第160話 飛ばされた先は

 目が開けられないくらい眩しかった光が徐々に消えて、視覚が正常に戻っていく。しばらくして目が開けられるようになったら、さっきまで見ていた光景からガラッと変化した景色が広がっていた。


 ここは、どこだろう。ダンジョンの内部だということだけは分かるが、その他には判断できる情報がない。見覚えのない景色だから、少なくとも上層ではないだろう。トラップが設置されていた中層の別の位置か、下層まで飛ばされてしまった可能性がある。


「……近くに居るな」


 冷たい空気が肌に触れる。壁際に寄り周囲の観察をする。すぐ近くにモンスターの凶暴な気配を感じた。気配だけでも、上層と比べて何倍も強いのがわかる。


 俺とネコなら余裕で戦えるだろう。田中くんと大内さんは、少し危ないかもしれないというぐらいの強さ。油断しなければ戦えるはず。不意を突かれると危ないよな。だから、なるべく早く彼らを見つけ出さないといけない。


 気配を消しながらダンジョン内を移動する。近くに感じたモンスターの気配がある場所まで近寄った。敵がどの程度の強さなのか、目で見て確認しておきたかった。


「グルルルッ……!」

「……」


 大きいな。バス1台分ぐらいの大きさがあるモンスターが、低く響く唸り声を上げのっしのっしと移動しているのが見える。アレを仕留めるのは、かなり面倒そうだ。


 優先するのは、大内さんたちの救出。今は、それ以外に意識を割くべきではない。発見したモンスターから離れる。


 仲間はどこにいるのだろう。モンスターの気配はあるけれど、近くに人間の気配は感じない。最大限に意識を集中して範囲を広げてみて、周囲を観察する。


「……チッ!」


 それでも、人の気配を感じ取ることは出来なかった。思わず舌打ちしてしまった。もしかして、先に行ったと思われる人たちと別の場所へ飛ばされてしまったか。そうなんだとしたら、最悪だな。


 もっと最悪な可能性が、頭の中に思い浮かんでしまう。既に手遅れで、モンスターにやられてしまったのかもしれない。


 そもそも、あのワープトラップに乗っていない可能性もある。それなら、そっちの方がマシかな。俺の労力が無駄になったとしても、生きていてくれたらそれでいい。


 様々な状況を想定しつつ、ダンジョン内を慎重に移動する。モンスターとの戦闘を避けて、彼らを探しながら先に進んだ。


「上か、下か……」


 進行方向について、選択肢が2つある。上に進むか、下に進むのか。どっちに進むべきか悩む。彼らが、どっちに進んだのかわからない。


 資格を持っていないと、中層から先へは立入禁止である。ここはおそらく、下層。当然俺は、ここに足を踏み入れたのは初めての経験だった。


 ダンジョンに関する情報も、資格がないと詳細について閲覧することが出来ない。つまり俺は、中層から下層についての知識は皆無だった。内部の構造に関する情報が足りない。だから、どっちに進むべきか決めるのは勘に頼るしかなかった。


「上だな」


 ネコなら上に戻ろうとするはず。彼女の行動を予測して地上へ戻りながら、彼らを探索することにした。焦らずゆっくり。だが、手遅れにならないように歩を進める。




「ッ! こっちか」


 一瞬、気になる気配を察知した。これはモンスターじゃない、人の気配のはず!


「あっちか」


 気配を逃さないように、ダッシュして一気に近寄っていく。近くに居たモンスターたちが騒ぎ出す。気付かれてしまった。だが、今は奴らを気にしている余裕はない。追いつかれないように駆け抜けていく。


「フッ!」

「グルゥァッ!」


 通路を封鎖するように立ちふさがっていたモンスターの頭上を、一呼吸で壁を蹴り飛び越えて、先に進む。戦闘を避けて足を止めずに気配がする方向へ、一気に進む。今はとにかく、前へ進むことだけ。




「近い!」


 ダンジョン内を猛スピードで進んできてみると、ようやくネコが発する気配を感じ取ることが出来た。


 よかった、見つけることが出来て! 田中くんと大内さんの2人は、どうか。


「ッ!? モンスターと戦ってるようだが、この気配の多さは……?」


 2人の気配も感じ取れた。しかし、彼らの近くに他の人間の気配がいくつもある。ネコたちだけじゃない、どういうことだ。


「ネコ!」

「リヒトッ!」


 見つけたぞ。彼女は戦闘中だった。後ろに怪我をしている生徒がいる。田中くんと大内さんの2人は生徒たちを守っていた。彼らは一体。そうなった経緯が気になったけれど、今は先に敵を殲滅しよう。


 複数のモンスターに囲まれているネコのすぐ側に飛び込んで、俺は武器を構えた。そして同時にアイテムボックスから彼女の武器を取り出し、投げて渡す。


「武器を!」

「うん!」


 ネコはボロボロになった量産品らしい剣から、普段から手入れをして使っている剣に持ち替えた。それだけで、ネコの雰囲気が一気に変わる。この様子なら大丈夫だ。凶暴なモンスターを相手にしても、余裕を持って戦える。


「合わせて」

「了解」


 阿吽の呼吸で、ネコがコンビネーションを決めてくれた。彼女が戦っていたのは、見た目がクマに似た凶暴そうなモンスター。上層には生息していない種類。


 その大きな見た目とは裏腹に、意外と俊敏な動きで攻撃を仕掛けてくる。その攻撃に当たってしまったら、大ダメージだろう。


「グルルッ!」


 爪がむき出しになった手を大きく振りかぶり、ものすごいスピードで振り落とす。そのモンスターの目の前に立ち、剣で受け止める。かなり重い。だが、耐えられる。


 並の迷宮探索士だと、受け止めるのは難しいだろう攻撃。だが、俺なら。


「よし、今」

「わかった」


 攻撃を俺が受け止めた瞬間、スキが出来て硬直しているモンスターをネコが背後に回って容赦なく仕留めてくれた。


 その後もネコと協力して次々と、襲いかかってくるモンスターを仕留めていった。ダメージもなく、なんとか危機を乗り越えることが出来た。



「大丈夫か?」

「ふぅ……、危なかった。ありがとう、リヒト。来てくれて本当に助かった」


 戦闘が終わって息を整えるネコ。少し離れた場所に大内くんと田中くん、そして、同じ学校の生徒たちが居た。見覚えがあるような、ないような……。彼らは。


「あ」


 思い出した。たしか彼らは学校から家に帰る途中、俺たちを尾行していた生徒だ。しかし、なぜ彼らはこんな場所に居るのだろうか。なぜ、大内さんたちと一緒に居たのか。


「彼らは?」

「それについては、ちょっと話が長くなるから先に安全そうな場所へ移動しよう」


 ネコの言葉に納得する。確かにそうだ。ここは危険だし、みんなでダンジョン内を移動する。とりあえず地上へのルートを探索しつつ、モンスターの気配が少ない方へ移ることにした。一旦、落ち着ける場所を探そうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る