第158話 日常からの緊急事態

 放課後はなるべく1人だけで行動をしないように、誰かと一緒に居ることを決めて尾行の対策をすることにした。


 引き続き彼らの尾行には気が付いていないというフリを続け、何も仕掛けてこないようなら無視を決め込むことにする。今のところ、無視を続けても特に害はなかったから。藪をつついて蛇を出すのも嫌だったので、感知していないふりを続けた。


 それよりも今は、やるべきことがあるから。自分たちの課題に集中をしたいので、他のことは気にしていられない。特に今は大きく成長している時期なので、そっちに時間を使いたい。




 あれから、3ヶ月が過ぎていた。学年が上がり、俺たちには後輩が出来たりした。ただ、学年が上がってもやることに大きな変化はなく、鍛錬の日々である。


 ダンジョンの攻略については相変わらず順調だった。内部での実験も色々と進み、迷宮探索士の資格を取得した将来に向けての準備が整っていく。ダンジョンの中でも快適に過ごせるよう、色々な方法を模索していた。


 地上と変わらないような、温かな料理を食べれるように調理器具を揃えてみたり。休憩を取る場合にも疲れがしっかりと癒せるように、すぐ準備ができる快適な椅子やテーブルをアイテムボックス内に用意した。


 すぐさま仮眠が取れるように寝具などを揃えたり。電子機器には魔力を付与した袋を用意して、ダンジョン内で問題なく使えるように工夫した。ダンジョンの中で生活するのが可能なほど充実した、様々な道具を揃えていく。


 まぁでも、この準備が活躍するのは学校を卒業して、迷宮探索士の資格を取得してからだろう。まだまだ先のことである。


 ダンジョンについてを学んでいる最中である俺たちは、まだプロの資格を取得することは出来ない。迷宮探索士の資格を持っていないので、ダンジョンの上層部分しか踏み入ることが許可されていない。もしルールを破って中層から先に行ってしまうと厳しい罰が与えられる。法律違反で罰せられる。どんなに学校での成績が優秀だったとしても、その先へ進む許可は出してもらえないようだ。


 だから今は中層、下層へ行けるようになった時の準備をしておく。この準備が将来、きっと役に立つはずだから。




 探索道具の用意だけでなく、チームワークも鍛えていた。俺たちのパーティーは、学校を卒業して迷宮士の資格を取得した後、このメンバーで一緒に活動しようという約束をした。


 学生時代にダンジョン攻略を一緒に学んだパーティーというのは、プロになっても関係が続くことが多いらしい。学校で出会った者同士でパーティーを組むのは意外とよくあること。俺たちも、そのパターンになりそうだ。


 そんな先人たちと同じように、学校を卒業した後も俺たちはパーティーを解散せずに、一緒に活動を続けようと話し合った。


 なので今のうちからチームワークを鍛えておこうと考え、4人で戦闘訓練を行う。メンバー同士でお互いのポジションを固定しておき、ダンジョン内で戦闘になったら瞬時に連携して動けるようにしておく。連携することによって、モンスターとの戦闘というのは格段に楽になる。


 これだけ連携できるようになれば、中層から下層でもダンジョン攻略ができそうだという自信になるまで、チームワークを鍛え上げた。




 学校ではダンジョンの攻略だけではなくて、普通の高校生としての授業やテストもあった。各授業の単位を取れないと留年もあり得るので、テストでしっかりと点数を取れるように勉強しておかないといけない。


 俺と大内さんは、普段から勉強していたので問題はなかった。けれど、田中くんとネコの2人は、ちょっとだけ成績が危なかった。ということで勉強会を開き、4人で集まってテスト勉強をした。


 そのおかげで4人が全員、定期テストでは赤点は取らずに済んだ。これで、単位が足りずに留年するという可能性も無い。


 そんな風に、俺たちは普通の高校生としての生活も送っていた。




 学校での生活は順調だったが、プライベートも非常に充実している。


 前世の記憶を持っていた白砂猫と出会い、彼女と同じ世界を過ごした記憶のあった俺は当然のように惹かれ合った。今回の人生で俺の性別は男、彼女は女性だったので何も問題もなく付き合える。まぁ、俺が前回と同じように性別が同性だったとしても、ネコと付き合うことになっていただろうと思う。


 そんな彼女とは結婚をする約束までしていたので、さっそく彼女の両親にも挨拶をしに行った。


「初めまして。青柳理人です」


 少し緊張しながら、しっかりと頭を下げて挨拶する。色々と経験してきたけれど、相手の両親と挨拶するというのは、いつも緊張する。これで大丈夫だろうか。


「よく来たね。君のことは、娘からよく聞いてる」

「いらっしゃい。私も、娘から話を聞いてるわよ。ゆっくりしていってね」


 ネコによく似た寡黙そうな父親と、ネコによく似た美人な母親に迎えられる。


 ネコの両親と初めての顔合わせから、学校での生活やダンジョンの攻略に関しての話題で会話を交わしてみた。良い感じにネコの両親とは話せたので、それからすぐに彼女と結婚をするつもりだと正直に告げてみた。


「娘を幸せにしてやってくれ」

「はい。もちろんです」


 すると彼女の父親は、俺に向けて頭を深々と下げてお願いしてきた。父親としての気持ちも分かる俺は、親として安心をしてもらうように堂々とした態度でハッキリと答える。


「愛嬌があまりない娘だけど、よろしくね」

「一生、大切にします」


 ネコの母親にも誠意のある態度で応えると、あっさり結婚の許可をしてもらえた。俺の両親にも結婚する予定を知らせると、色々と心配しつつも俺達の関係を祝福してくれた。


「結婚して良いって言ってもらえたね、リヒト」

「そうだね。うちの両親と、ネコのご両親とも挨拶できたし、これで安心して結婚の準備を進められるよ」

「うん、嬉しい。これで、リヒトと一緒になれる」

「俺も嬉しいよ、ネコ。これからも、よろしくね」


 俺の言葉に頷くネコ。俺とネコは婚約関係になって、迷宮探索士の資格を取得した後に婚姻届を提出する予定を決めた。




 俺とネコの関係は順調に進展していた。俺たちだけでなく、パーティーメンバーである大内さんと田中くんの2人も、良い関係に発展しそうだった。俺とネコは、それとなく2人がくっつくように、ささやかな応援をしていた。


 そんな2人は、まだ恋人関係ではないようだ。けど、お互いに意識している様子があった。時が経てば、おそらく彼らは付き合うことになるだろうと思う。


 プロの迷宮探索士がパーティーメンバー同士で夫婦関係というのも、よくあることらしい。一緒にダンジョンに潜って、危険な場面をくぐり抜けた男女だからだろう。俺たちのパーティーも、世間と同じような関係になれれば良いと思っている。




 学校から家に帰る途中。今日はダンジョンに行く予定や、次のダンジョンの攻略に向けたミーティングする予定もなかった。いつも一緒に帰っているけれども、今日は用事があるというネコを学校に置いて、久しぶりに1人で俺は電車に乗る。学校から尾行してくる生徒は、今も居た。もう無視を続けて数ヶ月も経っているというのに、今のところ仕掛けてくる気配も無い。そして相変わらず、電車に乗ると尾行してくる奴らは居なくなる。


 もうすぐ家の近くにある駅に電車が到着しそうだ、というところで胸のポケットに入れてあるマナーモード中の携帯が振動した。誰かから、メールが届いたようだ。


 胸ポケットから取り出して、携帯を開いてみた。メールを1件、受信している。


「ん?」


 メールの送り主は、パーティーメンバーの1人である大内さんだった。


 彼女からメールが送られてくるのは珍しい。いつもは学校で顔を合わせて話すか、電話が多いから。どうしたのかな。今日はダンジョンに潜る予定も、ミーティングをする約束もなかったはず。彼女からメールが送られてくる用事に思い当たりがない。


 とりあえず、送られてきたメールを読んでみよう。


「……え!?」


 電車の中、大内さんから送られてきたメールを開いて黙々と読む。そこに書かれていた内容に俺は、思わず驚く声を上げてしまった。


 そのメールには、こう書かれていた。


【田中くんが1人でダンジョンに行ったみたい。私達も後を追ってみる。】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る