第85話 トーナメント5回戦

 弟子のジョナスに言うか迷ったけど、どうせ試合を見られたら分かるだろうから、伝えておくことにした。なるようになれ、だ。


「お金」

「え?」


 俺は、イマヌエルから受け取った金貨袋をジョナスに見せた。その言葉だけでは、まだ説明が足りずに理解できないのだろう、疑問の顔をしている。


「八百長」

「えっ!? ど、どういうことですか? もしかして、勇者の試験のトーナメントでわざと負ける、ってことですか?」


 弟子の察しが良くて助かる。普通なら、この短い言葉だけで理解できないと思う。けれど彼は、ちょっと話しただけで分かってくれた。一緒に訓練してきたから、俺に対する理解力が高まっていた。元々、頭も良い子だから。


 話を聞いた彼は眉をひそめて、厳しい表情に変わる。俺が八百長することを責めているのかな。まぁ、仕方がないよな。


「次、負ける」

「師匠は4回戦まで勝ち上がってきたから、次は5回戦ですよね。対戦相手は……、ザクセン侯爵家のアイツですか!」


 俺が次に対戦する相手まで、バッチリ把握してくれていた。なるほど、あの貴族は侯爵家だったのか。そして、ジョナスは貴族だから他の貴族の動向について把握しているのかな。


「大丈夫でしたか、師匠? 権力と武力を振りかざすことで有名なザクセン侯爵家に脅されて仕方なく、アイツの提案を受けたんですよね」


 まぁ、脅されていたのは確かだ。家に招かれて、護衛の人間たちに囲まれた状況で交渉していたから。しかし、あれぐらいなら問題なく切り抜けられただろうけれど、後から面倒なことになりそうだったから。金を受け取り、貴族の提案を受けた。


 それで、穏便に済ませた。


「問題ない」

「師匠の強さがあれば切り抜けられたはず。ということは……。なるほど。面倒事を避けて、奴の言うことを聞いたんですね。クソッ! 試験を勝ち上がるため、貴族の権力を使って無理やり相手を負けさせるなんて、卑怯なッ!」


 おぉ。俺の言いたいことを、ちゃんと理解してくれているようだ。察しが良すぎるジョナスに助かる。


「僕が家に頼んで、代わりに交渉を」

「ダメ」


 何やら、俺の代わりに報復しようと考えているらしい彼を即座に止める。


「でも、師匠!」

「気にしない」

「…………」

「ジョナス」


 納得していない様子の弟子の名を呼ぶと、彼は口を閉ざして俯いた。しばらくしてから顔を上げると、真剣な目つきで見つめてきた。


「分かりました。せっかく師匠が狙っていた優勝を諦め、取引したというのに台無しにするわけにはいきません。僕が、騒動を大きくするなんて絶対にしません」

「うん」


 賄賂と優勝の名誉を天秤にかけて、金を受け取るほうが有益だったから、そっちを選んだんだけど。ジョナスは少しだけ勘違いしている。優勝を狙っていたと言うが、それほどまでに求めていたわけでもないから。


 まぁ、俺の言いたかったことは大体合っているし、それで良いかな。


 ということで、弟子のジョナスに事情を説明してみたところ、別に嫌われることはなかった。不安に思う必要はなかった。




 そして迎えた、トーナメント5回戦の試合。対戦相手が真剣な顔で舞台に上がる。素知らぬ顔で審判のルール説明を聞いている相手の貴族。俺は顔に出てしまいそうになる。


 300万もの大金を受け取ったからには、真剣に負けないと。審判や観客たちにはバレないように注意して、演技しなければならないよね。


 相手は完璧だった。これから始まろうとしている試合に緊張している様子を演じていた。なんとか勝ちたいという、強い意志を感じさせるような顔をしていた。既に、勝敗は決まっているというのに。向こうの演技力は、抜群のようだ。


 彼を見習って、戦いが始まったら俺も演技を頑張ってみよう。


「試合、開始ぃ!」


 対戦相手の貴族と向かい合って、剣を構える。審判の声で、戦いが開始した。その瞬間に俺は、前へと飛び出す。剣を前に、猛スピードで彼に接近した。


「うわっ!?」


 接近して攻撃する。相手は慌てた声を漏らして、剣で防御。話が違うじゃないか、というような表情を浮かべていた。どうやって負けるのか、事前に打ち合わせをしてなかったから、彼も驚いているだろう。もしかしたら、俺が提案を無視して勝とうとしている、なんて思われているのかも。


 俺は、そんな彼の表情を無視して攻撃を続ける。もちろん、全力じゃない動きで。それでも、相手は精一杯のようだ。


「ぐうっ!?」


 剣を前に防御し続けて、なんとか耐え続ける対戦相手。スピードで翻弄している、ように周りからは見えるだろう。実は俺が剣を振って、彼の構えている剣に合わせているだけだった。真剣な表情の対戦相手に、真剣な風に攻撃を続ける俺。


 これで観客は、俺が果敢に攻めているように見えるかな。そして相手が、防御して冷静に対処しているように見える。だから、もっと余裕のある表情をしてほしいが。さて。


「このッ!」


 しばらく続いた攻撃は、全て防がれた。防御を続けていたが我慢の限界になって、ようやく向こうから攻撃してくれた。もっと早く、反撃してほしかったが仕方ない。


 怒りに任せて振った相手の剣に合わせて、俺も剣を振る。ガキンッ、という金属の音が会場に響き渡った。攻撃したはずの相手が、痛そうな表情。普段から剣を握っていないから、扱い慣れていない様子。


 もうちょっと長く戦って、向こうの評価を上げたかったが無理そうだな。


 瞬時に判断した俺は、自然な動きで地面に剣を打ち付ける。それと同時に、後ろに飛び上がった。ふっ飛ばされたように、周りからは見えるはず。


「うわあー」


 一瞬、静まった観客たち。吹き飛ばされた瞬間に、やられた声。俺は舞台の上から落ちて、地面に倒れる。持っていた剣の先がカランカランと、舞台の上を滑るように転がっていく。剣は折れていた。実は折ったんだけど、折られたように見えたはず。


 もう少し喉をちゃんと使えたなら、大きな声で叫べるだろう。無理なので小声で、驚いたような声を出してみた。完全に、声量不足で棒読みのようになってしまった。


「「「オォォォォォォ!」」」


 鉄の剣を折ってしまうほどの強力な一撃で俺を吹き飛ばし、舞台の上から落とす。勝敗が決まった瞬間、その実力に驚いた観客たちから歓声が上がった。


「勝者、イマヌエル!」


 武器が失われて、舞台の上からも落ちたので相手の完全勝利である。その結果に、びっくりした表情で俺を見ている彼。よかった。周りからは八百長したことはバレていないよな。


 こうして俺は、勇者の試験トーナメント五回戦で、負けという結果に終わった。

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