第86話 トーナメントが終わって、儀式
「事前に話を聞いていなければ、師匠が本気で負けたのかと思いました」
「そう」
試合が終わって、それを見ていたジョナスが言う。弟子すら騙せそうだったみたいだから、審判や観客たちには俺がわざと負けた事はバレていないだろう。
5回戦が終わって、次は準決勝の試合がある。
準決勝が行われる前には、4位から8位という順位を決める試合があった。勇者の称号を与えられるのは上位8名のみ。5回戦まで到達していれば、その時点で全員が勇者の称号を得る資格があった。
後は順位を決めるための試合で、俺は6位となる。前の試合と辻褄を合わせるためにも、少し手こずる様子を見せながら勝ったり負けたり。反則もなく、無事に試合が終わって勇者の称号を与えられるのが確定した。
俺は、孤児院のブルーノに言われた通りに従って勇者の試験を受けると、ちゃんと称号を得て勇者となった。
後は、トーナメントが全て終わるのを待つだけだ。準決勝、決勝と行われた試合。長く続いた勇者の試験が終わって、ようやくトーナメントの優勝者が決まった。
決勝を勝ち残って、優勝したのは例の貴族だった。俺が取引した、彼である。
本来の実力だったなら、彼が優勝まで辿り着くのは非常に難しいだろう。つまり、俺以外にも賄賂を渡して勝利をもぎ取ったみたい。
そもそも、準決勝、決勝の試合内容を見ていると事前に勝敗の打ち合わせがあったことは明らか。どちらの試合も、対戦相手が手加減しているのが見て分かった。見る者には分かる、しょっぱい試合。いや、あれは普通の人が見ても分かるレベルかも。
けれども、貴族の男の不正行為に関して、誰も何も言わないまま試験は終わった。もしかしたら、対戦相手だけではなく審判や試験の運営委員も買収していたのかも。実際、どうなのか俺は知らないが。
だが、そうまでして彼は優勝を勝ち取りたかったようだ。勇者の称号が得られる、8名の枠に入るだけでも充分だと思うんだけど。貴族として、優勝したという実績と名誉を得ることが大事だったのかな。
トーナメント優勝者には、勇者の称号を与えられるだけではなく、なぜか優勝賞品として真っ白な犬が贈呈される。なぜ、白い犬なのだろうと疑問に思っていたけど、どうやら昔から続く勇者の伝統があるらしい。
俺は優勝を目指すこと無く、貴族の男の提案に同意して5回戦で負けた。だけど、その代わりとしてお金を受け取れてよかった。孤児院に、優勝賞品の白い犬を送ったとしても困るだけだろう。
動物を飼うと、お世話を通じて愛情や責任感を学べるというメリットもあるけど。それよりも、食べ物に困ることなく生きられる日々が大事。そのために、ペットよりお金が必要だろうから。
孤児院に戻ったら、受け取ったお金を運営費用に使ってもらおうと考えている。
今年、ルベルバック王国に8名の勇者が誕生した。
勇者の称号を与えられた者は、勇者になるための儀式を受ける必要があるらしい。儀式を行うために、8名の勇者は試験が終わった後に集められていた。
勇者になるための儀式とは、一体。試験に合格するだけじゃダメなのかな。疑問に思いながら、俺は8人の新たな勇者たちと一緒に集まっている。
儀式を行うために、王都から少し離れた場所にある古い石造りの施設まで俺たちはローブ姿の男たちに連れてこられた。彼らが、これから行う儀式を進める人なのか。
この場所で、勇者の儀式というものを行うという。儀式を行うことで勇者となり、勇者だけが使えるという特殊能力を習得できるらしい。
その能力の名は、アイテムボックス。実力を認められて儀式を行った、勇者だけが使えるという能力らしい。異空間に、自由にアイテムを出し入れするが可能になる、習得すれば便利そうな能力だと思った。ぜひ、使いこなせるようになりたい。
新たな能力を習得するチャンスに、俺はワクワクしながら儀式が始まるのを待つ。
神殿のような施設の中に入っていく。その先にあった厳かな雰囲気の部屋の中央に魔法陣のようなものが描かれていた。何らかの法則によって描かれた、円状の紋様。
残念ながら俺には、魔法陣に関する知識が無かった。なので、それがどんな効果を発揮するのか、それを見ただけでは分からなかった。しかし、一つ一つの線に魔力が宿っていることが分かる。何らかの効果が、あるようだ。
この世界では、物に魔力を宿すという技術が普及しているらしい。後で、魔法陣に関する知識も調べてみよう。
勇者の儀式を受ける者は1人ずつ、その魔法陣の中に入って、中央の紋様がある上に立つよう指示される。そして、儀式が粛々と進められた。その儀式は1人数分で、思ったよりもすぐに終わった。
優勝者から1人ずつ順番に、勇者の儀式を行っていく。
そして6番目に、俺の順番が来た。前の5人が指示されて儀式する様子を見ていたので、同じような動きで勇者の儀式を受ける。
「まずは、コレを飲むように」
「ん」
正体不明な緑色の液体を、ローブ姿の男に手渡された。そして、それを飲むように指示される。見た目が、ちょっと危なそうな色をしている液体を。
これを、飲まないといけないのか。ちょっと嫌だな。
飲むのに躊躇するが、前の5人も飲んで儀式を受けていた。その後は、特に具合が悪くなったりとかはしていないようだ。だから俺も覚悟を決めて、液体を一気に飲み込む。
「ん」
見た目の割には意外と無味無臭。体に悪いような感じもしない。水のような感じでサラッと飲み込めたので、心配するほどの害はないようだ。その次に、俺は魔法陣の上に立たされて、勇者の儀式が始まった。ローブ姿の男が呪文を唱える。
前の5人と同じように、あっさりと終わるものだと予想していた俺。だがしかし、前の5人とは明らかに違う反応が起こった。
「うぐっ!?」
儀式が始まった直後、心臓の部分に強烈な痛みを感じた。立っていられなかった。地面に倒れたようだけど、痛みに脳が支配されて自分の様子すら把握できない。俺は倒れた後、どうなった。一瞬、意識が飛んでいた。
「――――!」
痛みが続く。頭上から、誰かが呼んでいる声が聞こえる気がしたけれども、返事をする余裕もない。痛みはさらに増幅していく。その痛みは、魂を直接傷を付けられているような、耐え難い苦しみだった。
何度も転生を繰り返し、様々な種類の痛みを経験してきた。しかし今回のこれは、桁が違う。
まるで、体の奥底からバラバラに砕け散るような激痛だ。これまで経験してきた、どの痛みとも比較にならないほどの苦痛が襲ってくる。
「ぐうぅぅぅ!」
呻き声を上げながら俺の脳裏には、この世界に生まれた時の記憶が蘇っていた。
雪の積もった森の中に投げ捨てられ、助けがなければ死んでいただろう。あの時の光景が目に浮かぶ。そして思った。
あ。これは、死ぬかもしれない。
まさか儀式を受けて、こんな事になるなんて思っていなかった。死ぬような危険がある儀式だったとは。
目の前が真っ暗になった。俺の意識は、そこで途絶えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます