第134話 転生者の噂

 東南アジアの国々を、料理の技術と知識を学ぶために屋台を引いて巡っていた。時々は日本に帰ってきて、ビザの更新をしたり、屋台で調理するのに必要だと思った道具を新調したり、カレンに合うために帰国。そして再び、海外へ。


 もうしばらく東南アジアの国を巡って屋台を開いて料理を勉強してみてから、次はヨーロッパの方へ行ってみようか、それともアフリカの方面に行ってみようか考えている途中。




 そんな時、とある噂を耳にした。ネパールで屋台を開いていると、食事してくれたお客から、とても興味深い話を聞いた。


「お嬢ちゃん、こんな話を聞いたことはあるかい?」

「なんですか?」

「この世には、輪廻転生というのが実際にあってね」

「輪廻、転生……? つまり、死んだ後に生まれ変わるってことですか?」

「そうさ。興味があるなら、寺院へ会いに行ってみるといいよ」


 屋台を開いていると、色々な人がやってくる。そして、様々な情報を教えてもらうことも多い。その情報は、特に気になる話だった。


 この世界にも転生者が居るのか。俺と同じように、生と死を繰り返している存在と出会えるかもしれない。過去に出会った、転生者だったマリアを思い出した。彼女と同じような存在と出会えたら、再び親しくなれるかもしれない。転生に関する情報の交換もしたい。会って話がしたいな。


 俺は早速、その転生者が居るという場所に向かってみた。そこはネパールで有名な寺院。聞いた話によると、数年前に前世の記憶を持って生まれた少女が、その寺院で生活しているという。屋台で教えてくれたお客だけでなく、その地域に住んでいる人ならば誰でも知っている有名な話らしい。


 色々な人から話を聞きながら、目的の場所へ。




 転生者の噂を聞いて、とりあえず山奥にある寺院まで来てみたけれど。どうやって会おうかな。


 しばらく考えて、正面から会いに行ってみることにした。ダメでもともと、という気持ちで寺院の中に立ち入った。面会を断られたら、また他の方法を考えよう。


 寺院の建物が並んでいる間に敷かれた石畳。そこにポツンと立っていた、鮮やかなオレンジ色の僧衣を着た青年に声をかける。俺と同い年くらいか、少し年上の男性。


「すみません」

「何でしょうか?」


 呼びかけてみると、彼は真顔のまま俺の方へ体を向けて用件を聞いてくれた。彼に聞いてみるか。どうなるかな。


「ここに転生者の方が生活していると聞いたのですが、会えますか?」

「……少々、お待ちを」


 俺の姿をジッと見つめる。長袖シャツとズボン、ラフな格好をしている姿を上から下まで確認した後、青年は俺を置いて寺院にある建物の中に入っていった。もう少しマシな格好をして来ればよかったかな。でも、すぐに追い返されることはなかった。会えるかどうか、まだわからない。


 俺だけその場に残して、何かを確認しに行ったようだ。しばらく待つ。数分後に、戻ってきた青年が俺に言った。


「どうぞ、中へ」

「あ、はい」




 急に訪問したのに、思っていたよりも簡単に噂の転生者と会わせてくれるようだ。青年に案内されながら、厳かな雰囲気のある寺院の中を歩く。


 辺りには、確かマニ車と呼ばれている仏具を回している僧侶の様子が見えた。


「こちらです」

「どうも」


 かなり奥まったところの部屋まで、俺は案内される。中に入ってみると、そこには幼女が床の上に座って待っていた。見た目は6歳ぐらい、小学校に入る直前ぐらいの女の子だった。しかし、見ただけで普通の女の子とは違うのが分かる。


 背筋の伸びた姿勢で、特別なオーラを発するように座っている。


 部屋の中には、他にも何人か老人や青年が居た。彼らの視線が一斉に、俺の方へと向けられる。興味津々という様子で見てくる。そんな状況で、目の前の女の子が口を開いた。


「お待ちしておりました」


 舌っ足らずでトーンの高い声だが、丁寧で知性を感じる言葉遣い。そんな彼女が、俺の顔を見ながら言った。


「待っていた? 私を?」

「はい、そうです」


 聞くと、彼女は深く頷いて肯定する。そして、俺がどういうことか尋ねようとする前に、幼女が話を止める。


「ちょっと、お待ち下さい」


 彼女の視線が、俺を部屋まで案内をしてくれた青年と、部屋の中に居た老人たちへ向けられた。


「あなた達は、この部屋から出ていきなさい」

「しかし、ラムアーン様」


 老人の1人が何か言おうとした。だが、ラムアーンと呼ばれた幼女が視線を向けると、視線を向けられた老人は表情をこわばらせて黙り込む。幼女に睨まれる老人。


「これから私はこの方と、大事な話をします。その内容は、この場にいる者たちには聞く権利がありません。だから、部屋から出ていくのです。盗み聞きも許しません」

「……何かあれば、すぐにお呼び下さい」


 それだけ言うと彼女の指示に従って、しぶしぶ部屋を出て行った老人たちと青年。そして、部屋の中には俺と彼女だけが残って、2人きりになる。


「どうぞ、座って下さい」

「ありがとう」


 彼女と同じく、俺も床の上に座って向かい合う。近くで見ると、その女の子は一層幼く見える。


「初めまして、私の名はラムアーン。前世の記憶を持つ者です」


 彼女は床の上に頭を下げて、挨拶してくれる。やはり見た目の割に、しっかりした話し方と落ち着いた様子だと思った。転生者の噂は本当だった。


 俺と同じく、前世の記憶を持っているのか。


 しかも、彼女の体の中に流れている魔力は非常に安定しているのが分かる。魔力の扱い方を心得ているような感じだった。


 彼女は転生者であり、魔力のコントロール方法も習得している。


「初めまして、ラムアーン。私は、赤星レイラ。貴女と同じく、前世の記憶を持ってこの世に生まれてきました」

「え?」


 俺が自己紹介すると、なぜか彼女は目をまん丸くさせて、驚いたような表情をしていた。どういうことだ?


「レイラ様は、神様ではないのですか?」

「私が? 違いますよ」


 神様なのかを確認される。そんなことはない。彼女の言葉を否定すると、また驚く幼女。なぜか、俺のことを神様だと思っていたらしい。どういう勘違いだろうか。


「ということは、神様の使い、なのですか?」

「いいえ。貴女と同じ、前世の記憶を持って生まれた普通の転生者だと思うよ。噂を聞いて、同じような存在と話してみたいと思って会いに来たんだけど」

「同じ存在だなんて!? そんな、恐れ多い!」

「ええっと……?」


 普通の転生者のはずだ。記憶を持ったまま生まれ変わり、今までに何度も生と死を繰り返してきた。そして俺は、神様という存在に出会ったことは一度もない。神様の使いでもなく、普通の転生者だと思うけど。


 しかし彼女は、まるで俺を神のように崇める態度で接してきた。どうして、そんな勘違いをしているのか。彼女に、詳しく話を聞いた。

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