく戦闘は避けようと、モンスターの気配を感じ取ったらルートを変えて焦らずに突き進んだ。


「この先に、モンスターの気配がするかも」

「うん。俺も感じた。ルートを変更して、そっちに進もう。他の道は大丈夫たから、焦らずに行こう」

「了解、リーダー」

「うん」


 田中くんは、偵察した周囲の状況を逐一報告してくれる。後ろの2人も警戒を続けて、モンスターの奇襲に備えた。いつものコンビネーションで、ダンジョンを進む。




「皆、一旦ここで休憩しよう」


 近くにモンスターの気配が無くて、集団で隠れるのに良さそうな場所を見つけた。とりあえず、ここで落ち着けるかな。


「うん」

「オッケー」

「わかった」

「「「……」」」


 ネコと大内さんに、腰を下ろして休憩するように指示すると行進が止まる。そして一緒に引き連れてきた生徒達は、無言のまま立ち止まった。


 そんな彼らの表情は、とても暗い。危機から脱して助かったというのに喜ぶこともなく、不安げな表情を浮かべていた。


「ほら。飲んで」


 アイテムボックスから水の入ったペットボトルを取り出す。それを惜しげもなく、みんなに分け与えた。


「いや、俺たちは……」

「今は、水を飲んで落ち着いて。この後も移動しないといけないから。地上に生きて帰るためにも、ちゃんと休憩するように」


 受け取りを拒否する人たちにも押し付けて、水分補給させる。ここから先、かなり長くなりそうだったから。皆の体力を回復させないといけない。


 おそらく、大内さんたちがダンジョンに入った原因は彼らだと思う。こんな危険な目に遭うような状況を作ったのは、こいつら。だとしても、そのことを追求するのは今じゃない。全員が生きた状態で地上に帰る。それが第一優先。まずは、全員が生還できるように。


「怪我の治療もしておこうか」

「……出来るのか?」

「もちろん。俺は支援科の迷宮探索士だからね」


 腹部を押さえて、額から汗を流して苦しそうにしている生徒。彼が、すがるような目で見てきたので頷く。もちろん出来る、と自信満々に答えた。


 治療用の道具を取り出しながら怪我人の具合を確認していく。回復魔法も使って、治していこう。幸いにも大きな怪我はなく、次々と治療は完了していく。


「すげぇ。ダンジョンの中で、こんなに早く怪我を治せるなんて」

「まだ学生なのに、とても慣れた手つき……」

「そうか。アイツ、支援職だったよな」

「てか、戦闘もできるのかよ」

「さっき白砂さんと連携した動き、凄すぎてヤバかった」

「あっという間に敵を倒してたよな」

「アレは本当に、支援職に出来る動きなのか……?」

「支援職の人間に戦闘能力で勝てないとは、戦闘職としての自信が無くなってきた」

「流石、最優秀と称させるパーティーだ。支援職も侮れなかった、ということか」


 治療していると、生徒たちが小声で話し合っているのが聞こえてきた。バッチリと聞こえているが、今は治療に集中していたので彼らの会話は放っておく。




 しばらくして、全員の治療が無事に終わって一段落した。これでようやく、詳しい事情を聞けるかな。実は、かなり気になっていた。


「さてと。大内さんたちがなんで、予定も無かったのにダンジョンへ入ったのか経緯について教えてくれる?」

「それは……」


 まずは、ダンジョンに突入する直前にメールを送ってきた大内さんに尋ねてみる。彼女は気まずそうに俺から視線をそらして、ネコのほうを見た。そういえば、彼女も一緒にダンジョンへ突入していたようで、電話でも連絡を取れなかった。


 2人は、何を考えてダンジョンに突入したのか。


「久美は悪くないよ。私が急いで助けに行こう、って無理やりダンジョンに入った」

「いや、それは違うの理人くん。私が、田中くんを助けに行きたいって言ったから、ネコも一緒に付いてきてくれただけ。悪いのは全部、私なんだよ」


 どっちなんだ。お互いに、自分が悪いと主張し合う。気になったのは、田中くんを助けるためにダンジョンに入った、ということか。


 この状況の始まりは、田中くん?


「田中くんは、どうしてダンジョンに?」


 ネコと大内さんの二人は一旦置いて、もうひとりの仲間である田中くんにも事情を聞いてみた。どうして彼は、予定も立てずダンジョンに潜ったのか。


「ここに居る理由、絶対に話さないと駄目かな?」

「もちろん。どうしてだ?」


 何か話したくない事情があるというのか。しかし、事情を明らかにしてくれないと困る。ダンジョンに潜った理由を話したがらない田中くんに、ジッと視線を向けた。


「……」

「……ッ! わかった、話すよ」


 無言で視線を向け続けていると、ようやく彼は観念して事情を話してくれた。


「俺も、大内さんを助けるためにコイツらと一緒にダンジョンに入った」

「助けるため? どういうことだ?」


 コイツらと言って、何故か一緒に居た8人の生徒たちを親指をぐっと立てて指す。


 田中くんは、その生徒達から”大内が無理やり、他の生徒たちにダンジョンの中へ連れて行かれるのを見た”と教えられたらしい。


 もちろん、そんな話は信じなかった。でも、その話が本当だったとしたら。心配になったので念の為に確認だけはしておこうと、大内さんに電話をして確認を取った。


 なぜか、彼女との連絡が出来なかった。電話が繋がらない。


「その時、私が電話に出れなかったのは先生の手伝いをしていたから」


 タイミングが悪かった。先生から急に手伝うように言われた大内さんは、田中くんの連絡に気付くことが出来なかった。


 大内さんがダンジョンの中に連れて行かれたという情報を聞いて、嘘だと思った。だけど、万が一にもそれが本当だったとしたら。大内さんが危ない。


 彼女を、助けるために田中はダンジョンの中に入った。大内さんが連れて行かれたという情報を伝えてきた生徒たちも一緒に引き連れて、彼らが目撃した場所まで案内させようとした。


「だけど、その情報はやっぱり嘘だった。こいつらの目的は、誰にも見られないように俺をダンジョンの中まで連れてくること。そして、痛い目にあわせようとした」

「「「……」」」

「騙された俺も馬鹿だったが、もう少し落ち着いて行動していればよかった」

「なるほどね」


 田中くんが、騙してきた生徒たちを睨みつける。彼らからの反論はなかった。


 ここに居る8人の生徒たちは、俺たちパーティーメンバーを尾行していた。今回の計画を実行するために機会を伺っていた、ということなのかな。


「その後、私は田中くんがダンジョンの中に入っていった事を知った」


 安否を確認するメールと電話が大量に来ていたことを遅れてから知った大内さんは、自分を助けるために田中くんがダンジョン内へ向かったことを知った。


 なんとかして自分は無事だと、彼に伝えないといけない。けれども、ダンジョンに電波は届かないので、電話では連絡が取れない。


「田中くんを追いかけて、私たちも急いでダンジョンに入った」

「そういうことだったのか。理由は分かった。だけど、なぜ2人で先行したんだ? もう少しだけ連絡の返事を待ってくれたら、色々と準備して安全に入れたのに」


 特に、ネコなら危険だと言って大内さんを止めてくれそうなのに。彼女も一緒に、危険へ飛び込むようにしてダンジョンに突入した。それが、釈然としない。


「なぜ、ネコは大内さんを止めてくれなかった?」

「それは……」


 ネコならば、多少の危険なら乗り越えられる。だが、大内を守りながらだと危ないかもしれないから心配だった。けれどネコには、助けを待てなかった理由があった。


「昔、仲間が一人で勝手に飛び出ていって。そのまま二度と戻ってこなかったことがあったから」

「昔? ……あぁ、なるほど」


 遠い昔、俺が別の世界で人生を歩んで、レイラという名前の女性だった頃の記憶。フェリスという女性を置いて決死の特攻をした事を思い出した。


 そうか。彼女は今でも、その時のことを覚えていてトラウマになっていたようだ。仲間を失うことを恐れて、先走ってダンジョンに入ってしまったということなのか。それは、見過ごせないよな。


 ネコが先に行ってしまったのは、過去の俺の行動に原因があったということ。それを言われてしまうとなぁ。


「でも、リヒトが助けに来てくれるって信じてたから」

「それは、もちろん助けに行くよ」


 彼女を見捨てることなんて出来ないだろう。必ず助けに来ることを信じて、ネコは待機せずに先行して仲間を助けに行った。そしてみんな、生き残ることが出来た。

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