第77話 助けられた、その後

「よい、しょっと」


 男は倒した獣を右手で掴み、肩の上に乗せる。空いている左腕に俺の体を抱えた。それぞれの腕に荷物を持って、雪の森を黙々と歩き進む。


 合流する仲間は居ない。彼は、1人で行動していたようだ。


 俺は、死にかけていたところを助けてくれた男の顔を見た。一体、何者だろうか。まぁ、顔を見ても分からないか。鍛えているのが分かる、全身黒服の中年の男性。


 先ほど見た魔法は、何だろう。俺の知っている方法とは違っていた。


 俺の知っている方法とは、魔力を体の外に放出して魔法を発動させる。しかし彼が見せた方法は、体の中で魔法を発動させてから放出した。似ているようで、ちょっと違うやり方。そんな方法もあるのかと、俺は感心した。


 そして、回復魔法について。体を回復させる魔法。あると便利だなと考えたことはあったけれど、今まで方法が思いつかなった。俺が望んでいた魔法を使いこなす男。


 どれぐらい、男は歩いてきただろうか。森の中を真っすぐ進んできて、大きな壁がある場所が見えてきた。壁の一箇所に開かれた門がある。その門をくぐって進むと、中は街だった。人が多くて、賑わっている。


 街の中を歩いていると、俺を抱えている男を見かけた街の人たちが声をかけた。


「ブルーノさん、今日もお疲れさま!」

「危険な魔物を狩ってくれたのね」

「これで、ようやく安全に街の外へ出られるのか」


 ブルーノと呼ばれた男は、この街で有名人のようだった。みんなが笑顔を浮かべて彼を、褒め称えている。慕われているな。


「とりあえず、大物のコイツは倒してきた。ひとまず、安心だぞ」


 俺を助けてくれた男が、肩の上に乗せて運んできた獣を大きく掲げると、ワーッと街の人たちの歓声が沸き起こった。


「ありがとう、ブルーノ! そいつは、俺が処理するよ」

「あぁ、頼んだ」

「いつも、ロントルガの街を守ってくれて感謝する! 君が居てくれるお陰で、街が本当に安全だ」

「俺は、自分の仕事をしただけだ。気にしないでいい」

「それでも、助かっているんだよ」


 親しそうに会話をしながら、森の中から運んできた獣の死体を誰かに渡していた。そして、ブルーノは袋を受け取る。仕事の報酬かな。


 街人たちの歓声を背中に受けつつ、ブルーノは街の中を歩いた。彼が向かった先にあったのは、大きな屋敷。その屋敷に近づいていくと小さな何かが沢山、ブルーノに迫ってくる。


 何十人もの子供たちの集団だった。ブルーノの元に殺到した。


「みんな、いい子にしてたか」

「「「はい!」」」

「良い返事だ」


 ブルーノの呼びかけに、子供たちは元気よく返事をしていた。彼の子供だろうか。しかし、数が多いような。


 子供たちがブルーノの元から散っていった後、また誰かが近づいてきた。男と同じぐらいの年齢に見える、中年の女性だ。そして彼女も、ブルーノと同じように全身が黒の格好をしていた。何か、宗教的な服装のように見える格好だな。


 彼女の視線が、ブルーノの腕に抱えられている俺に注目していた。


「ブルーノ様、その子は?」

「森の中で拾った。こんな雪の中に、捨てられていたんだ」


 俺を指さし、女性が尋ねた。眉をひそめて不愉快そうな表情で答える、ブルーノ。その表情は目の前の彼女に対してではなく、俺を捨てた者に対する不満のようだ。


「酷い。また、ですか」

「あぁ。後で一応、両親を探してみる。名乗り出ないだろうがな。だから、この子の世話も頼めるだろうか?」

「もちろん、大丈夫ですよ。赤ん坊のために、急いで母乳を用意しないと」

「頼んだ」


 俺の体が、女性に手渡された。慣れた手付きで抱き上げる女性。彼女は、赤ん坊の扱いに慣れているようだった。


 女性の腕に抱えられて、あやされながら俺は、2人が交わす会話の続きについて、聞いていた。


「また、お金が」

「これで、なんとか用意してくれ。足りなくなったら、また、外で魔物を狩ってきて稼ぐよ」


 ブルーノは、持っていた袋を女性に渡した。先ほど街で、獣の死体と交換して受け取った袋。おそらく袋の中には、お金が入っているのかな。


「いつもすみません。また、よろしくお願いします」


 そんな言葉が交わされて、それから俺は屋敷で暮らすことになった。




 しばらくの間、赤ん坊の俺は世話をされて生活していた。その最中に観察していると、そこが孤児院のような場所らしい、ということが判明した。俺と同じように、親から捨てられた子が集められて、暮らしている場所だった。


 何人かの大人に、何十人もの子供たちが世話されて生活している。その子供たちの中の1人として、俺も新たに加わった。


 どうやら、俺を死の淵から助けてくれたブルーノという男は、この施設の院長なのかな。時々、街の外に獣を狩りに行って、お金を稼いでいるようだった。そのお金で子供たちの生活に必要な物や、食事を用意してくれる。


 孤児院の大人たちに甲斐甲斐しく世話されて、俺は生き残ることが出来た。


 ただ、死にかけていた時に、助けを呼ぼうと必死で無理しすぎたせいなのか、喉がやられてしまったようだ。これは、回復魔法でも治らなかった。ただ、全く喋れないというわけでもない。


「あ、う。……」


 喋れないことはないが言葉を発するのが辛く、続けて一言二言ぐらいしか話せないようになっていた。


 まぁ、生き残るための軽い犠牲だった。コミュニケーションを取るのに少し不便なぐらいで、それ以外は特に困ることもなかった。魔法を使うのに呪文を唱えることが必須じゃなくて、よかった。無詠唱の魔法を習得しているので、問題なく使える。




 どうやら転生人生に終わりはなく、まだまだ続くようだった。


 今回は、新しい人生が始まっていきなり、死の危険を感じることになった。そして俺は、必死に生きたいと願った。転生の繰り返しを終わらせたい気持ちもあるけど、それ以上に俺の本心は生きたいようだ。


 だから、転生が終わるその日まで、必死に生きていこうと改めて思った。


 転生の謎については、一旦置いておく。どうやって終わらせるのかは考えないで、今を全力で生きてみる。


 とりあえず今回の人生では、俺を助けてくれたブルーノと孤児院に、恩を返すことを目標にしようかな。

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