第99話 勇者の余生

 戦いが終わって、俺たちは王都へと戻ってきた。魔王を倒した報告は、ジョナスに全てを任せることにする。


「そんな!? 師匠の成果を奪うことなんて、出来ませんよ」

「いい。面倒、押し付けてる」

「……わかりました。師匠が平穏を望むのであれば、私が面倒事を引き受けます!」


 王国とのやり取りなど、面倒な部分をジョナスに任せる。その報酬として、成果と名誉を全て彼に譲る。なんとか納得してもらい、カテリーナやジョナスの仲間たちにも説明した。


 そして俺は、魔王の脅威が去ったことを祝って歓喜に沸いている王都を出発して、いち早くロントルガの街に戻った。




 ロントルガの街にある、孤児院に戻ってきた。ここが無事で良かったと安心しながら、今回の出来事について、ブルーノに報告する。


 話を聞き終えた彼は笑みを浮かべて、俺の活躍を褒めてくれた。


「仕事、おわった」

「よくやった、リヒト! とても凄い活躍だ」


 ようやく俺は、孤児院への帰還が認められた。勇者として、しっかり仕事を果たしたとブルーノに認定されて、その日から孤児院に戻ることになった。




「私も、リヒト様と一緒に」


 カテリーナも、俺と一緒についてきていた。本当は、彼女も王都に置いて来ようと思ったのに。


「もう勇者、終わった」

「それでも私は、リヒト様の仲間の1人です。これから先も、ずっと。だから私も、孤児院のお仕事を手伝わせて下さい」


 ということで、彼女も一緒にロントルガの街で生活をすることになって、孤児院の仕事を一緒に手伝うことになった。




 獣の魔王を倒した後、各地で増えていた魔物は消えていた。だが、そのまま残った魔物も多く居るという。消えたのは、獣の魔王が増やした分だけ。元から生きていた魔物は消えずに、そのままらしい。


 なので相変わらず、勇者の仕事は無くならずに各地の街で守護を務めていた。


 消えずに残った魔物を撃退するため、ジョナスたちが頑張っているらしい。そんなジョナスの活躍は、ロントルガの街にまで聞こえてくるほどだ。彼らは変わらずに、勇者として活動を続けているようだ。その活躍を聞いて、凄いと思いながら遠くから応援する日々。


 俺が、静かに孤児院の仕事を出来るように、名誉を一身に浴び続けてもらいたい。彼の活躍について聞くのを楽しみにしながら、俺は日々の生活を送っていた。




 魔王について気になったので、調べ直してみた。伝承などについて調べてみたが、特に新しい情報は見つからなかった。俺が戦った、あの獣は何だったのか。ちゃんと倒し切れたのか。今も、どこかに潜んでいるのではないか。しばらく警戒する日々が続いた。


 でも結局、何も起こらなかった。あれ以来、獣は姿を表さなかった。目撃情報など皆無で、本当に消え去ってしまった。


 あれは、本当に何だったのか。




 そんなある日のこと、カテリーナの実家から使いの者が孤児院にやって来た。その使いの者は、実家に戻ってくるようカテリーナへ伝えるために訪れたという。


 カテリーナは、貴族の家の娘だった。だが、彼女は勘当されて実家から出ていた。その話は前に聞いていたが、どうやら今は状況が変わったらしい。


 彼女の凄い実力と活躍について、勇者ジョナスと協力して戦ったという話を聞いたようで、勘当は取り消したらしい。


 彼女の価値を知った実家が、今になって惜しくなり勘当を取り消した。そして迎えが来たという。実家に戻るかどうか、カテリーナに聞いてみると彼女は即答した。


「もちろん、帰りませんよ」

「そうか」


 その後も、何度もしつこく使いの者がやって来た。カテリーナを連れ戻そうと必死だった。彼らは、縁談話まで伝えてきた。本人の意志とは関係なしに、勝手に婚約の話まで決めてしまったようだ。


 勘当を言い渡して、家から追い出した彼女を自分たちの都合よく利用して、縁談を結ぼうとしている。カテリーナは、とても嫌がっていた。そして。




「リヒト様、私と結婚して下さい」


 カテリーナが、顔を真っ赤にさせながらお願いしてきた。


「家から送られてくる縁談話を断る理由にするため、お願いします」

「わかった」


 即答で、彼女のお願いを聞き入れる。お願いしてきた彼女のほうが、なぜか驚いた表情を浮かべていた。


「……その、私の方からお願いをしておいてなんですが、私でいいんでしょうか?」

「もちろん、いいよ」


 ということで、俺とカテリーナは夫婦となった。縁談話を断る理由にするためだと本人は言っているが、前から好意を寄せてくれていたのは知っている。それだけ長い間、彼女とは一緒に過ごしてきたから流石に気づいていた。


 今回の件が、良いキッカケだと思ってカテリーナは逆に利用したんだろうな。


 結婚する話を彼女の実家に伝えると、ようやく使いの者を送って勝手に決めた縁談話を伝えに来るのを止めた。彼女に対する興味も失ったらしい。


 それから、関わることも無くなった。本当に、彼女の価値だけが目当てだったのか。それが手に入らないと分かって、あっさり諦めるなんて。俺は呆れてしまった。




 その後、慎ましやかな結婚式を孤児院で行った。そこで、ブルーノや孤児院の皆に祝ってもらった。どこで聞きつけたのか、ジョナスも駆けつけてきて、祝いの言葉をかけてくれた。


「結婚おめでとうございます、師匠!」

「ありがとう」

「カテリーナさんも、幸せに暮らして下さいね」

「はい! お祝いの言葉をありがとうございます、勇者ジョナス様」


 こうして、俺とカテリーナは夫婦として新たな生活を始めることになった。




 俺とカテリーナとの間に、もうすぐ子供が生まれる。


 それだけの月日が流れていたので、ブルーノも勇者を引退することに。もう年で、戦うことが出来なくなってしまった。そして、ロントルガの街の守護は俺が引き継ぐことになった。勇者の仕事は引き受けないと考えていたが、前言撤回。


「リヒトさんが、また勇者に! 素敵ですっ!」


 妻となったカテリーナは、俺が勇者の活動を再び始める、というだけで大はしゃぎしていた。


 子供たちも生まれて、俺が勇者として活動すると尊敬の眼差しを向けてくるので、勇者の仕事をするのも悪くないと思いながら俺は、ブルーノの後を引き継いだ。街の人たちも、俺の活躍を期待してくれている。


 いつの間にか、最弱の勇者という噂も聞かなくなっていた。人々の記憶から消えたようだ。それで何か変わった、ということも無いけれど。




 ブルーノから、勇者の仕事だけではなく、孤児院の経営も任されるようになって、カテリーナと2人で切り盛りするようになった。経営も特に問題なく、順調だった。


 子供たちを指導して、大きくなったら好きなように生きていけるようにと、彼らの様々な能力を磨いていく。


 大人になると、俺やブルーノと同じように勇者の道を進んだ者、ロントルガの街で真面目に働いて活躍する者や、孤児院の経営を手伝ってくれる者など。立派な大人に成長して、多くの子が孤児院から旅立っていった。




 今回の人生では、妻のカテリーナが先に逝くことに。


「勇者様の仲間の一人として生きてこれたことを誇りに思います。リヒト様、本当にありがとう……」

「カテリーナ、君が居てくれて俺も助かったよ。本当に、ありがとう」


 喉の激痛を耐えながら長めの言葉を紡ぎ、最大限の感謝を込めながら彼女と別れの挨拶をした。最期に愛称ではない名前を呼ばれて、カテリーナは嬉しそうに笑った。


 彼女が亡くなってから俺は、ロントルガの街の守護を務める勇者の座を別の優秀な者に引き継ぎ、勇者を引退した。孤児院の経営についても、有能な部下に後を任せて俺は隠居する。


 かつて、カテリーナと2人きりで生活していた、ロントルガの街の近くにある森の中に建てた小屋。そこで俺は余生を過ごして、今回の人生をひっそりと終えた。

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