第107話 シミュレーター訓練

「初めまして、マキナさん。本日は、よろしくおねがいします」


 今日は、初めてシミュレーターで訓練を行う日だった。人型二足歩行のロボットを動かしてみて、敵と戦う模擬戦をする。操作方法については座学で習ったが、それで戦えるのかどうか。やってみないと分からないな。今までの戦い方とは違った感覚が必要そうだ。


 今日の訓練にもフェリスがついて来ようとしていたが、流石に訓練の邪魔になってしまうので、彼女には我慢してもらった。後で、ちゃんと埋め合わせしないと。


「お喋りはいいから、早く乗れ」

「分かりました」


 ぴしゃりとそう言われて、俺は素直に返事をした。


 整備士のマキナという人物に挨拶する。彼は、アナトテック研究所で人型二足歩行ロボットの整備をするチームのリーダーを務めている人物。かなりの高齢者だった。


 話によれば、人類がまだ地上で戦っていたという頃、50年くらい前から整備士として働いていたらしい。戦場が宇宙に変わってからも、整備士として各地に赴き働き続けてきたというエキスパート。


 そんな人物がシミュレーター機の管理を務めている。気合を入れて挑まないと。


 整備士マキナは、すぐ訓練に取り掛かるように指示を出してきた。指示に従って、シミュレーター機に乗り込む。




 コックピットの中はそこそこの広さ。前面と左右にスクリーンが設置されている。多種多様のデジタル計器類は、数が多くて全てを理解するのは無理だろうと思った。だが実際は、それらを自然と理解できた。考える前に、体が動いている。ここが俺の居場所、という感じだ。


 座席に腰を据える。左右にあったスティック型の操縦桿を軽く握ると、前面にあるスクリーンに視線を向けた。初めて乗るのというのに、しっくりきた。


 そこに座っているだけで落ち着いてきて、妙に精神が澄んでいった。


「HSI、チェック。VDI、チェック。TID、チェック。……」


 声に出して、座学で教えられた通りの手順で各項目についてをチェックしていく。初めてやってみたが、スムーズに出来ていると思う。


『準備はできたか?』

「はい」


 コックピット内にマキナの声が聞こえてきた。スピーカーから流れてくる声に俺は返事をする。


『なら、さっさと起動しろ』

「オールチェック完了、オールグリーン。システム起動、コンタクト」


 シミュレーターを無事に起動させることに成功。コックピットがわずかに揺れる。それと同時に、前面と左右の3つの画面に映像が出てきた。草木の見えない、広々とした平原。地上の映像だった。


「テスト手順1を開始します」


 手順1は機体動作のチェック。前進、後退、左右の旋回、歩行して移動してみる。ゆっくりと、一つ一つの動作を確認をしていく。思ったよりも操作は簡単で、機体を直感的に動かすことが出来た。これが、人型二足歩行のロボットの操作か。


 どうやら、今まで蓄積した膨大な実戦データがまとめられて作られたOSが操作の補助をしてくれているらしい。それで、単純な操作で思うように動いてくれるのか。それも、座学で習った知識。


 シミュレーターでの操作を習得すれば、実際の機体もほぼ問題なく乗れるそうだ。ここで練習して、腕を磨いてから戦いに出る。


 各部のジェット噴射装置で、高速移動をしてみる。そのまま止まらずに銃を構えて撃ったり、サーベルを振って斬る練習を続けた。初めての動きにしては、なかなかのものだと思う。


 ピーッと、コクピット内に音が鳴った。予定の時間になったので知らせてくれた。それじゃあ、次のスケジュールに移る。




「テスト手順2を開始します」


 機体の動作確認をした後、次は真っ暗な宇宙の映像に変わった。場所が変わると、機体の動きも全然違う。だけどすぐに慣れてきて、宇宙での操縦も問題なくなった。数分間で、手足のように機体を動かせるまでになっていた。


 地上と同じように前進と後退、左右の旋回。地上とは違って、ジェット噴射装置を駆使して機体を動かさないと、思うように移動できない。


 また夢中になって機体を動かし続けた。


 再びピーッと、コックピット内に音が鳴った。早いな。もう次の時間か。そう思いながら、次のスケジュールに移っていく。





「テスト手順3を開始します」


 手順3は宇宙での戦闘訓練。操縦の訓練が終わって、やっと戦いに入る。さっそく画面に敵の姿が映った。全身が灰色で人型の機体。あれが、この世界でこれから俺が倒すべき敵なのか。


 自分が乗っている機体に搭載されている武器を確認する。どうやって目の前の敵を倒そうか考えてから、行動に移した。


 攻撃するために真っ黒な宇宙空間をジョットを噴射させて、一気に接近していく。すると、先に敵が攻撃してきた。


 画面に映っているのは、過去に誰かが戦って得た戦闘データを元にして作られた敵モデル。現実でも、同じような敵と戦うことになる。


 まだ距離が離れているので、敵の遠距離攻撃を余裕を持って避ける。だけど。


「ッ! 遅いなぁ」


 自分の乗っている機体に対しての文句だった。反応速度が思ったよりも遅い。実戦だと、このズレは致命的になるかもしれない。


 こちらも攻撃を仕掛ける。狙いを定めて銃のトリガーを引いた。敵に当たらない。次は、敵の避ける動きを予想して偏差で弾を撃った。これは当たった。あっけなく、敵は爆散する。こんなものか。


 次の敵が現れた。今度は5体に数が増えている。この世界の戦場でも同じように、人間の数よりも敵の数の方が多いらしい。多数の敵と戦うのにも慣れておかないと、戦場で生き残れない。


 目視だけに頼ると距離感を狂わされるな。計器を常に確認しながら、機体の性能を発揮していく。


 俺の機体を囲むように動く敵に向かって、仕掛けていく。一箇所を突破し、包囲をさせない。近接戦闘も駆使する。


「このッ! ……駄目だ。遅すぎるぞ」


 機体の反応が遅すぎて、イライラしてくる。まるで重荷を背負ったまま戦わされているような、重さで体が動かない感覚。ダメだ、落ち着かないと。


 今までの人生では生身で戦ってきた俺は、ロボットという操作してからじゃないと動いてくれない兵器、新しい戦い方に慣れることが必要だった。


「後ろかっ!?」


 生身ならば感じることが出来るだろう敵の視線や敵意なども、計器類に表示される数値でなんとか察知する。反応のズレを考慮して、機体を動かしトリガーを引いた。敵を撃破する。


 慣れていけば、これでも問題なく敵と戦えるだろう。


 2体、3体と次々に敵を撃破していった。数が多くても、一体ずつ対処していけば脅威ではない。機体にダメージは、なし。まだ戦い続けることが出来る。


「次は、どこだ?」


 操縦桿のスティックで操作して、機体を旋回。宇宙空間の真っ暗闇から灰色の敵を探す。計器の情報から、敵の位置を把握。


 見つけた。あそこだな。


 機体の光が見えた。すぐに機体をそちらに向けて仕掛ける。敵に銃を向けてから、トリガーを引く。弾を防がれても、サーベルを抜いて近接で仕留める。一撃。爆発に巻き込まれる前に離脱。次。




『……ッ、……イラ、……おい、レイラ!』

「はい!?」


 スピーカーから聞こえてきた男性の大声。自分の名前を呼ぶ声に、背筋を伸ばして返事をした。


『訓練は、もう終わっている。早く、コクピットから降りろ!』

「はい、分かりました」


 気が付けば予定時間を数十分もオーバーしていた。途中で終わりを知らせてくれる音も無視して戦闘訓練を続けていたらしい。そんなに集中していたのかと、自分でも驚いている。


 俺は、マキナの指示に従って慌ててシミュレーター機から降りた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る