第132話 この世界で、やってみたい事
「ごめん」
俺はカレンに頭を下げると、心から謝っていた。卒業したら将来を決めてもらうと約束したというのに、まさか俺が途中で専門学校をやめることになるなんて予想していなかった。これで、色々と将来の予定が狂ってしまった。
「全然良いよ、謝らないでレイラちゃん! 私は全然、気にしてないから」
彼女は慌てて、俺に頭を上げるように言ってくれる。笑顔を浮かべていて、本当に気にしていない様子だった。
「それよりも、大丈夫なの? レイラちゃんの、今の気持ちは。へこんでない?」
「気持ち? いや、特には」
今までの長い人生、学校を辞めさせられたぐらいで揺らぐ精神ではない。ちょっとムカついたが、感情の乱れはそれぐらいだった。
学校を辞めさせられたからといって、死ぬわけではない。こんなにも平和な世界。この先、どうやったって生きていける。自分のこと、それから一緒に居てくれる女性を1人支えて生きていくのに、何の問題も感じていなかった。
ただ、世間の目は鬱陶しいだろうなと予想する。同性愛者で最終学歴が中卒の俺。そんな人物の彼女になってしまうカレンが可哀想だと感じてしまう。その経歴だけを見れば、どう考えたって普通からは逸脱していると思える人物。一つ一つの要素ならあり得るだろうけれど、合わさると奇異な目で見られるようになるかも。
まぁ、頭が悪かったり素行が悪くて中退したわけではない。学歴なら、別の無難な学校に入学し直せばいいかな。自分のためでなく、カレンのために。
「レイラちゃんは、平気か。よかったけれど、残念」
「ん?」
俺が平気にしていることで、なぜかカレンに残念がられた。
「落ち込んでいたら、私が慰めてあげられたのに」
「えぇ?」
それは、どういう感情なのだろうか。
「レイラちゃんは完璧超人だからね。これまで、失敗して落ち込んでいるような所を見たことが一度も無かったから。そんな、珍しいレイラちゃんを見てみたいなって、ちょっとだけ思ったんだ。ごめんね」
「あ、うん。それは別に、謝らなくても大丈夫だけど」
彼女から、完璧超人だなんて思われていたのか。そう見えるのは、今までに何度も繰り返して、積み重ねてきた人生経験が違うから。それを説明するわけにもいかないかな。
まぁ、あまり掘り下げないようにして、別の話題に移すことにした。
「これから、どうしようかな」
勉強もアルバイトも無くなって、俺は暇になった。この暇になった時間を使って、せっかくならカレンを喜ばせる何かをしたい。
「レイラちゃんは、これから何がしたい? 私は、レイラちゃん自身がやりたいって思うことをやってほしい」
「そうだなぁ……」
カレンの言葉。両親にも同じような内容のことを言われていた。自分は何をしたいのか。改めて、真剣に考えてみる。
俺が、今回の人生でやりたいと思ったこと。それはやっぱり、作った料理を食べてくれるみんなの笑顔を見ることだ。今後の人生のためにも料理を出来るように鍛えておきたい。技術と知識を次の人生のためにも、身につけておきたかった。
それで、調理師専門学校に入学した。でも、身につけたい技術や知識は学校だけでしか習うことが出来ない、というわけでもないのか。
この世界に馴染もうとしすぎたのかもしれない。義務教育や学歴主義。学校に行くことは大事だろうけど、合わない時もあるだろう。考えてみたら、今までどうやってきのか。自分のやり方について思い出した。
俺は昔から、知りたいと思ったことは自力で学ぶことが多かった。学校に通うことなく、本を読んだり研究したり、知識と経験が豊富な師匠に教えを請う。
そういう方法で学んできた。今回だって、同じだ。
料理もそうやって勉強をすればいい。そして習うのならば、やはり本場に行って、その土地の人間に教えを請う。自分の目で見て、教えてもらう人を選ぶべきか。
「私のやりたいこと。世界各地を巡って、その地に住む人に料理を習いたい、かな」
「やっぱり凄いね、レイラちゃんは」
思ったことを口に出して言ってみると、カレンに感心された。
「私には、日本から出るなんて発想は出なかったな。凄いチャレンジ精神だよ」
「それに気付かせてくれたのは、カレンだよ」
「そんなことないよ。私は、レイラちゃんとお話していただけ」
「それでも、ありがとう。カレンが居てくれて、良かった」
「……うん!」
カレンは、嬉しそうな表情を浮かべて頷いた。
今回の人生では、現代の日本に生まれて、そのまま死ぬまで日本にいるだろうなと考えていた。だけど、海外に出る選択肢もあった。俺には能力があるから、どこでも誰とでも言葉が通じると分かっている。なので、他の人たちよりも断然有利だろう。だから気楽に、世界を巡ってみようなんて挑戦が出来るんだ。
「でも、海外に行くとなると、しばらくの間はレイラちゃんと会えなくなるね」
「本当に料理を勉強しに行くとしても、ずっと向こうに行こう、って思っているわけじゃないよ。ちょくちょく、日本には帰ってくるつもり」
まだ、海外に勉強しに行くと決めたわけではない。咄嗟の思いつきで、落ち込んでしまったカレン。何とか励まそうと俺の考えを説明するが、彼女の表情は晴れない。
「それでも毎日は絶対に無理だろうし、毎週も厳しいよね。ひと月に一回はレイラと会えるかどうかになるのかな」
「うーん。まぁ、そうなるかな」
学校が別になって毎日会うことも無くなったが、2日に一回ぐらいのペースで顔を合わせていた。海外に行くとなると、確かに頻繁に会うのは無理になるだろう。
「あっ! ごめん、レイラちゃんを引き止めている訳じゃなくて」
「うん。分かってるよ」
寂しいと感じてくれる。カレンのその気持ちは、純粋に嬉しかった。
「とっても良い目標だと思うよ! 私も世界を巡ったレイラちゃんが作ってくれる、さらに腕を上げて絶品になった料理を食べてみたいなぁ」
そう言われると俄然やる気が出てくる。彼女に、世界各国で学んだ美味しい料理を作ってあげたい。そんな目的が出来た。
こうしてカレンに背中を押された俺は、世界各地を巡りながら本場料理についての知識と調理技術を学ぶことを目的とした、修行旅の計画を立てる。
ちょうど最近、俺の身近には結婚した2人が居たから。俺の父親と、新しい母親。彼らの新婚ムードを邪魔しないようにするためにも丁度いいので、俺は海外へ旅立つことにした。
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