8周目★(現代風:料理人)

第116話 未知の現代へ

 目が覚めた。体の感覚が鈍くなって、思うように手足を動かすことが出来ないし、視界もぼんやりしている。何度も経験してきた、とても慣れ親しんだ感覚だ。これは間違いない。赤ん坊の体になっていた。


「あら、起きちゃったの? レイラちゃん」


 母親と思われる若い女性が、顔を覗き込んできた。俺が目を覚ましたのに気付いて、体を抱き上げられる。


 名前は、前回から引き続きレイラなのか。再び性別は、男性であり女性なのかな。でも、なんだかちょっと違うようだ。


「ぁ…ぁえあ!」

「よしよし」


 やっぱり、上手く喋れない。思うように舌が動かせない。試してみたけど、言葉を発することは出来なかった。でも、いつものように向こうの話す言葉は理解できる。言葉が分かるのは、安心だ。


 さて、今度はどんな世界に転生したのだろうか。母親の腕に抱かれながら、周りを見渡してみる。ここから見える景色から判断すると、ファンタジーな異世界じゃないことはすぐに分かった。


 俺が寝かされていたベビーベッド、その近くに布団が敷かれている。それほど広くない部屋の感じに、なんとなく見覚えがある気がする。けれど、何故だろうか。この既視感。


 何とか思い出そうとするが、思い出せない。


 異世界ではなく、遠い未来の世界でもないようだった。過去のようにも見えない。俺は、その風景を眺めていると何かを思い出しそうだった。あと何かもう一つだけ、キッカケさえあれば。


「すいません、深谷ふかやさん」


 部屋の中にダンディな見た目をした中年の男性が現れた。彼は部屋に入ってくると頭を下げて、俺の母親である女性に謝っていた。一体、誰だろう。


 俺の父親なのか。だけど2人は、夫婦という関係には見えない。どういうことだ。


「いえいえ、大丈夫ですよ。この赤ん坊、とっても可愛いんですもの。私も、こんな可愛い子が欲しい、って思いました」


 部屋に入ってきた男性に笑顔を向けて、俺の体を抱える深谷さんと呼ばれた女性が答える。


 あれ? 会話の内容を聞いていると、母親だと思っていた女性は、どうやら違っていたようだ。女性に抱えられていた俺の体が、男性に手渡された。


「すみません、もう店の準備も終わったんで大丈夫です。申し訳ない」

「本当ですか? なんなら、もう少しだけ私に任せてもらっても良いですよ」


 不慣れな手付きで、俺を抱える男性。もしかして、彼が俺の父親ということかな。そうすると、母親はどこだろうか。


「……なら、頼めますか?」

「もちろん。任せて下さい!」

「ありがとうございます。じゃあ、お願いします。いつもすいません。この借りは、必ず返すので」

「良いんですよ。私は、好きでやってるだけですから」


 女性の親切を受け取り、助けを求めることにしたらしい。どうやら男性は、仕事があるのか忙しいのかな。頼み込んで、赤ん坊である俺の面倒を見てもらっているようだ。


「それじゃあ俺は、仕事してきます。後、お願いしますね」

「はい。任せて下さい、啓吾けいごさん」


 そう言って、俺は再び深谷と呼ばれた女性に抱えられていた。部屋から出て行く、啓吾と呼ばれた男性。




 啓吾と深谷の2人。見たところ同い年ぐらいで、親しそうな関係の男女だったが、やはり夫婦ではないみたい。


 俺の母親は居ないのか、何か複雑な事情がありそうだな。


「ぁぅぇ?」

「どうしたの? お腹が空いたのかな?」


 赤ん坊である今の俺では、詳しい事情について聞くことは出来ない。2人の関係について知ることは、今のところ難しそう。とても気になるけれど。




 そして俺は、2人の会話を聞いて分かったことがある。ここが、どんな世界なのかについて。


 深谷さんに啓吾さん。名前の感じからして、2人は日本人なのではないかな。俺はどうやら、現代世界に生まれてきたらしい。


 日本という国で、平凡に暮らしていたことがある。転生を繰り返す前、普通だった頃の人生。薄ぼんやりとした記憶だけ残っている。


 意識としては、もう何百年も前の記憶だ。ほとんど覚えていなくて、俺にとっては未知に近い世界である。


 元日本人だったはずの自分だが、この世界に馴染むのにはかなりの時間が必要そうだと思った。




 しばらく俺は女性に抱えられながら、あやされた後ベビーベッドの上にゆっくりと丁寧に寝かしつけられた。


 しばらくここから動けないようだから、今のうちに情報を整理しておこうか。前の人生を振り返ることから始めた。




 たった4年間という短い期間を必死に生きた、前世について思い出す。


 あの世界では、ほとんど戦ってばかりの人生だった。倒さなければ人類が滅ぶほど危険な敵が居たから。戦わなければ死。とはいえ、何故あんなにも俺は戦い続けて、生き急いだのか。今になって思うのは、もっと冷静になって考えるべきだったということ。


 無茶をして、フェリスを残してきたことが本当に申し訳ない。なぜ、あんなことをしてしまったのか。もっと良い方法が、あったんじゃないか。考えることもせずに、プログラムの指示に従ってしまった。プログラムのせいではなく、深く考えなかった俺が悪いのだ。


 自分は、そんな性格ではなかったと思う。おそらく、あの体が原因だな。


 戦うために作られたと、俺を生み出した研究員のソフィアは言っていた。つまり、俺の思考も戦いに向かうように操作されていた可能性がある。


 生まれた体に影響されて、俺の思考も変わっていた可能性がある、ということか。魔力を使うことも出来なかったし、感じることも出来なかった。それは生まれた体が原因のようだったから。魔力は、精神にも関係が深い。操作されて、色々と不都合が起きて魔力を感じ取れなかったのかも。


 考え方を変えられてしまう可能性があるので、今後は気をつけないと。


 それから、マリアを名乗るシステムプログラムも気になる。彼女は一体、何だったのか。俺の転生のことも知っていた。今まで誰にも話したことのない、俺の秘密を。


 そして、マリアという名前。ずっと昔、初めて魔法を使った世界で妹だったマリアのことなのか。彼女も、もしかしたら俺と同じように転生しているのかも。だけど、本人じゃなくてプログラムなのか。誰かの手によって生み出された存在。


 考えても、答えは出ない。転生の謎と同じく、いつまでも分からないままなのかもしれない。とりあえず記憶だけしておいて、この疑問は放置するしかないよな。




 新たな人生がスタートした俺は、赤ん坊の体で集中してみる。今度は、体の調子を確認しておこう。


「っ!?」


 体の奥底から、溢れ出る魔力を感じ取ることができた。しかも、尋常じゃない量の魔力に、自分のことながら驚いてしまった。


 今まで転生してきた中で、一番多いかもしれない。そう思える程に、膨大な量だ。


 今世では、何の問題もなく魔力を感じることが出来ていた。体が成長していけば、魔力を鍛えて、魔法を発動させることも出来るだろう。


 アイテムボックスも使えるようだ。念じてみると空間に接続する感覚を、ちゃんと感じることが出来た。そこから、物を取り出すことが可能だろう。この能力も正常に使えることが確認できた。


 前世から引き継いだ能力は、今回は問題なく使えそうだ。けれど、現代では魔法を使う機会なんてあるのかな。


 俺の記憶によれば、戦いなんてない平和な世界だったような気がする。俺の勘違いじゃなければ、魔法を使う機会はなさそう。


 とはいえ、俺が現代世界だと思っているだけで間違っているのかもしれないから。早めに、この世界についての情報を収集することが必要だと思った。




 ちなみに、前世で意識が無くなる寸前になって向こうの世界から機体のエンジンとコックピットに設置されたモニタや機体装甲に使われている金属を幾つか、アイテムボックスに収納してから新しい世界に持ってくることに成功していた。


 今後、これは何かに使えるかもしれないと思いつきで適当に持ってきてみたけど、どうかな。

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