第118話 生きる幸せ
母の死から、しばらく時間が経った。
「どうだ、美味いか?」
「うん。とっても美味しい」
俺は、父親の経営している料理店のカウンター席に座って、父である啓吾が作ってくれたチャーハンを美味しく頂いていた。
俺が料理を食べている様子を、父親の啓吾はカウンター席の向こうにある厨房から身を乗り出して、嬉しそうな表情を浮かべて眺めている。
ここは中華をメインに出している料理店なのだが、本格的な中華料理を出すようなお店ではなく、『町中華』と呼ばれている街に昔から根付いているような、古き良き中華料理店。近所に住む人たちが通っている、個人経営のお店である。
そしてお店は、自宅と共用になっているので家賃等の負担を減らしていた。お店で食事をとって食費を浮かせたりして、生活にかかる経費を節約している。
母親の死からしばらく経って、俺は赤ん坊から幼児へ成長していた。父親と2人で平和に暮らしている。
「そうかそうか。もっと食え食え」
「うん。いっぱい、食べたい」
新しい人生で俺は食を楽しんでいた。噛めば噛むほど米と卵の甘みを感じられる、いい味の出てくるチャーハンである。とても美味しい。
中華料理店の火力だからこそ出せる父の味を、俺は堪能する。
チャーシュー・ねぎ・卵といったオーソドックスな具材で作られており、ごはんの一粒一粒がふっくらと立っていてつややか。具材ひとつとっても非常に細かく丁寧に刻まれていたり、食べやすくしてある。
「うまい!」
父親の作ってくれたチャーハンは、思わず唸ってしまうほど美味しい。
前の人生を思い出すと、それはそれは酷い食事だったから。食べごたえはないし、調理も味も雑な感じで食事の時間が苦痛だった。その反動なのだろう、今はとにかく美味しものを食べるのが一番の幸せを感じられる瞬間だった。
「お父さんの料理、とっても美味しいね」
「うん。うまい」
俺の座っている席の隣には深谷朋子も一緒に並んで座り、父の料理を食べていた。彼女は、母親が亡くなった後も赤ん坊である俺の世話をしてくれていた。
あれからずっと一緒に赤星啓吾と過ごしている。しかし彼らは、恋人のような関係には発展していないみたい。
妻である赤星礼奈の死後、赤星啓吾は誰とも付き合うことなく生活を続けていた。俺は彼の悲しみを知っているから、安易に再婚したらどうかということも言えない。周りの女性たちも、どうアプローチしようか迷って、何も起こっていない状況だ。
赤星啓吾との関係が一番近いのは、深谷朋子だ。その彼女は今、俺が食事している様子を横から楽しそうに眺めている。
父は朋子のことを、親しい友人関係としか思っていないようだった。恋愛感情など一切なく、ただ単に親しくしている友人として。彼女の気持ちには気づかないまま、今まで一緒に過ごしている。父は、女性にモテるみたいだけど鈍感だった。
朋子も好きだという気持ちを告白したりせず、一定の距離を保ちながら付き合いを続けている。それで良いと思っているようだ。亡くなってしまった俺の母の礼奈に、遠慮している部分もあるのかもしれない。
「でも、そんなに食べて大丈夫? ちょっと、食べ過ぎじゃないかしら」
深谷朋子は、俺の食べる量を心配していた。美容関係の仕事をしているらしい彼女だからこそ、常に美容や健康に関して注意を向けていて気になるのだろう。
「そうか? 子どもは、いっぱい食べないと大きく育たないだろ」
「うーん。そうだけど、食べすぎるのは良くないと思う」
「大丈夫だって。ちょっとぽっちゃりしているが、子どもの頃はこんなものだろう」
俺は多分、他の子たちと比べたら多く食べているだろうと自覚している。父親も、食べることが大好きになった俺を甘やかせてくれた。お腹が空いたなと俺が呟くと、あっという間に料理を作ってくれる。
新しいおもちゃを買って欲しいとか、遊園地に行きたというような定番のワガママを言ったことがなかった。唯一食事だけ、俺がワガママを言ってねだるので、父親は快く美味しものを用意してくれる。
だが、流石にちょっと食べすぎたかな。自分の太った体を見てみる。反省しないといけないか。
「啓吾さん! まだ幼いけれど、女の子なんですよ。そんな事、言っちゃ駄目です」
父親の言う通り俺は少しぽっちゃりしている。確実に食べすぎが原因なんだろう。太っていると言われても傷付いたりはしない。でも、朋子が代わりに注意してくれていた。
「あ、あぁ。すまんな、レイラ」
「いいよ。許してあげる」
注意されて申し訳無さそうに謝る父親を、すぐに許す。俺の体が太っているのは、美味しい料理を我慢できずに食べてしまう自分のせいなんだから。
赤ん坊の頃から俺は、魔力のトレーニングを始めていた。新しく生まれた世界で、問題なく魔力を扱うことが出来ることを確認している。
女性のほうが、魔力を扱うのには適しているというのが今回で初めて実感できた。こういう感覚だったのか。俺が男だった頃に比べると、コントロールしやすいように感じた。これは、今の体だからなのか。女性の体だからなのか、まだ分からないが。
体を激しく動かすトレーニングについては、大人たちの目があるので思うようには出来なかった。この世界では、過保護なぐらい見守られていたので。まだ幼い子どもである俺は、大人の目の届く範囲でしか行動できない。
あまり無茶なことをしてしまうと、大人たちを心配させてしまうだろう。だから、今のところは目の届く範囲の中で軽く走ってみたり、簡単な筋力トレーニングぐらいしか出来ていない。
それにより、今までの長い人生の中でも一番太い体になっていた。これから先は、この体重を落としていかないといけないだろう。自分は女の子であると自覚をして、スタイルにも気を付けていったほうが良さそうだな。
訓練できる状況じゃないとか、平和な世界だからといって、楽なトレーニングだけしていたらダメそう。体重を落とすための厳しい特訓が必要かも。
もうちょっと運動量を増やして、消費カロリーを増やさなければならないな。体も成長してきたので、本格的に訓練を始めていこうか。
でも今は、先のことなんて後回しにして、美味しいご飯を堪能しようと思う。
「おかわり!」
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