第98話 魔王との死闘

「ふっ」

「グルァッ!」


 一瞬で接近して、力任せに剣を振るう。獣の魔王は、俺の接近に気付くのが遅れたようだ。けれど、その瞬間に本能で防御態勢を取っていた。


 だが、そのまま振り抜く。


 ガキンと金属音が響いて、獣の巨体が浮き上がった。そのまま奴は、斜め上方向へ吹き飛んでいく。攻撃は防御されて、ダメージは与えられていない。だけど、目的は果たせたかな。まずは予定通り、魔物の群れから引き離すことに成功した。


 周りの魔物が寄ってくる前に、俺も地面を蹴って跳び上がる。遠くへ飛ばした獣の魔王の落下地点まで、奴を追って移動する。


 そこに残った魔物の群れの処理は、仲間達に任せておく。カテリーナたちが魔物の群れとの戦いを始めたのを背後で感じながら、俺は少し離れた場所で獣の魔王と対峙していた。


 さっさとコイツを倒して、溜め込んだ魔力の放出を止める。そして、後ろで戦っている仲間達と合流して、さっさと終わらせたい。


 しかし、デカイな。獣の魔王を目の前にすると、その体の大きさを実感した。


「お前、魔王?」

「グルルルゥゥゥ!」


 なんとなく、話しかけてみた。もちろん返事はない。唸り声を上げているだけだ。けれど、俺の言葉を理解しているような反応にも見える。


 過去の魔王がどんな姿だったのか、詳しい情報は残っていない。残っていたのは、過去の勇者が魔王との対話を試みたという話。けれど、それは失敗に終わったそうだ。そして、激闘の末に討ち滅ぼしたと言い伝えられている。


 過去の魔王も、獣の姿をしていたのだろうか。それとも、別の何か。そんなことを考えながら、敵の動きを警戒し続ける。


 目の前にいる獣の魔王は、過去に存在していた魔王が復活したわけではないのか。そもそも、目の前の敵は魔王じゃないのだろうか。各地に魔物が増加している原因らしいが。もしかすると、別の場所に魔王というのが存在しているのかも。


 分からないけど、体内に膨大な魔力を溜め込んだ危険な存在ということに変わりはない。目の前の存在について考えるのを終えて、戦いに集中する。


 敵は、すぐにでも飛びかかってきそうな姿勢になって俺を凝視する。視線を一切、外そうとしない。奴の視界内から逃げることは、非常に難しそうだった。


 ならば、受け切るのみだ。俺も剣を構えて攻撃のタイミングを伺った。向かい合う巨大な獣と、剣を構えたまま静止する俺。


「グルァ!」


 先に動き出したのは、向こう。その巨大な体に見合わぬ素早い動き。その予想外なスピードは、俺の目では追いきれないと咄嗟の判断を下す。


 肌に感じた殺気で、奴が攻撃してくる方向を予想して、剣を構えて防御した。


「ッ!」


 とても重い爪攻撃を受け止めて、すかさず反撃に出てみる。しかし、既に獣の体は消えていた。尋常じゃないスピード。こちらの攻撃を当てることが出来ずに、防御を続けるしかない。


「グルルルッ!」

「……くっ!」


 久しぶりに防戦一方な展開だ。なんとか奴の機動力を落とさねばならない。攻撃を当ててダメージを蓄積してから、徐々に動きを鈍らせていく必要があるかも。だから集中した。攻撃するタイミングは、……ココだ!


「ギュアァ!」


 ヒット! 剣の刃に魔力を込めた一撃で硬い防御も抜けたから、しっかりダメージを与えることに成功していた。隙を狙って攻撃をしてダメージを与える。これを繰り返していけば相手の機動力を落とせるはず。この敵は脅威ではない。


「グルァッ!」

「ッ!?」


 獣は後ろに跳んで、俺から距離を離した。逃げたわけじゃなさそうだ。体の内部に秘められた魔力を操作している。一瞬、やばいと思った。あの膨大な魔力を開放して何をするつもりなのか。


「なに?」


 それは、とても見覚えのある魔法の使い方だ。体内の魔力を体の外に放出してから魔法を発動させる方法だった。


 意識が、別の方向に逸れた瞬間に奴の魔法が発動した。


「くっそ!」


 この世界で初めて、自分以外で使っているのを目にした魔法の使い方。

 

 獣が無詠唱で火の魔法を発動する。体の外に放出した魔力の量は桁外れ。かつて、俺が別の世界で他国の敵軍を命懸けで倒そうとした時と同等ぐらいの威力がありそうだった。


 この獣は、なぜ別世界の魔法を使えるんだ。無詠唱で魔法を使いこなしているし。これは、目の前の獣が自力で発見して身につけた魔法の使い方なのか。


 気になることが、いくつもある。だがしかし、今は考えている暇などない。


 対抗して俺も無詠唱で水の魔法を発動する。火の魔法ごと、全てを飲み込むような魔法を放つ。


 その魔法を止めなければ、この土地周辺を焼き尽くすほどの威力があった。離れた場所で戦っている仲間達にも、大きな被害が出るかもしれない。それだけは、絶対に避けたい。


「グルルルァ!」

「っ! くっ!」


 何十年、もしかしたら何百年に達するぐらい研鑽してきた魔法の腕前で、なんとか獣の放った火の魔法を押し返すことに成功した。


 強力な威力のある魔法を使ったことで、獣の魔王は疲弊している。魔法を撃ち返したのは成功だった。俺も疲れてキツイが、ここが踏ん張りどころ。


 魔法対決を終えて、すぐ接近戦へと戦いを戻す。魔力を剣に込めて敵を狙って振り斬る。獣は避けられず腹に一撃を食らって大ダメージを受けた。


「ッ!?」

「よしッ……!」


 傷口からダクダクと血を流していた。時間が経てば体力も消耗していくはず。だが油断は禁物だ。傷を負っていても獣の目の鋭さは衰えていない。


 それでもダメージを負って動きが鈍っているという獣が相手なら、冷静に対処してダメージを与え続ける。反撃にも注意して避けて、そして攻撃。


 すると急に手応えが無くなった。剣がスカッと、獣の体をすり抜けた。なんだ! 敵の新しい攻撃パターンに、焦りが募っていく。


 今まで見たことのない技に、動揺してしまう。


 きっと勝てるだろうと、慢心していた。いくつもの人生を送り、長い時間を経て、数え切れないほどの経験を積んできた。それがあれば、誰にも負けない。そんな自信を持っていた。


 でも、それは間違いだったようだ。俺は、まだまだ未熟者。この敵には、勝てないかもしれない。そう思ってしまった。


 獣の体が霧のようになっていた。剣を振っても、空気を裂くだけだ。攻撃は当たらない。徐々に獣の体が薄くなって、存在感が無くなって目の前から消えていく。


 どうやって、戦えば。


「り……、ぃ、……と……」

「え?」


 目の前から完全に消えた瞬間、獣が発した言葉を聞いた気がした。聞き間違えじゃないと思う。確かに、聞こえた。俺の名前である、リヒト、と。


 警戒を続ける。何か攻撃を仕掛けてくるのか。だけど、気配はない。もう獣の体は消えて、目の前から居なくなった。どこへ行った……。


 危機は去ったのか。実感が湧かなかった。警戒して周りを見渡してみるが何も見つからない。どこかに瞬間移動したのかもしれない。時間を稼いで、傷を癒やしているのかも。


「師匠! 大丈夫ですか?」

「大丈夫。そっちは?」


 ジョナスが駆け寄ってきた。敵の攻撃を警戒しながら、聞いた。彼らに任せていた魔物の群れは、どうしたのだろうか。あれほどの大軍を、まだ全ては倒しきれないと思うのだが。


「急に魔物の姿が、霧が晴れるように跡形もなく消えて見当たらなくなったんです」

「こっちも」


 そうか。そっちも、獣の魔王と同じような現象が起きていたのか。魔王の獣も風に吹かれて消えていた。これは、奴を倒せたということなのかな。俺は片膝をついて、ようやく周りへの警戒を解いた。


 想像以上の消耗だった。あのまま戦っていたら、俺は、負けていたかもしれない。


「ふぅ」


 運良く攻撃を避け続けることが出来たが、一発でも当たっていたら危なかったかもしれない。強力な魔法も使ってくるし、予想外な攻撃で精神的にも消耗していた。


 けれど、なんとか勝ったのか。俺は息を整えて休憩した。


 気になることが、いくつもあった。あの獣は、どういう存在なのか。魔王なのか、それとも別の何かなのか。魔法の使い方に、消える間際の言葉も。疑問だらけだ。


 しかし、その疑問を解決する方法は思い浮かばない。それよりも今は、仲間のことが心配だ。ちゃんと戦いが終わっているのか確認しないと。


「師匠。俺たちは、勝ったのですか?」

「……わからない」


 俺の様子を見たジョナスが、どうなったのか聞いてくる。俺にも分からなかった。敵は目の前から消えてしまったから、倒したという実感がなくて、不安が残る結果。




 戦いが終わった後。念の為にも仲間のみんなで、魔王の居た周りを調査してみた。だが、獣の魔王の死体を発見することは出来なかった。それと同時に、魔物の群れも消えていた。今は、とても静かな森になっている。


 まるで魔王や魔物の群れなんて最初から居なかったかのように、何にも無くなった静かな森に変わっていた。


 どうやら、獣の魔王が消えた瞬間と同時に魔物の群れも居なくなったようだ。この戦場だけでなく、王国のあちこちに増えていた魔物も同時期に消えたらしい。


 こうして、多くの疑問を残しながら魔王と思われる存在との戦いは終わった。

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