第88話 王都で流れる噂と、弟子の卒業

 俺は勇者の儀式を受けて、アイテムボックスと呼ばれる勇者特有の能力を習得することに成功した。


 宿に戻ってきて、早速アイテムボックスについて実験してみた。


「ん」


 空間に物を出し入れできる。生物はダメのようだった。広さも限界があるようで、ギュウギュウに詰め込んで1人分の食料を一年分ぐらい保存できるか、という程度。これは、思ったよりも狭い。


 武器と防具、旅の道具を入れて、旅の間に消費する食料をアイテムボックスの中に収納すると、それぐらいで収納スペースは限界に近くなる。


 適当に物を収納していく、という使い方は出来ないようだ。使いこなすためには、整理整頓も必要になってくる。


 アイテムボックスの維持は、魔力や体力などのエネルギーを使わない。使いたいと思ったら、何処かの空間に接続する。そこから収納したいものに触れながら、空間に収納。取り出した時はイメージして、瞬時に手元に出せる。そうやって、自由に物を出し入れすることが可能だった。その動作にもエネルギーは消費しない。


 物を収納するに触れながら、中に入れると念じるだけでいい。手順はとても簡単。ただ、収納したい物には必ず触れていないと、中に入れることは出来ない。とにかく触れておくことが大事らしい。けれど、例外もある。


 例えば、中身の入った袋に触れてアイテムボックスの中に収納すると、中身も全て収納することが出来る。袋の中身に触れていないが、一緒にアイテムボックスの中に入れる事ができた。袋が、1つのアイテムとして認識されているらしい。


 金貨を入れる袋というイメージで収納してみると、中身の金貨だけ入らないまま、床に散らばってしまった。外と中身を別々にイメージしたら、そういうことになってしまうらしい。なるほどね。


 色々と検証や実験を繰り返して、アイテムボックスについて調べていく。そして、俺が出した結論は、アイテムボックスはすごく便利だ、ということ。


 これから、どんどん役に立ちそうな予感がした。




 勇者の試験が終わった後、もうしばらく王都に滞在する期間が続くことになった。試験に合格して儀式も終わり、勇者の称号を得た後にも、色々と手続きが残っているらしい。


 それに、弟子のジョナスとの訓練もある。俺が全ての準備が終わって王都を離れることになれば、彼の面倒をどうするかという問題がある。一緒に連れて行くわけにもいかない。一旦、弟子を卒業させるということで、俺から離れさせるしかないかな。


 そう考えて、訓練を一段落させる。後は、自分1人でも実力を磨いていけるように指導をしておく。俺が王都から旅立つまでに、しっかりと鍛え上げよう。




 王都に、とある噂が流れていた。


 その噂されている内容というのが、勇者の儀式が行われていた最中に気絶した者が居る。今年選ばれた勇者の中に歴代最弱の勇者が誕生した、というもの。


 勇者の儀式で気絶する人間が現れるなんて、過去の記録にも残っていない初めての出来事だったらしくて、あの儀式の場に居た誰かが世間に噂を流したようだ。


 その気絶した人物は、トーナメントの結果も4位と微妙。儀式の件も合わさって、試験に合格するほど実力はなくて、トーナメントも運良く勝ち上がっただけ、という話になっている。


 そんな話が、王都のあちこちから聞こえてきた。市民が俺に向けてくる視線が鬱陶しい。噂の人物が一体誰なのか、明らかになっているらしい。だが、言い返すことはせずに無視を続けた。




「師匠。あんな事を言われて、何か言い返さなんですか?」

「うん」


 ここまで広まってしまった噂を抑えるのは難しいだろう。気が付いたら、王都中に知られる話になっていたから。


 それに周りから、とやかく言われたとしても気にしないに限る。過剰に反応したり、ムキになって反論でもしたら、さらに噂が広がって馬鹿にされるだけだ。だから放っておく。時が過ぎて、噂が沈静化するのを待つのが簡単だと思う。


 わざわざ実力を示して、噂が嘘だという証明をするのは色々と面倒だった。


 俺は、勇者の仕事を務めるために王都から地方へと出ていくから、近いうちに噂も聞かなくなるだろう。


 唯一の問題は、弟子のジョナスも色々と言われてしまうということ。俺と関わっていることで、彼まで悪く言われることがあるかもしれない。


 そういう事もあって、彼を弟子から卒業させる事を考えていた。関わりを断って、彼への影響を無くすために。悪い噂が忘れ去れれた時に、また関係を戻せば良い。


「そう、ですか」


 悔しそうな表情を浮かべるジョナス。俺のためを思ってくれているのが分かって、嬉しくて、有り難かった。そう思えるぐらい、師匠としてちゃんと慕ってくれているらしい。可愛い弟子だ。


 色々と噂され、嫌な視線を向けられる。それだけなので、今は何もしない。だが、被害があれば、やり返すつもりもある。そうなるまでは、大人しくしておくだけ。


「耐える」

「なるほど。周りの悪評にも耐えることが修行、強者への道、ということですね!」


 納得して深く頷く弟子のジョナス。彼は好意的に捉えてくれたようだから、誤解を解かないまま、そのままにしておこう。


 実際は、説明するのが面倒なだけなんだけどね。




 勇者の試験も終わって俺は、勇者という称号を与えられた。これから王都を離れ、地方に行って、魔物の襲撃から街を守るという勇者の仕事が開始する。その準備が、ようやく完了した。


 ジョナスの指導も一段落した。彼は、来年も行われる勇者の試験を受ける予定で、王都に残る。これからは俺が指導しなくても、自分で鍛えていけるぐらい基礎が身についていた。1人でも大丈夫。


「分かりました。ならば僕は来年、必ず勇者となって師匠に会いに行きます!」

「うん」


 弟子を卒業させるけども、それで二度と会ったらダメということでもない。勇者の試験を終えて会いに来てくれるのは、大歓迎だった。


 基礎は十分に鍛えてきた。後は、自分でトレーニングを積んで鍛えることが出来るだろう。来年の試験であれば、楽々と合格できるはずだ。でも。


「油断、ダメ」

「はい! 肝に銘じます」


 出会った時と比べて性格がガラッと変わり、気持ちの良い返事をするようになったジョナス。戦いで慢心するような彼は、もう居ないみたいだ。


 ということで、ジョナスとは王都でお別れとなった。彼が来年の試験に合格して、勇者と成れるように願いながら。俺は、勇者の仕事を始める。

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