第119話 チート食材化
あれからまた時間が過ぎ、少し大きくなってお店の手伝いをするようになった。
大事に育てられてきた俺は普段、そんなにワガママも言わないし、手のかからない子どもだったと思う。父が店で仕事している間もずっと大人しくしていたので、家に母親は居ないけれども幼稚園に通わなかった。
家に居て暇だった俺は、お店の手伝いをしたいと父に言った。まだ、子どもなんだから働く必要なんて無いと言う彼に対して俺は、父の役に立ちたいとお願いした。
何度も繰り返し、お店の手伝いをさせてほしいと頼み続けた結果、父は渋々ながら俺がお店で働くことを許可してくれた。
最初は、お店に来たお客さんを席に案内をしてから注文を取って、完成した料理を席まで持って行くと配膳する、フロアスタッフとしてお店を手伝うように。
本当は、調理とか裏方の仕事もしたいけれど、流石にそれはダメみたい。もう少し大きくなってから、かな。
そのお店は昔、美男美女の夫婦が営んでいる料理店として知られて大人気だった。近所の人たちだけでなく、電車に乗って隣の町から足を運ぶ人、わざわざ車に乗って他県からお店に食べに来る人がいるほど。テレビの取材を受けたこともあるらしい。
母親が亡くなった頃は、店主である赤星啓吾が精神的なダメージを負って、仕事がおぼつかなくなった。それが原因で、かなり客足も減ってしまったようだ。
だが昔からお店に通ってくれている常連客たちや、周りの人たちに支えられて父はお店を続けることが出来ていた。生活が苦しくなることも無いぐらい。
そして、俺がお店の手伝いを始めるようになってから、少しずつお客の数も増えていった。赤星啓吾も少しずつ立ち直ってきており、以前と同じように元気よくお店を営業できている。このまま順調にいけば、昔の人気だった頃の勢いを取り戻し、再びお店は繁盛しそうだった。
任せられた仕事は、俺にとって非常に簡単だった。次々と仕事をこなしていった。そんな手伝いをしている合間に俺は、父親が厨房で調理している姿を観察していた。あの美味しい料理の作り方とレシピを、密かに見て学んでいく。
なるほど、ああやって作るのか。とても参考になるな。
まだ幼稚園に通うような年齢の子どもだが、ちゃんとお店の手伝いが出来ていた。それで信頼を得た俺は、仕込みの手伝いを任されるように。ただし、父親の見ている前でしか包丁を持つことを許さなかったけど。
見ていないところで調理器具に触ったら、二度と厨房に入れさせないと脅された。まあ、当然か。気をつけないといけない。
「これは、こう切るんだ。手を切らないように、気をつけてな」
「こう?」
父から直接指導してもらう。教えてもらった通りに野菜を切った。前から観察していたので、やり方は分かっていた。
「そう! 上手いぞ」
「よかった」
手取り足取り、優しく褒めてくれながら食材を調理する方法を教えてくれる父。
昔、ちょっとだけ料理のやり方を習っていた経験もあった。お手伝いしている間に調理とレシピを盗み見て勝手に学習もしたので、父親から教えてもらった事をすぐに習得していく。
「お前は、料理人としての才能があるなぁ」
「そうなの?」
頭を撫でて褒めてくれる父親。幼い体で甘やかされてしまうと、いつまでも甘えてしまいそうになる。早く自立しないとな。
「母親に似て愛嬌もあるし、料理の腕は俺に似てくれたのかな。そうなんだとしたら嬉しいなぁ」
俺の顔をボーッと眺めながら、しみじみとした口調で父親が言う。また母親の事を思い出しているようだった。まだ完全に、吹っ切れたというわけでもないみたい。
お昼の繁忙時間が過ぎた15時頃。父親は夕方に向けて仕込みの準備をしながら、カウンター席に座って遅い昼食をとる常連のおじさんと会話していた。
「一時期、かなり心配だったが。最近、ほんとに順調そうで安心した。料理も一段と美味しくなったなぁ」
「そうですか? そうだとしたら、あの子のお陰ですよ。父親としてカッコいい姿を見せたいんでね」
そんな感想を述べながら店の料理を美味しそうに食べる常連。その言葉を聞いて、嬉しそうに語る父親の啓吾。
「なるほど、レイラちゃんは可愛いからねぇ。そんな可愛い娘から、カッコいいって思われたいのは当然だ。俺も娘に、そう思われたいもん」
「
お互いに家庭を持つ身のようで。家族の話題で盛り上がっている2人。
「10歳になったよ。もう反抗期を迎えて、娘から嫌いって言われて悲しいよ」
「それは、大変ですね。うちの子も、いつかそうなるのかなぁ」
父の目が届く所で仕込みの手伝いをしながら、俺は2人の親の会話を聞いていた。なんとも馴染みのある話題。
子育ては、ものすごく大変だという考えに俺も同意する。まだ子どもである俺が、そんな感想を抱くのも変な話だが。
常連さんの娘さんは早く反抗期を終えて、仲直りしてほしいと願った。
ちなみに、お店の料理が美味しくなったのは俺が仕込みの最中に、少しだけ食材に魔力を付与していた影響があると思う。
もともと美味しかった父親の料理が、最近になってさらに美味しくなったと近所で評判になっていて、お客も増えてお店は大繁盛していた。
食材に魔力を付与するだけで、料理の味が上がる。飲食店で、かなり有効な手法。この技術を使えるのは、魔力を自由自在に使いこなせる俺だけの特権。
この世界では魔法というのが空想の産物だと思われていて、現実には存在しないと考えられているから。
俺の目から見ると、この世界に生きる人たちは誰でも魔力を持っていた。多いのか少ないのか、個人差はあるけれど。魔力の存在を知り、コントロールする方法を覚えたら、この世界の人たちでも魔法が使えるようになると思う。
もしかすると、この世界にも魔法使いが存在しているのかもしれない。けれども、今まで魔法を使っている人と出会ったことは一度もない。見かけたこともない。
なので、魔力を食材に付与してクオリティーを上げるのは、他人には真似できない技術だということを俺は知っている。
他の人が知らない技術だからといって、出し惜しみはしない。これから、どんどん魔力付与で食材を美味しくする手法は使っていく予定だった。
この技術を、他の誰かに伝授するかどうかは考え中である。とりあえず今は、家の料理店を繁盛させるために有効活用していこうと思う。
近所の皆にも、父の美味しい料理を堪能してもらう。そこに俺が少しだけ手伝い、さらに美味しい料理を提供できるようにしようと考えていた。
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