第87話 勇者の特殊能力
「ん」
俺は目を覚ました。ここは、どこだ。ベッドの上のようだが、見覚えのない部屋の中にいた。
体は動く。手足も、自由に思い通りだ。自分の体を確認してみれば、転生ではないようだった。死んだと思ったけれど、赤ん坊になっていない。新たな人生に転生したという感じではなかった。
死んだと思ったが生き続けているということが分かったので、ひとまず安心する。だけど、勇者の儀式を受けた時に感じた、死んでしまいそうなほどの強烈な痛みは、一体何だったのか。あの痛みの余韻は、何も残っていない。
あれ程の痛みは、今まで感じたことがなかった。そして間違いなく、あの時、俺の身に何かが起こった。
「目が覚めたか?」
体を確認していると、男の声が聞こえてきた。視線を向けてみると、見知らぬ男が近くに立っていた。俺よりも随分と年上の、中年男性。ジロジロと、体のあちこちに視線を向けてきて観察されている。彼は、誰なんだろうか。
「俺……?」
「君は、勇者の儀式を受けいてる最中に気絶したらしいぞ」
直前までの記憶は残っている。確かに俺は、勇者の儀式を受けていた。その後に、どうなったのか。それは、目の前に立つ男が教えてくれた。死にそうな痛みで俺は、呻き声を上げながら儀式の最中で気絶したらしい。
それは分かった。しかし、ここは儀式を行っていた古い施設ではないようだった。どこか、別の場所に運び込まれたのか。
「ここは……?」
「儀式で気絶した君を治療するために、治療院へ運ばれてきたのさ。まぁでも、君が気絶した原因が分からないから回復させる方法は何もなくて、ベッドの上に寝かせて安静にしておいただけだが」
目の前の男は、気絶した俺を治療しようとしてくれたらしい。ということは、彼は医者なのかな。気絶の原因が分からなくて、結局、何もしていないらしいが。
「しかし、勇者の儀式で気絶するなんて前代未聞だぞ」
「そう」
あの痛みを、皆が耐えてきたのか。いいや、そうではないだろう。俺の前に5人も同じ勇者の儀式を受けていた。俺と同じような反応は、誰も見せなかった。ちょっとした痛みすら感じてなかった、と思う。
俺だけが、あれ程の強烈な痛みを感じていたんだと思う。なぜ、あの場で俺だけ。パッと思いついたのは、転生者という事だが。それが関係しているのかもしれない、ということだけど。でも、なぜ転生者だけが痛みを感じるのか。
あの場で俺だけが違う要因はそれぐらいだと思うが、他に何か原因はあったのか。思いつかないな。
「どこか、痛むところはあるか?」
「ない」
男に聞かれて、自分の体を改めて確認してみる。痛みを感じるような感覚はない。体が重いとか、そういったことも特にない。後遺症もなさそうだし、大丈夫だろう。むしろ今は、調子が良いくらいだ。なぜだろう。どんどん疑問が増えていく。
誰も答えを教えてはくれない。自分で考えるしか無いか。いくら考えても、答えは分からないけれど。
「それは良かった。あとは、勇者の能力は使えるようになったのか?」
「ん。どうだろ」
事前に説明を受けた、儀式を行った勇者だけが習得できるアイテムボックスという特殊能力。俺は儀式の途中で気絶してしまったが、ちゃんと儀式を完了できているのだろうか。もしかしたら儀式は失敗で、習得できていないかもしれない。
あれだけの激痛を味わったのに、何も得られないなんて嫌なんだけど。
そして、能力が使えるようになっていたとして、どうやって使うのか分からない。異空間に、自由にアイテムを出し入れするが可能になる、という話は聞いたけど。
「ん? 俺は、勇者じゃないから何も分からんぞ」
男に視線を向けてみると、首を振る。勇者の能力の使い方なんて分からないという反応を見せた。彼に聞いても分からないのか。どうしよう。
とりあえず、アイテムボックスという名称から感じたイメージで使ってみるかな。 頭の中でアイテムボックスについて念じてみると、どこかの空間に繋がったような、そんな感触があった。
これが、勇者のアイテムボックスかな。思ったよりも、あっさり使えてしまった。
しかし、空間の中には何も無いようだ。まだ、何も中に入れていないから当然か。近くにあった寝具を、実験するためにアイテムボックスの中に取り込んでみた。
「おい。それをウチから持ち出したら、衛兵に報告するぞ」
「はい」
実験として、寝具に触れつつアイテムボックスの中に放り込むイメージをすると、しっかり収納することが出来た。勇者の特殊能力というのが、ちゃんと使えている。けれども、すぐに医者の男に咎められた。
アイテムボックスの中に放り込んだ寝具を、持ち帰ってしまえば窃盗になるので、取り込んだ寝具をすぐ外に出して、元の場所に戻す。
収納も、取り出すことも可能であることが確認できた。
「勇者の力を悪用でもしたら、とんでもない罰を与えられるから注意しろよ」
「はい」
触れて念じるだけで、誰にも見えない空間に物を取り込むことが出来る。そして、取り出すのも問題はなかった。確かに、これは犯罪に使えてしまいそうだな。
もちろん俺は、犯罪に使うなんてことは一切無いが、能力を使うときには注意しておこう。勘違いされても困るだろうから、気を付けないと。
「ちゃんと元気になったようだし、さっさと帰ってくれ。私は、忙しいんだからな」
「はい」
俺は急かされて、すぐに部屋から出された。なんだか、もの凄く雑に扱われているようだった。勇者になれば、尊敬されるような存在になると思っていたが。だれもが皆、尊敬するというわけではないのか。まだ何の実績もないから、その反応や態度が普通なのかもしれない。
気絶から目覚めると、治療院の建物から出された。王都の道を歩いて、借りている宿へと戻る。
「ん」
勇者の儀式を思い出すと、胸のあたりが痛むような感覚が蘇ってきた。それほど、強烈な痛みだった。体に感じる痛みとは違うような気がする。もっと根本的な部分で感じたダメージで、とてつもない痛み。
アイテムボックスと呼ばれる、勇者の特殊能力を身につけることが出来た。かなり便利そうな能力で、習得することが出来てよかった。けれど、もう二度と、あれ程の痛みを感じたくないと思った。
新しい能力を習得する機会があったとしても、あんな痛みが待っていると分かっていたら、次は儀式を受けようとはしないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます