第108話 初めての実機訓練
シミュレーター訓練を何度か繰り返して結果が出ると、もう宇宙に出ても大丈夫だという判断が下された。
「とにかく慌てるな。問題が起きたら、こちらで対処する。パニックを起こすなよ」
「はい」
機体の胴体部分にあるコクピットの中に座り込んだ俺に向かって、マキナがそんなアドバイスしてくれた。普段の振る舞いはぶっきらぼうで冷たい感じがあるけれど、こういう時に実は気を配ってくれたりするので、根は優しい人なんだろうと思う。
マキナがコクピットの前から離れた。ハッチを閉じて、機体をいつでも発進できる状況にして各機能をチェック。訓練した通りの手順で素早く各部を確認していった。問題は無いようだな。
『聞こえるか?』
確認を終えると、ちょうどスピーカーから声が聞こえてきた。俺にアドバイスしてくれた後、通信室に行ったマキナの声だ。彼の声の後ろがザワザワしている。何人か別の人の声も聞こえてきた。多くの人たちに見られているんだろう。
「はい、聞こえます」
パイロットスーツのヘルメットを頭に被ってから、マキナに返事をした。
『チェックは完了したか?』
「はい」
何の問題もなく、チェックは全て終了している。
『なら、出撃しろ』
「行きます」
マキナから手際よく、次の行動へ移るように指示を出される。俺は早速、ここから発進しようとエンジンの出力を上げた。
格納庫の扉が開いた。外は、もう空気がない状況である。俺はパイロットスーツを着込んでいるので、外に出ても大丈夫だが少し緊張する。何度か、宇宙に出る訓練は経験している。だけと、機体に乗った状態で宇宙に出るのは今回が初めて。
足元のペダルを押し込んで背面のブースターを起動した。体に伝わってくる僅かな振動を感じながら、滑るように進み始める機体を制御する。
機体が、徐々に前へと動いた。
スピードが上がってくる。研究所にある格納庫から飛び出していった。宇宙空間に出ると、ペダルを更に押し込んで一気に加速する。
凄い。シミュレーター訓練では感じなかった重力が、一気に俺の体へのしかかってきた。体がシートに押し付けられる感覚を覚える。苦しさは、ない。むしろ心地いいぐらいだ。
どんどん上がっていくスピード。計器に表示される数字は150、200、250と変化していく。まだまだ、出せるかな。
『……ぎるな、……ちつけ! スピー……げろ』
「音声が乱れています。聞こえません。もう一度言って下さい」
スピーカーから聞こえてくる音声が不明瞭だった。スピードを落とし、宇宙空間に機体を止めた。ここが宇宙なのか。
画面に映る真っ暗闇を眺めながら返事をして、向こうからの通信を待った。
『スピードを出しすぎだ! それでは、機体が保たない。それに、お前の体は大丈夫なのか? 異常は出てないか?』
「すみません。機体にダメージが少し、体は大丈夫です」
どうやら、スピードの出しすぎで一般人では耐えきれない重力が体に掛かっていたらしい。外部からモニタリングしている数値が異常だと伝えられた。向こうで訓練を観察している人たちも、俺の体を心配してくれたようだった。
体に不調はない。むしろ、心地よい重力を体に感じていたから。
機体を飛ばして進んできた方向に振り返ってみる。画面に、アナトテック研究所が建設された小惑星が見えていた。あんな場所に研究所があったのか。今までずっと、あの中で生活してきた。外観は知らなかったな。初めて見る外から見た建物の様子。
しかし、実際の機体に乗っても集中し過ぎてしまう。それで、外部からの声を聞き逃してしまうのもマズイ。機体の性能を超えてダメージを与えてしまうのは、もっとマズイ。気をつけないと。
『テストの継続は、可能か?』
「可能です。続けてください」
『……わかった。なら、続けろ』
再び、機体を前進させた。先程よりもスピードを抑え気味にして、少しずつ速度を上げていく。まだ、この程度のスピードなら問題ないみたい。
『今、訓練のターゲットを射出した。見えるか?』
「見えます」
今度は聞き逃さない。すぐに返事をすると、モニターに訓練用の的が表示された。研究所から射出された、白い風船のような物体。機体の動きを確認しながら、アレを撃って戦闘訓練を行う。
『ならば手順通りに、テストを開始しろ』
「はい。行きます」
シミュレーター訓練と同じように機体を動かしてみる。常に機体を動かしながら、銃を取り出して的を撃つ。最期まで敵をやりきる。作業を終えると、すぐさま離脱。撃った弾のリロード。そして次の的へ。
繰り返し動く。ターゲットを撃つ。動きながらリロード。次の的を狙い、撃つ。
『止まれ!』
「はい」
しばらく機体を動かしているとスピーカーの声で指示を受けた。急減速して機体を止める。
『本当に、体に問題はないのか?』
「はい、大丈夫です」
心配されるが、特に問題は感じていない。興奮しているわけでもないので、冷静な判断ができている状態だと思う。
『機体の状況は? 問題は起こっていないか』
「先ほど、スピードの出し過ぎで受けたダメージ以外には問題ありません」
スクリーンに映る計器類を確認してみるが、致命的な異常は出ていないようなので安心する。スピードを出しすぎて、軽微のダメージが出てしまったようだ。その後は壊さないように、気をつけて操縦した。そのおかげで、問題は出ていない。
報告を終えると、テストを再開する。
初めて人型ロボットに乗って、宇宙へ飛び出した。シミュレーションを繰り返して操作はバッチリと記憶していたから。問題もなく、機体を操ることが出来ていた。
機体を動かし、的を狙って撃つ。敵の攻撃に備えて、すぐに距離を取る。即離脱を念頭に置きつつ、攻撃を仕掛けていく。訓練とはいえ、本番の戦いを想定して機体を動かしていた。
ちょっとずつ、現実での機体の動かし方にも慣れてきたと思う。もう戦えるぐらいの状態に、なっているはず。
『予定のテスト手順が、全て終了した。そちらに異常はないか?』
「はい」
機体の操作に集中しているが、スピーカーから聞こえてくる声に反応できていた。何度も機体と体に異常が出ていないか、しつこいくらいに問いかけられる。
一応確認をしてみて、異常がないことを彼らに報告する。
シミュレーターの訓練中だと、たびたび聞き逃してしまう声。だが今日は大丈夫のようだった。最初以外は、マキナの声を聞いて返事できている。
けれども、これは訓練なので実戦の時に自分はどうなるのか。それはわからない。
『ならば、今日の訓練は終了だ。すぐに帰還しろ』
「了解しました」
物足りなくて、もっと宇宙を飛んでいたいと思った。だが、指示を無視することは出来ない。素直に研究所へ帰還する。
研究所に戻りながら、モニターに映る外の世界を眺めていた。これが宇宙なのか。吸い込まれていきそうだと感じる真っ暗な空間に、小さくきらめく白い光が見えた。あれが、人類が帰還したいと願っている星。
いつか、あの場所が戦場になって敵と戦うことになるのか。早く、敵を倒したい。戦いたい。敵は、絶対に許さない。そんな思いが、俺の頭の中を駆け巡っていた。
戦いのことを考えていると、体が熱くなっていた。機体に乗っているからなのか。冷静だと思っていたが、意外と興奮しているのかも。
ただ、俺ってこんなにも好戦的だっただろうか。そんな疑問が頭に思い浮かんだ。けれど研究所の格納庫に到着すると、そんな些細な考えはすでに消えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます