第94話 勇者の救援要請

 ロントルガの街の近くに建てた小屋でひっそり暮らしていた時のこと。突然やって来たのは、かつて俺の弟子だった彼。


「やっと見つけましたよ、師匠!」

「久しぶり」


 2年ぶりぐらいの再会だろうか。ジョナスは、俺を見つけると慌てた様子で来た。どうやって、俺が住んでいる場所を見つけ出したのだろうか。彼と王都で別れた後、行方なんて伝えていない。勇者としての活動もしていないので、居場所を探すなんて大変だったはず。


 ジョナスを弟子から卒業させて別れた時、試験に合格して勇者の称号を得たら必ず師匠に会いに行きます、と宣言されたことは覚えていた。けれど、本当に会いに来るなんて思っていなかった。それなら、俺から連絡を取ったのに。


 でも彼が、わざわざ俺に会いに来たということは、つまり。とりあえず彼を小屋の中に迎え入れて、話を聞いてみる。


「勇者?」

「はい! 師匠のお陰で、ちゃんと1年後の勇者の試験に合格できました。しかも、トーナメントで優勝も出来て、両親からも褒められたんです」

「すごい」


 どうやらジョナスは勇者の称号を得て、試験のトーナメントで優勝もしたようだ。よかった。人里離れて生活をしていたせいで、外の情報を全く聞けていなかったから知らなかったな。


 おそらく、ジョナスの実力があれば勇者の試験にも楽々と合格して、勇者の称号もすぐ手に入れるだろうと予想していた。でも、ジョナス本人の口から結果を聞いて、その後についての確認ができたので、安心した。


 別れてから1年後に行われた勇者の試験に、しっかりと合格していたのか。


 ジョナスは笑顔を浮かべながら、勇者の試験を合格したという報告をしてくれる。とても嬉しそうだった。少しの間だけ彼を鍛えていた俺も誇らしく思うし、ちょっとでも彼の助けになれてよかった。


「うん。よかった」

「って、違います。今、この世界は大変なんです! そんな、呑気に構えている暇はないんですよ、師匠!」


 俺は安心したが、ジョナスは慌てている。何か、事件があったのかな。ジョナスが合格したことも知らなかったし、世間のことを俺は何も知らなかった。気にしているのは、ロントルガの街がある周辺ぐらい。


「ん?」


 ジョナスに俺は、何事か聞いてみた。そして彼は、とても真剣な表情を浮かべて、俺の小屋を訪問した理由を明かした。




「魔王が復活した、という情報があるんです」

「まおう?」


 魔王? かつて、存在していたと言われているのは知っているけれども、復活するモノなのか。突然の説明に、俺は首をかしげる。


「各地で、魔物の数が増加しています。その原因が、復活した魔王のようなんです」

「ん」


 確かに最近になって、魔物の数が増えているなとは感じていた。けれども、それが魔王の復活が原因だと言われても、まだ納得はできない。


「ある時から、急激に魔物の数が増えている場所が発見されました。調査に向かった勇者のパーティーが、連続して4組も消息を絶ったのです。そして今も周辺の情報は不明のまま。調べることが出来ていません」

「場所?」


 そんな危険な場所が発生して、魔物が増えているらしい。そこへ調査をしに行ったパーティーが、戻ってこないという。そこに何かあるのは、確実か。だけど、それが何なのかは不明。


 何が起きいているのか、どうして魔物が増え続けているのか、原因は不明のまま。とても大きな事件。


「調査しに行くようにと5組目に選ばれたのが、僕たちの勇者パーティーでした」

「行った?」


 ジョナスも、そんな危険な調査に行くよう命令されたのか。その結果は、どうだったのか。


「危険を感じて、すぐ引き返しました。その場所に、何か凄い魔力の存在を感じて」

「うん」


 危ないと感じて、ちゃんと退いたのは偉い。そして、ジョナスが感じた魔力とは、一体なんだろうか。


「伝承によれば、そこは魔王が倒された場所だと言われています。その場所で再び、魔物の数を増やしている存在が居る」

「それが、魔王?」


 ジョナスが頷いた。確か、この世界に魔物を生み出したというのが魔王だったか。それで魔王が復活した、と考えたわけか。


「王国では、魔王の復活で間違いないだろう、と判断されました。その後、他の場所でも魔物の数が増加しているのです。なんとかしないといけない」


 ルベルバック王国も認めたという、魔王の存在。また、厄介そうな事件が起こったようだな。


「それで、師匠にも調査を手伝ってもらいたくて」

「わかった」


 俺は、弟子のお願いに即答する。


 見知らぬ誰かのために動くのは嫌だが、弟子のためなら嫌じゃない。わざわざ俺の居場所を探して、会いに来てくれたのだから。困っているのを手伝うぐらいのことはしてあげようと思う。


 それに、この事態を見て見ぬ振りをして放っておくと、ロントルガの街や孤児院にまで影響が出そうだから。早急に解決するため、ジョナスを手伝おうと考えた。


「よ、ようやくリヒト様も、勇者として活動を始めてくれるんですね!」


 俺のそばで、黙ってジョナスと会話する様子を見ていたカテリーナが、俺の答えを聞いて感激していた。ずっと、俺を勇者として活躍させようと説得してきたからな。


「彼女は?」

「弟子、カテリ」


 ジョナスは、カテリーナの泣きそうになりながら嬉しそうな顔を眺めながら、俺に質問してきた。彼女が俺の新しい弟子であることを明かすと、ジョナスがカッと目を見開いて、カテリーナを凝視していた。


 ちなみに俺は最近、彼女のことを愛称でカテリと呼ぶようになっていた。2年間、一緒に暮らしている間にカテリーナと親しくなったので。


「初めまして。カテリーナと申します、勇者様。リヒト様の勇者パーティーの一員であり、訓練してもらっています」


 見られているのに気付いたカテリーナが、改めてジョナスに挨拶をしていた。その間もずーっと、ジョナスが彼女の顔を見つめている。どうしたのだろう。何か、気になることでもあるのか。


「去年、勇者になったばかりのジョナスだ。僕も昔、師匠に訓練してもらった」


 2人が、自己紹介を済ませた。それでもまだジョナスは、彼女に興味があるようで質問を繰り返す。


「彼女。かなり強そうに見えますが、どのくらいの期間、見ていたんですか?」

「2年。強いよ」


 この2年で、カテリーナは本当に強くなった。


 でも、ジョナスも負けていない。弟子を卒業させてから、1人でも鍛えるようにと教えた通り、ちゃんとトレーニングを積んで腕を磨いていたようだ。俺の知っている頃と比べたら、強くなっている気配がする。


 ちゃんと実力をつけて、勇者の称号を得たんだな。凄いじゃないか。


「うぅぅぅぅ」

「?」


 心の中でジョナスのことを褒めていると、彼は突然、何の前触れもなく唸るような声を上げた。な、何だ!?


「羨ましいぃぃ。あの時、勇者の称号が必要なければ、僕も君と一緒に師匠の特訓を受けれたのに……。強くなれたのにぃぃぃ……」

「え」


 歯ぎしりするぐらいに激しく悔しがって、カテリーナを羨ましそうに睨みつけた。彼女を羨ましく思って、見つめていたのか。しかし、驚いたな。




 感情のこもった視線を向けられるカテリーナは、困惑していた。


 俺も、ジョナスってこんな感情の激しい奴だったっけ、と眉をひそめてしまった。泣きそうな表情まで浮かべているし。2年経って、性格が変わったのかな。


 まあでも、とりあえず旅立つ準備が必要だな。


「カテリ、準備」

「はい! すぐに!!」


 ジョナスに協力して、魔王の存在について調べてみる。


 カテリーナも当然という表情で、俺と一緒に行くつもりのようだ。流石に、彼女を1人だけ置いていくわけにもいかないか。もしかしたら、これから向かう場所は危険かもしれない。だけど、これまで鍛えてきたから大丈夫だと思う。何かあれば、俺が守ろう。


 2年ぐらい世間と離れて生活していた小屋から、俺たちは旅立つ準備を始めた。

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