第105話 俺以外の実験対象者たち

 俺が生み出されたアナトテック研究所には、俺以外にも実験の対象者である人間が居たらしい。俺が今まで気が付かなかったのは、実験のために研究員以外の人物との接触を禁止されていたから、らしい。自分だけ、違う区画に隔離されていたようだ。


 しかし、今日から一緒に過ごす許可が出たという。ソフィアが伝えに来た。そしてこれから、彼らが普段過ごしている場所へと案内してくれるそう。


 どんな人物がいるのか、興味を持って彼らに会いに行く。研究所で実験を受ける、同じ仲間たちに。




 その部屋の中で数十人の実験対象者たちが静かに過ごしていた。5歳ぐらいの子供から、20歳になるような若者たち。男女どちらも居るようだけれども、女性の方が数が多いみたいだ。それから、子供の数が多いかな。


 部屋の中で異常と思えるぐらい従順で、おとなしくしている子供たちが多かった。あれによく似た様子の子供を、俺は前世の孤児院で見た覚えがある。


 虐待を受けて孤児院に来た子や、両親に捨てられて引き取られた子、劣悪な環境で生活していた子供たちと症状がよく似ている。鬱々とした雰囲気だ。孤児院に入って変わるまで、多くの子たちの最初期が、あんな感じだ。




「ソフィア。この子たちは、誰が世話をしているんですか?」

「いや、その、研究員で手が空いた者たちが世話をしている、はずだけど……」


 部屋にいる子供たちの様子を見て俺は、ソフィアに視線を向けると詰問していた。無意識のうちに口調が固くなって視線もキツくなっていると思う。急に変化した俺の態度に、ソフィアがオドオドして答えた。


 この感情は駄目だ。一旦、落ち着こう。


「ふぅ……。ソフィアは、この子達の世話を?」

「えっと。私はその、会話ができない子供の世話は苦手で、ちょっと……」


 俺の問いかけに、困った表情で答えるソフィア。唯一、頼りになりそうだと思ったソフィアも駄目だったか。俺に対しては、甲斐甲斐しく世話をしてくれていたのに。




 ここは研究所であり、託児所や孤児院ではない。子供の世話を出来るような大人が居ないらしい。それは非常に悲しくて、危ないことだと思った。


 実験に夢中になっている大人たちの様子を知っている。俺の目の前で、遠慮もなく評価したりダメ出しをしたり、配慮に欠けた視線を向けてくる。彼らの興味は実験の結果だけだったから。


 実験対象者であるとはいえ、もう少し子供たちにも配慮してほしいと思う。特に、こんな状態のまま放置しないでほしい。


 研究員たちは、子供たちを虐待するつもりで雑に扱っている訳ではないのだろう。彼らに、そんな自覚はないみたい。意見を言えば、改善する気はあるようだし。ただ単に、優先順位が低いだけなのかも。ここの連中は、実験が第一優先事項なんだな。


 この現状を放置することは出来ない。なら、知識のある俺が代わりに子どもたちの世話をしよう。




「こんにちは」

「……?」


 目に留まった1人の女性に近付いて、挨拶をしてみた。その子は、無表情のままで澄んだ眼差しを向けてくる。俺と同じぐらいな年頃のようだが、返事はなく俺の顔を見返してくるだけだった。


「私の名前は、レイラ。貴方の名前は?」

「……B832」


 彼女に名前を聞いてみたけれど、名前とは思えない言葉が返ってきた。実験の時に呼ばれている番号だろうか。


 後ろに立っているソフィアの方に振り向き、どうなのか目線で問いかける。この子には、ちゃんした名前はないのか。俺の時は、ちゃんとレイラという名前が用意されていたのに。


「その子は、フェリス」


 代わりにソフィアが、俺の目の前にいる女の子の名前を教えてくれた。彼女にも、ちゃんとした名前があったようで安心。再び、フェリスに視線を合わせて会話する。


「フェリス、年はいくつ?」

「……えっと」


 質問するが、考え込んでしまう。返答に困っているフェリスに助け船を出す。


「18歳?」

「たぶん、そう」


 見た目から、俺と同じぐらいの年齢だろうと思った。フェリスは首を小さく、縦に振って肯定する。それが正しい年齢なのかどうか、フェリス本人も自信がない様子。


「それじゃあ、俺と一緒だね」

「いっしょ?」


 会話を続けていく。根気よく話しかけて少しずつ会話に慣らしていく。それから、怖がらせないようにゆっくりとボディタッチしてみた。優しく触れることで、不安やストレスを軽減して、安心感や信頼度を高める効果がある。


 本当は同性じゃないと警戒されて効果が薄かったり、逆効果になったりする場合もあるんだけど。今の俺は一部分だけ男で、顔の見た目は女性のようにしか見えないと思う。胸もあるので、おそらく初見で俺が男でもあると見抜く人は少ないだろう。


 俺がフェリスの手に触れた瞬間、彼女の体がビクッと震えた。誰かと触れ合うのに慣れていないのだろう。ゆっくり優しく、彼女の手を撫でて触れ合うと落ち着いたようだ。その最中に、会話も続ける。


「私は最近、研究所に来たんだ」

「そうなんだ」

「うん。私も18歳なんだよ。一緒で嬉しいねぇ」

「そう」


 彼女の手が、微妙に反応している。無表情のままだが、感情は働いているようだ。このまま続ければ、彼女もすぐに年相応の心を取り戻すはず。


 周りに居る子どもたちも、俺たち2人が会話しているのを興味を持ったみたいだ。遠く離れた場所から見てくる。彼らも巻き込んで、一緒に会話を楽しもう。


「そこにいる子たちも、こっちへおいで。一緒に遊ぼう」


 恐る恐る集まってきた子供たちに、手遊びを教える。


 前世の孤児院でも、しょっちゅうやっていた遊び。ゆっくりとしたスピードで歌うシンプルなリズムに乗せて、手や表情を動かして楽しむだけの遊び。それだけでも、子どもたちに笑顔が広がっていく。彼らを楽しませて、心を育んでいく。


 俺が過ごす毎日のスケジュールには、実験とトレーニングばかり。それに加えて、子どもたちの世話が新しい日課として追加されることになった。


 もしかしたら、余計なことをしているのかもしれない。それが、研究所の方針なのかもしれない。研究員たちは、わざと放置していたのかも。そうする理由は、俺には分からないけど。でも、彼らの現状を見過ごすことは出来なかった。


 もっと人間らしく、生きてほしい。そう思って新しい世界でも俺は、子どもたちの世話をするようになっていった。

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