第93話 勇者の隠居生活
「よく戻ってきた! 試験に合格したという話も聞いているぞ。よくやった」
ロントルガの街にある孤児院に帰ってくると、最初はとても喜ばれて、彼らは俺を温かく迎え入れてくれた。勇者の試験を無事合格したことも、ブルーノたちは祝ってくれた。
けれど、すぐにこう問われる。
「お前はまだ、勇者としての仕事をしていないのか?」
「うん」
勇者の称号を与えられた後、所属できる街がない現状についてブルーノから何度も聞かれていた。その通りなので俺は頷いて、そうだと答えた。
「世間で流れている噂があるようだが、それでも、どこかの街が勇者の守護を求めているはず。必ず、お前を必要としている場所があるはずなんだ」
「……」
ブルーノの耳に届くまで、噂は広がっていたらしい。それでも、俺を求めるような場所があると彼は信じているようだった。
そうだろうか、と俺は半信半疑。ここ以外で、求められる場所なんてあるのだろうか。これ以上、各地の町や村を巡っても無駄な気がする。
「まだ、お前が孤児院に戻ってくるのには早すぎる。しっかり、勇者としての務めを果たしてから帰ってこい」
「ん」
しばらく滞在してから俺は再び、孤児院から送り出されてしまった。
トーナメントでの取引で手に入れた大金だけ押し付けると、孤児院から出てくる。ここに帰ってきてた目的の1つは、果たせたので良かった。
俺はまだ、みんなの居る孤児院に帰ったらダメらしい。さてどうしようか。今後について1人で考えて、どうするのかを決めた。
俺は、ロントルガの街から出てくると、近くの森の中に小屋を建てた。近くの木を切って、それを組み立てていく。
人が住める小屋を建てるのは初めてだったけれど、草原で生活していた頃の記憶を頼りに建ててみたら、思った以上にクオリティの高いものが完成した。
草原で過ごしていたあの頃は、季節ごとに住む場所を移動していた。移動式住居の仕組みを覚えていて、それを参考にした。その知識と経験が大いに役立っていた。次の人生があるのなら、大工でも始めてみようかな。
生活していくのに十分な居住スペースが完成だ。俺は、人里を離れた場所で暮らし始める。
ロントルガの街がある近くの場所に勝手に住み着いて、勝手に魔物を狩っていく。どこかの街には所属せずに、無断で活動をすることにした。
仕事として魔物を狩っていないので、誰からも報酬は出ないし、称賛もされない。ロントルガの街には既にブルーノという勇者も居るので、俺なんかは必要ないのかもしれない。
ただの自己満足で、俺は魔物の襲撃からロントルガの街と、その周辺を守っているだけ。
上にも報告しておいたが、特に何も指示なく放置されていた。やはり、期待されていないようだ。むしろ自由に出来るので、好都合でもある。
「まだ、一緒?」
「はい、もちろん! リヒト様が、ちゃんと勇者として働くまで私は、ずっと一緒に貴方と居ます!」
まだカテリーナは、俺について来ていた。もう所属できる街を探すつもりは無い、ということも彼女に告白している。それなのに、離れようとしない。
彼女は、いつか俺がどこかの街に所属して、勇者として認められる日が来ることを信じていた。なんとか俺を説得するために、今も一緒に居続けている。
目的を果たすまでは、ずっと一緒に居るつもりらしい。
まるで結婚を申し込む、プロポーズのような言葉だと思った。それを言った本人のカテリーナは、そんな意識はないようだけど。
純粋な気持ちで、俺が勇者の仕事をするまで説得を続けるつもりらしい。
こうして、カテリーナと俺の2人で、ロントルガの街の外にある森の中での生活が始まった。
周囲に生息している魔物を狩って、空いた時間に森の中で食べられるモノを探し、獣を狩って食料にしたり、畑を耕して野菜を作ったりした。
2人で生活していくのなら、お金が無くても余裕で、食べる物に困らなかった。
さらに空いた時間には、カテリーナの特訓をすることになった。いつものように、体力を鍛える走り込みの訓練から、魔力の操作を覚えるための指導。そして、彼女の得意な武器の槍を使った戦い方などを教え込んだ。
訓練した最後には、2人で模擬戦をするのがお決まりとなっていた。
「私が勝ったら、勇者としての仕事に復帰して下さい!」
「うん」
どういう話の流れで、そんな約束が生まれたのか忘れてしまったが、模擬戦で俺がカテリーナに負けたら勇者の仕事場を探す旅を再開する、と約束させられていた。
日々、成長して能力を高めていくカテリーナだったが、俺が模擬戦で負けることは一度もなかった。そして、これから当分、負けることは無さそうだ。なので、勇者の仕事探しを再開する日は、まだまだ遠そうだった。
訓練の日々が続いて、カテリーナも徐々に実力を高めていった。特に、魔力操作について教えたら、一気に能力が鍛えられた。本人も驚くほどの実力アップを果たしていた。それでも俺は、彼女に模擬戦では負けなかったが。
しばらく世間と離れながら、カテリーナと一緒に、そんな生活を続けていた。
最近、ロントルガの街周辺に生息している魔物の数が増えているような気がする。やはり、孤児院のあるロントルガの街の近くで住んでいてよかったと、俺は思った。街が魔物に襲撃されていても、すぐ駆けつけることが出来るから。
カテリーナとの生活を始めてから、2年ぐらいの月日が経っていた頃である。
そして、ある日のこと。森の中に建てた小屋で生活している俺たちのもとに訪れる者がいた。小屋の外から、懐かしい声が聞こえてくる。
「師匠。ここに居るんでしょう、師匠?」
「ん?」
小屋を訪れたのは、2年前に俺が弟子にして鍛えていたジョナスだった。
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