第129話 ホテルのレストラン厨房アルバイト
専門学校のアルバイトサポートを利用して、紹介してもらったアルバイトに入って働く。実戦で料理の技術を学ぼうと思い、エミールというホテルにあるレストランの厨房でアルバイトしてみることにした。
もうすぐカレンの誕生日もあるので、プレゼントを買うためのお金が必要だった。今年は奮発して、良いものを買ってあげたいと思っている。
ホテルレストランの厨房仕事は、かなりの重労働を強いられる。そのためにそこは完全な男社会。アルバイトに入った女性の俺は端の方で、野菜の皮むきやカットなどしたごしらえ、食材の仕込み準備の手伝いから始めることになった。
実家の料理店でやっていた経験があるので慣れている。すぐに仕込みは終わって、手持ち無沙汰になった。任された仕事が全て終わっても、体力が有り余っている。
だから俺は、自分から仕事を求める。せっかくアルバイトで入ったから、何か学ぶものが欲しい。経験したい。仕事を振って欲しいな。
「こっちの仕事が終わったんですが。他に何か、仕事はありませんか?」
ホテル・エミールで提供をする料理全体を監督する責任者の総料理長に相談する。しかし彼は、威圧感のある顔で答えた。
「まだ、学生でアルバイトの君が出る幕はないよ」
「学生でアルバイトでも、調理はできます」
ここで引いたら、せっかく学びに来ているというのに経験できない。だから強気で主張する。すると真剣な表情で俺に視線を合わせてくる総料理長。俺も、その視線に真っ向からジッと見返してやる。
「……そんなに自信があるというのなら、一品作ってみろ」
「はい! 分かりました」
ということで、実力を発揮する機会を与えてくれた総料理長に俺の持っている力を見せつける。サッと作ったチキンソテーを総料理長に差し出した。調理する過程から細かく観察されて少し緊張したが、なかなかの出来で仕上がったと思う。
「なるほど」
俺が差し出したチキンソテーをひとくち食べて、何か納得する総料理長。じっくり味わって、考え込んでいた。どうだろうか。
「言うだけのことはある。実力は十分だな。明日から、肉料理担当のチームに入れ。調理スタッフの配置換えをする」
「ありがとうございます」
ということで、俺は総料理長に料理の腕を認められた。見習いから、料理の調理と火の管理を任されるポジションに移動することになった。流石に、アルバイトなのでメインは任されなかったけれど、なかなか重要な位置を担当させてくれた。
専門学校で学び、ホテル・エミールでのアルバイトとして働き続けてドンドン腕を磨いていく。忙しい日々を過ごしていた、ある日のこと。
「なんだか、ホールの方が騒がしいな。何か問題か?」
総料理長が呟いた。厨房に居る料理人たちが一斉に視線を向けた。確かに、外から大きな声が聞こえてくる。揉めているような声。
「言葉が通じなくて、スタッフが何を言っているのか分かっていないみたいですね。揉めているお客様は、ただ聞きたいことがあるだけのようですが」
「ん? 分かるのか?」
俺はどの世界の言葉でも理解して通じる、という特殊能力を持っていた。その力を駆使すると、どこの国の言葉でも使いこなして会話することができる。
そして今も、ホールでお客様と会話している言葉の内容を聞き取ることができた。どうやら、ホールスタッフが言葉を理解できずに困っているようだった。ただ単に、言葉が通じないだけ。大きな問題ではない。だけど、早く解決したほうが良さそう。
「はい」
「なら、ちょっと助けに行ってやってくれ」
「わかりました」
総料理長にお願いされて、厨房から出る。まだ会話している。そのテーブルには、60歳ぐらいの外国人男性が1人だけ座っている。ホールスタッフの女性がなんとか対応しようとするが、お客様が何を言っているのか理解できないようで困っていた。何度も頭を下げて対応している。だけど、それでは解決できない。
そして、お客様の方もスタッフに言葉が通じず困っているようだった。言葉が通じなくて、段々とヒートアップしていき大声になったのか。それが、揉めているように聞こえてしまった。
そんな二人の間に、俺は割り込む。
「どうされましたか?」
「おぉ。私の言葉がわかりますか?」
彼の話している言葉は英語のようだった。ホテルにあるレストランだから外国人のお客様も多い。だから、ホールスタッフも英語はできる。しかし、ものすごく訛りがあったので、普通の人は聞き取りにくいだろうと思う。まるで、別の国の言葉のようだ。
「はい、わかりますよ」
しかし俺には、そんな訛りにも対応できる特殊能力があるお陰で、普通に聞き取ることができていた。
だから問題なく、俺は彼と会話を続ける。
「私は日本料理を食べたいんですが、どれがオススメなのか聞きたいんですよ」
「なるほど。お肉かお魚、どちらがお好みですか?」
お店に対するクレームではなくて、質問で良かった。それなら俺にも答えることが可能だから。ホールスタッフに代わって、男性の質問に答える。
「肉が食いたいな」
「注意するべきアレルギーなどは?」
男性の表情が柔らかくなって、俺の話を聞くことに集中してくれている。
「無い」
「それでしたら、こちらがオススメですよ」
お客様からヒアリングをして、彼に提示するメニューを決める。日本料理でお肉が食べたいのなら、これかな。
「おぉ! それじゃあ、その料理を頼むよ」
「かしこまりました」
オススメした料理を選んでくれたようだ。
「ありがとう、美しいお嬢ちゃん!」
「いいえ。ぜひ日本料理を楽しんでくださいね」
お客様からの注文を受けると、厨房に戻った。対応できなかったホールスタッフの女性からは何度も頭を下げて感謝された。無事に問題が解決できてよかったよ。
そして、外国人のお客様が帰る時も俺が代わりに対応することに。なんと1万円のチップを渡された。
「こんなに受け取れませんよ」
「素晴らしい料理をオススメしてくれた。私は感動したよ。これは、君がしてくれたサービスの対価だ」
俺が提示した料理がすごく美味しかったと、笑顔を浮かべながら感想を言われた。メニューを教えてくれた対価としてのチップだそうだ。
「ぜひ受け取ってくれ」
「ありがとうございます。またお越しください」
何度も繰り返してチップを受け取るようにと言われたので、根負けして受け取る。このまま断り続けると、お客様が帰ってくれないようなので。
この臨時収入でカレンにプレゼントを買えるな。そんな事を思いながら、外国人のお客様に感謝しながら見送った。
普段から実家の料理店で接客対応をしているので、注文を受けたり会計をするのも慣れていた。接客もできることがバレてしまい、ホールの仕事をサポートする機会が増えてしまった。
俺は料理の腕を磨くために、レストランの厨房にアルバイトをしに来たんだけど。
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