第106話 甘えん坊の時期

 俺は子供たちの世話をする。ここに居る子たちは、アナトテック研究所で生まれた俺とは違って、他所から集められてきた身寄りのない者たちだそう。


 食べ物と住む場所、生きていくための環境を与える代わりに、実験に利用しているという。敵を倒すために、様々な研究と実験が行われている。その被験者として。


 それが正しい事なのかどうか、善し悪しについての判断は置いておく。とりあえず彼らが人らしく生きられるように、俺が世話する。それが自分の役目だと感じていたから。




「フェリス、離してくれない?」

「んーん」


 俺の腰に腕を回して、ギュッと抱きついてくるフェリス。離れてくれとお願いするが、密着したまま離してくれない。俺のお腹に顔をうずめて、グリグリしてくる。


「わかった。もうしばらく、そのままね」

「うん」


 頭を押し付けたまま、頷いた彼女。仕方がないので、そのまま。彼女の頭を優しく撫でながら、俺は目の前に居る他の子たちに話しかけた。


「このお姉さんは、甘えん坊だから。このままね」

「僕は良いよ!」

「私も!」


 フェリスよりも遥かに年下の子たちは、元気よく返事をした。とても良い子たち。


「偉いね」


 他の子たちが、俺に抱きつこうとするとフェリスが嫌がってしまう。独占しようとしているのかな。他の子たちも、ふれあいたい気持ちがあるようだが我慢していた。その子たちは、後でケアしてあげないと。


「今度は、何を教えてくれるの?」

「早く遊びたい! 教えて」

「ねぇねぇ、レイラお姉ちゃん!」


 こんな見た目だから、子どもたちからはお姉ちゃんと呼ばれるようになっていた。本当は、お兄さんなのだが仕方ない。その呼び方を受け入れて、彼らと接する。


「それじゃあ、今度はねぇ」


 フェリスに抱きつかれたまま、他の子たちを世話した。色々なお話をしてみたり、簡単な遊びを教えたりして楽しい時間を過ごす。




 子どもの世話をしている最中はもちろん、布団の中や風呂、トイレまで一緒についてこようとするフェリス。俺の今の見た目は女だけど、一部分が男だから。流石に、そこまでは一緒に入れない。


 それでより一層、フェリスは寂しがってしまう。仕方なく俺の体について、彼女に説明した。だけど、理解してくれているのか不安になるほど、彼女は変わらずいつもくっついてくる。


 もしも今の俺が完全な男だったなら、こんなにも長時間を一緒に過ごして体を密着させることは無理だっただろう。今の状態でも、セクハラになってしまうかも。でもフェリスは、離してくれない。


 男としての意識が強いから、体が女だったとしてもセクハラになってしまうのか。いや俺は、彼女に対して性的な興奮を覚えていないからギリギリセーフなはず。


 フェリスの体は18歳で大人だが、精神がまだ幼い子どもでしかない。そんな彼女に、性欲を感じるような事はない。長年の経験があるからこそ。


 フェリスを思う存分、甘やかせる。その方が、すぐに自立してくれるはずだから。これも、今までの経験から得た知識である。


 まずは彼女から。他の子たちにも注意を向けつつ、世話をし続けて人間らしい心を取り戻させる。それぞれ順番に、焦らずゆっくりと。




 研究員たちが最近の子どもたちの変化について驚いていた。実験の記録も良い方へと、劇的に伸びているようだ。


 今までは、「はい」か「いいえ」でしかコミュニケーションが取れなかった子が、少しずつ会話が通じるようになって実験をスムーズに進められるようになった。


 これまで何もわからないまま、言われた通りに動くだけだった子どもたち。それが意見や感想が出るようになって、研究が進展するように。


 やっぱり、実験や試験に協力的になるような環境を作るべきだよ。それがお互いのためにもなる。本当はもっと、急いで改善していきたい部分も有る。だけど、1人で何十人も面倒を見るのには限度があるから。無理をしすぎないように、少しずつ変化させていこう。




 研究員であるソフィアのラボ。そこで俺はソフィアと、子どもたちの世話について話していた。


「その子、いつも貴女に抱きついてるわね」

「そうだね」

「……」


 実は、フェリスもいる。指摘されたフェリスは、いつものように俺に抱きつきながら、目の前に座るラボの主であるソフィアにジッと視線を向けている。まるで、俺を取られないように警戒して、自分のものだとアピールしているようだ。


「まだまだ、思い切って甘えることが必要な時期だからね。たっぷり甘やかしたら、すぐに彼女も自立するよ」

「私は逆だと思ってたわ。子どもは、甘やかしちゃ駄目だって」


 ソフィアが、子どもとの接し方についての持論を語る。


「子どもって、本来はみんな自立したがるんだ。自立するために、甘えとわがままを繰り返すんだよね。その時の甘えを受け入れてあげれば、自信を持てるようになる。そして、それが自立を促す力になる」

「へぇ、そうなのね」


 子どもの自立について、俺の知識を彼女に説明する。子によって違う場合もある。そこが難しいんだけど。


 俺の話を聞きながらソフィアが興味深そうに、今も俺に抱きついているフェリスを見返した。


「ところでレイラは、そんな知識をどこで覚えたのかしら?」

「……さて、どこだろう?」


 前世の記憶がある、という話は彼女にしてこなかった。だから、どこで学んだ知識なのか説明できない。今後も多分、転生について明かしたりはしないと思う。なので知らないフリをする。


「まぁでも、貴女が子どもたちを世話してくれるようになってから実験もスムーズに進められているし。本当に良かったわ。これからも、よろしくね」

「俺の他にも、ちゃんと子どもの世話をできるような大人を寄越してほしいけどね」


 1人では限界がある。時間が足りない。それで、お願いしているんだが。


「一応、何度か要請は出しているんだけど却下されてるわ。子守なんてのが研究所に必要あるのか疑問に思われていて、こっちの状況を理解されてないみたい」

「なら、しばらくは俺が世話を続けるしかないか」


 子どもたちの現状を見過ごせなくて、世話を始めたのは俺だから。途中で放棄するわけにもいかず、引き続き彼らの面倒を見ることに。


「んー!」


 そして、この娘も。抱きつき甘えてくるフェリスを、そのまま彼女の好きなようにさせる。もうちょっとすれば、自立して俺の体から離れてくれるようになるだろう。

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