第97話 勇者のお仕事

 戦う準備を整えて、再び王都を旅立った。次に俺たちが向かうのは、ルベルバック王国の北西。遠い昔に、魔王が倒されたと言い伝えられている場所が目的地だった。


 そこで4組の勇者パーティーが消息を絶ち、ジョナスも危険を感じて引き返した。さて、何が出てくるのやら。


 旅の仲間は、カテリーナとジョナス、そしてジョナスの仲間たち3人。合計6人で行く。俺の仲間も戻ってきそうだったのに、特訓に耐えきれずに、逃げてしまった。なので残念ながら、メンバーの増員はなし。




 人があまり住んでいない地域、誰も通らないような道だから整備もされていない。目的地に向かうだけでも、かなり大変な旅である。


 それに、北西へ進んでいくにつれて遭遇する魔物の数も増えていった。行く先々で出会ったら倒して前に進むのだが、いちいち足止めされてしまう。数体ぐらいならば見逃せるが、数百体となると見逃せない。放置してしまうと、人が住んでいる地域に押し寄せて被害が出るかもしれないから。


「以前、僕たちが4人だけで調査に向かった時と比べたら、だいぶ楽ですよ」


 ジョナスは王国から指名を受けて一度だけ、目的地の調査に行ったことがあった。その時は、勇者メンバー4人だけで向かったらしいのだが、到着するまで大変だったという。


 魔物に遭遇したら戦いになり、足止めされて連戦が続いて、夜は真っ暗闇の中で、周りを警戒しながら交代で休んで、精神的にも肉体的にも凄く疲れたという。


 それほどの苦労をして、目的地まで到着したらしい。


「その時に比べたら、今は師匠も居てカテリーナさんも居て、すごく楽です」


 ジョナスの仲間たちも、激しく頷いて彼の言葉に同意していた。なるほど。かなり大変だったようだ。




 俺たち6人は協力して、なんとか目的地に到着していた。


 魔物の群れに見つからないように少し離れた場所にある小高い丘の上、息を潜めながら見下ろして、敵の偵察を続ける。


 遠く離れた場所からでも見える、ものすごい数の魔物の大軍。その中心には、奴が居るのを発見した。


 魔力を目の部分に集中させて視力を上げると、遠距離からでもバッチリと確認することが出来た。


 俺の予想していた魔王像とは違い、四足で歩く獣のような姿をしている。おそらくアレが、魔王と呼ばれている存在なのかもしれない。あの群れの中で、一番の異彩を放ている桁違いの存在。


「あそこか」


 ジョナスも発見したようだ。奴の居る場所に視線を向けて、警戒している。


「師匠、見えますか?」

「うん」


 これだけ距離が離れていると、他の仲間たちには見えないか。俺とジョナスの見た情報を仲間達にも伝えていく。魔物たちに周りを囲まれ、その中心にいる。


 その魔王は、体の内部に大量の魔力を秘めていた。アレが、ジョナスが引き返そうと判断した理由なのだろう。あの膨大な量の魔力量は、確かに危険だ。彼の判断は、正しかった。退いて正解だろう。


「アレをなんとか出来るのでしょうか? 師匠」

「うーん」


 ジョナスは奴から視線を外さず、聞いてきた。どうやって戦うか。どうにかして、危険を冒さず倒せないかと考えている。俺も一緒に考えてみるけど、良いアイデアは思いつかない。


「僕は今も、アレが危険だと強く感じています。いや、以前よりもずっと危ないかもしれない。前よりも、感じる魔力が強くなっているような気がします」


 額から汗を流して、素直な感想を述べるジョナス。そして、気になる情報も教えてくれた。時間が経って、どんどん強くなっているのだとしたら、やはり放置するのも危険すぎる。


「私も、彼と同じように恐怖を感じます。これ以上、近づくのも危ないと思います」


 同じように、額から汗を流して語るのはカテリーナ。彼女も、今の状況は危険だと感じているようだ。


「そんなに危なそうなのか」

「魔物の大群は、ヤバそうだが」

「ジョナス様のような実力者でも、そんなに警戒するほどなのですね」


 他の3人は、まだ何も感じていないみたい。魔物の大群は脅威だが、それだけだ。けれど、ジョナスの尋常じゃない様子を見て、危険であることは理解していた。


「師匠、どうしましょうか。我々の今回の任務も、偵察することです。一旦、王都にこの情報を持ち帰って対策を練る必要があるのでは」


 今回も、王国からは偵察するように命じられているようだ。奴を倒す必要はない。目的を達成して情報を得たので、一旦帰還してから対策を練ってアレの対処をする。


 万全を期してから、魔王を倒す。それが最善だろうと俺も思う。だがしかし。


「時間、ない」


 かもしれない。あくまで俺の予想だが、あの膨大な魔力を何かに使おうと準備している。そのまま放置していると、大変なことになるかもしれない。


 ジョナスの感じた魔力の量が以前よりも増しているということだが、順調に準備が進んでいるということなのか。


「アレ、何かやる」

「そんな!? ならば、何か起こす前に対処しないと」

「王都に戻っている暇は、無いのか」


 カテリーナは慌てて、ジョナスは顎に手を当て考え込んだ。現状を見てしまった今、アレを放置することは出来ない。下手すると、王国全土を巻き込みそうなほどの魔力を溜め込んでいるから。


 それに今は、この場に留まっているけれども、奴がいつ動き出すのか分からない。姿を見失えば、最悪だ。ここを移動して、人が住んでいる地域に行くかも。そうなる前に、早いうちに対処しておかないと本当に危険だ。


 アレは、ジョナスにもカテリーナたちにも任せられないだろう。久しぶりに俺は、命を懸けるほどの全力で戦う必要があるのかもしれないと感じていた。


 ならば、その感覚に身を委ねてみよう。


 以前の俺は、それで失敗したこともあった。浮気されて、自暴自棄になって戦い、死を選んだことも。だが今回は、命を懸けるが生き残るつもりで戦うのだ。


「周り、任せた」

「師匠は?」


 魔王の周りに集まっている、魔物の群れの対処をジョナスたちに任せる。その間に俺が魔王と戦う。そして、必ず。


「俺が倒す」

「リヒト様! 1人じゃ危険です。だから、私も!」


 カテリーナが協力を申し出るが、俺は首を横に振った。心配してくれるのは嬉しいが、ここは1人で戦わせて欲しい。


「駄目。邪魔」


 今回は、全力を出す。近くに居たら巻き込んでしまうかもしれない。だから彼女の手助けを、俺は拒否した。


「ッ! わかりました。でも、危なくなったら手助けしますから!」


 ハッキリ邪魔だと告げると、彼女はショックを受けた表情を浮かべていた。しかしすぐに切り替えて、俺の言うことを聞いてくれる。けれど危なくなるようであれば、手助けに入るとも言っていた。これは、負けられないな。




 最初に獣の魔王を吹き飛ばして、魔物の群れから引き離す。その間に、俺が魔王と戦って、ジョナスたちが魔物の群れと戦う。敵を分断して戦う方針で、それぞれ戦う相手が決まった。


「いくぞ」

「「「「「はい!」」」」」


 俺の掛け声に、1人の勇者と4人の戦士たちが声を揃えて返事をする。彼らには、魔王の周りに集まっている大量の魔物たちの処理を任せる。今回は命を懸けるほどの全力を出して戦うつもり。でも、死ぬ気はない。生き残るための努力も忘れない。


 危なくなったら、5人を連れて逃げることも考えておこう。


「ふっ」


 先に俺が、魔物の群れの中心に飛び込む。後ろに、仲間たちの存在を感じながら、魔王との戦いが始まった。

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