第133話 屋台で勉強
「姉さん、注文いいか? 豚骨スープトムヤン味の小麦黄色麺だ。麺の量は多めで、トッピングはつみれスペシャル全部入りのクイッティオをくれ」
「はい。少々お待ち下さいね」
色々な国を練り歩きながら、現在はタイ王国にスパイスの文化について勉強をしに来ていた俺は、そこで屋台を出していた。白いシャツにジーンズのズボンを履いた、地元に住んでいる人だと思われる中年男性から注文を受ける。
今朝、仕込んだ麺をカップに入れてからスープを注ぐ。トッピングに作り置きしてある食品を上に盛り付けてから、お客に提供する。
「どうぞ」
「おう。美味そうだな」
クイッティアオとは簡単に説明すると、タイ風ラーメンのことだ。麺文化の盛んなタイ王国でよく食べられている国民食である。
俺の屋台以外で、他の屋台やお店どこでも簡単に食べることが出来る料理だった。だからこそ、地元民からの評価を得るのは非常に難しい。
カップを受け取り、屋台の椅子に座り黙々と食べ始めた地元民の男性。俺の出したクイッティアオを美味しそうに食べてくれていた。
多めに出した量を、ペロリと全部平らげる。男性の表情は満足そうだった。
「会計してくれ」
「はい。全部で40バーツです」
食べ終わった男性が代金を支払うので、それを受け取る。日本円でいうと、今だと120円ぐらいだろうか。
「おぉ、安いな」
男性が言うように他の屋台と比べると、料金は安めで出している。少し前に食材を安く手に入れることができた。アイテムボックスの中に放り込んでおけば腐ることもないので、大量に仕入れて屋台で提供することが可能だった。
「あんた、この国の人じゃないだろう。どこの人だい?」
「日本ですよ」
会計を済ませた男性は笑顔を浮かべて楽しそうに話しかけてきたので、俺も笑顔を浮かべて会話する。こういう地元民との会話は楽しい。
「おぉ、日本! 知ってるぞ。アニメと相撲! 私は、日本が好きだよ」
「えぇ、その日本ですよ。私はそこで育ちました」
嬉しそうに話す男性。彼は、知っている日本についての知識を披露してくれた。
「こんなに聞きやすいタイ語を話せる外国人に会ったのは、君が初めてだよ。発音が上手だね。しかも、このトムヤン味のスープも美味かった。とても気に入った。また食べに来る」
「ありがとうございました」
日本から1人で旅立ち、1ヶ月ほどタイ王国に滞在をして、ここの生活にもだいぶ慣れてきた。俺は、この国の食文化を学ぶために全国を回りながら屋台を引いて商売していた。
この国に来た当初、日本で勉強した料理を出して反応を見てみたが、いまひとつの評価だった。美味しいけれど、物足りない。お客から言われて何が物足りないのか、地元の料理屋や屋台を巡って研究した。実際に食べて、酸味と辛味の重要さについて勉強した。
スパイシーでありながら、まろやかな味わい。多くの味が複雑に絡み合って、舌の上には印象的な刺激を残していく、タイ王国にある独特の味を知った。
世界にある料理を勉強するためには地元を訪れて、その土地に住む人が出す料理を実際に口にして、味を知り学ぶのが一番だと思った。
世界を巡って料理を勉強する旅は、今のところ大成功である。
勇者だった頃を思い出す。あの時も、色々な土地を旅して回った。その時の経験があるから、旅をするのに慣れていた。どこの国でも言葉を話せるし、荷物はアイテムボックスの中に収めて動けるので楽だ。勇者だった頃とは違って、海外を旅するのに色々と手続きが必要なのが少しだけ面倒だけど。
掛かった経費の大半は旅費。宿は安い所を巡って回った。アルバイトで稼いで得たお金で十分、足りている。短い期間しかアルバイトをしていなかったが、それなりに給料が良かった。カレンとのデート代と誕生日プレゼントを買うために使ったぐらいで、他に使いみちが無かったから貯金していたのだ。
そして、食材費について。
女の外国人であった俺は、それなりに狙われたりもした。しかし、狙ってくる敵は返り討ちにする。悪意のある視線を感じたら、人の居ない場所まで誘い込んでから、襲ってきた所を反撃した。
「おい、金を出せ。従わないと、痛い目を見るぞ」
「はいはい」
「お、おい! な、なに!?」
路地裏に入ると、周りを囲んで脅してくる。しかし、平然としている俺を見て敵は慌てる。そして、本気で金を奪い取ろうとしてきた時に反撃する。まさかの抵抗に、敵は更に慌てていた。
相手はただの人間だから、脅威を全く感じない。危なくなったら奥の手でもある、魔法も使って戦うつもりだったが、今のところ使う機会は訪れていない。
時には、相手が拳銃を取り出してきて撃たれたこともあった。だが、比較的簡単に弾を避けることが出来た。当たっても、回復魔法でどうにか出来る自信があったから精神的に余裕もある。魔物と戦うよりも気楽に対処することができた。
劣勢であると思い知り、ビビって逃げ出そうとする敵を叩きのめして気絶させる。俺は顔を隠してから、警察署の前まで気絶している者たちを運んで彼らを放置した。その後の事については知らない。常習犯だったら警察が処理してくれていると思う。今のところ、再び俺のもとにやって来て復讐しようとする者は現れなかった。
女性を狙う悪党どもから迷惑料として、懐から財布を抜き、いくらか頂いていた。そのお金を使って、俺は屋台で出す料理の食材を買い込んだ。
国を巡り、屋台を出して商売しながら、料理の研究を続けていった。
実戦で、その土地の人に認められるような料理を完成させられるように、毎日腕を磨く修業の日々。
お客を見送り、次のお客を迎える料理の準備を始めようとして、近くに居た子供に気が付く。建物の影に隠れた小さな男の子が、俺の顔をジーッと見つめてきていた。
「食べる?」
「いいの?」
彼にカップを掲げて聞いてみると、すぐに近寄ってきた。
今の俺の姿は女性だったから、悪党からよく狙われて面倒だった。だが、今の俺が女性だったから子供には警戒心を抱かれないで、接することが出来る。屋台を出すのにも、女性の姿だと親しまれやすくて商売がしやすいように思う。
「もちろん。どうぞ」
「ありがとう」
お腹を空かせた子供が、物欲しそうに見てくるので料理を振る舞った。
「僕も!」「お腹すいた」「ちょうだい」
「はいはい、チョット待ってね」
彼の後から続々と、他にも沢山の子が屋台に殺到した。その子たちに無料で料理を食べさせる。どうせ、悪党から奪った金で実質タダだから。
美味しそうに料理を食べてくれる彼らを眺める。日本の平和な生活もいいけれど、俺はやはり今の生活のほうが合っているような気がする。孤児院で子供たちの世話をしていた頃を思い出した。
最近は、昔のことをよく思い出す。その出来事について、記録として書き出した。暇な時に、過去を思い出しながらノートに書いている。これで忘れない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます