第114話 戦いを終わらせるために

 アナトテック研究所が閉鎖された後、俺はフェンガリ基地という場所に配属されることになった。


 その基地は、かつて人類が住んでいた惑星から一番近くに存在している衛星の上に建てられていた。惑星から宇宙まで上がってくる機械敵兵と戦いを繰り返している、戦場の最前線である。


 この基地を突破されてしまうと、ここから後ろに住んでいる人たちに被害が及ぶ。なるべく敵を通り抜けさせないように監視を続けながら、倒し続けることが俺たちに課せられた任務だった。


 研究所で戦っていた頃のように、ここでも戦う日々は変わらず。一緒に戦う仲間は増えたけれど、敵の数も増えて出撃する機会は多くなった。少しの休みもない。


 研究所から基地へと送られてきた新たな戦力として働く俺たちは、敵を倒し続ける機体操縦の実力を認められて、こき使われることになった。フェンガリ基地のエースパイロットとして、俺は活躍している。




 それから、3年ほどの月日が経っていた。敵と戦い続けるだけで、他には何もないような日々。なので、語るような思い出などもない。あっという間に、時間が過ぎていくだけ。相変わらず、敵との戦いは終わらない。撃墜数は、数千を超えるほどに。





「フェリス、大丈夫?」

「うん。問題ない」


 俺は基地から出撃する前に、仲間であるフェリスの様子を確認した。彼女は返事をしたけれど元気がなかった。研究所で初めて出会った頃のように感情がなくなった、昔の彼女に戻ってしまったようだ。


 フェンガリ基地では、俺と彼女はパートナーを組んで一緒に戦っていた。だから、彼女がそうなってしまった原因も分かっている。疲労だろうな。


「ダメだ。フェリスは今回、休んで」

「でも……!」


 見るからにもう、限界そうだったから。一度、彼女をしっかり休ませようか。上に報告して、今回の出撃から外してもらう。


「疲れてるでしょう? ほら久しぶりに、私に甘えて」

「ッ! ……ごめんね。休む」


 謝りながら、フェリスが昔のように俺に抱きついてきた。それに応じて、しばらく彼女と触れ合う。




 出撃する時間が来てしまった。ゆっくりと彼女を体から離す。密着して感じていた人の温もりが消えてしまう。名残惜しそうな表情で、フェリスが俺を見てきた。


 心苦しかったが、俺は出撃しないと。


「じゃあ、行ってくるね」

「気をつけて。敵に、負けちゃダメだからね」


 フェリスに見送られて、コックピットに乗り込んだ。すぐさま機体を発進させる。基地の格納庫のゲートが開いて、外へ飛び出した。




 宇宙空間に出る。暗闇と惑星の光が混ざり合う、この美しい光景にも見慣れたな。ここが、今の自分が生きている場所。よし、今日もやるか。


 機体の消耗に注意しながら敵を倒す。アナトテック研究所で習得した技術は、今も大活躍だった。


 スティック型の操縦桿と、フットレバーを踏み込んで機体を操縦する。その間に、敵が集結している。敵も学習しているようだ。俺の戦闘情報が共有されているのか。動きを予想して、対応してくるようになった。だが、関係ない。特に今日は、気合が入っている。フェリスが休んでいる分、俺が戦場で頑張って活躍してやろう。




 数時間、敵を倒し続けた。今日は戦場に出てくる敵の数が少なかったかな。でも、これから一気に投入してくる可能性も。油断しないように、待機しておくか。




 この宇宙空間から惑星の表面である、地上がちょっとだけ見える。機体のカメラを向けて、画面を見てみる。するとそこに、ウジャウジャと星を埋め尽くすほどの敵が存在しているのが分かった。


 まだ、アレだけの敵が星に残っている。あれを全部倒したとしても、今もなお敵は増産されているようだし。倒しても倒しても、きりがない。


「あんな数の敵を、どうやって倒せば……」


 流石に絶望しそうになる。アレだけの物量がまだ残っているのなら、人類が勝てるビジョンが見えない。今は何とか耐えているけれど、いつか人類は……。



 俺の漏らした言葉に、誰かが反応した。


『リヒト。人類が勝てる方法、1つだけあるよ』

「おまえは……」


 突然、聞こえてきた声。あの時の声だと、すぐにわかった。3年前に聞いた、正体不明の声がまた、コクピットの中に聞こえてきた。でも、なぜ急に。


 彼女は、俺に問いかけてくる。


『勝つ方法、知りたい?』

「あぁ、知りたい。どうやったら、人類は勝てる?」


 こちらの様子もお構いなしに、声の主は敵に勝つ方法について知りたいかと聞いてきた。他にも色々と聞きたいことがあったが、とりあえず会話を続けるために彼女の質問に答えた。人類が勝つ方法、もちろん知りたいと。


 彼女は、なにか知っている様子。一体、どんな答えが返ってくるのか期待しながら聞いた。


『私を敵の中枢に連れて行ってくれたら、アイツらの内部からシステムを破壊する。そうすれば、全ての機械は機能を停止するんだ。敵は、動かなくなるよ』

「どういうことだ?」


 私とは、この機体のことなのか。そして、敵を内部から攻撃する? 敵が停止するなんて。それな戦いは終わり、人類は勝利する。そんなことが出来るのか。


『私は、プログラム。人類の味方をしたい。リヒトのために働きたい。協力させて』


 この声の主はプログラムだと、自らの正体を明かした。人工知能だという。


 彼女は、人類に協力しようとしているシステムで、敵を倒す手伝いをしてくれるという。それは、本当だろうか。人類を混乱させるための罠じゃないだろうか。


 でも敵だとしたら、不可解なことは多い。俺の助けになるような情報をくれたり、俺の正体を知っていたり。俺の目の前にだけ現れたり。信じても、大丈夫なのか。


 俺の直感が告げている。彼女は、信じても大丈夫だと。だから、全力で信じてみることにした。


『私が敵のシステムに入り込むためには、ここに行く必要がある』

「これは!? こんな場所まで行かないとダメなのか」


 コックピットの画面に地図のデータが表示された。惑星の、とある場所だ。彼女の計画を実行するためには、俺が地上へ降りていく必要があるらしい。それは、非常に危険な行為。


 敵のど真ん中、敵の機体がウジャウジャと存在している場所へ。ここへ辿り着けるパイロットは俺ぐらいだろうな。他の人を連れて行っても、足手まといになるだけ。1人で行く必要がある。


 この機体は、惑星に降下する機能が搭載されている。降りることは可能。だけど、ここまで行けたとして宇宙へ戻ってくるのは無理そうだ。


 彼女を敵の中枢へ到達させることに成功したとしても、そこから生きて帰ってくることは不可能みたい。彼女の作戦が成功したら、生き残ることは出来るのかな。


『私が敵の内部システムにアクセスするためには、ここまで近づく必要がある』

「なるほど」


 俺は考えた。どうするのか。そして、すぐに結論を出す。行こう。


「わかった。お前を、ここまで連れて行ってやる。この世界の戦いを終わらせよう」

『ありがとう』


 プログラムがお礼を言った。彼女の正体も分かっていないけど、全て信じることにしたから。唐突に訪れた、戦いを終わらせる可能性。この戦いを終わらせるために、望みをかける。




 俺は一度、基地へと帰還。プログラムだと名乗った彼女のことに関して、基地には報告せずに黙っておこう。


 まずは機体のエネルギーを補給して、単身、地上へ降りるための準備を進める。

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