6周目(異世界ファンタジー:勇者)

第76話 捨て子

「…ぁ、……ぅぅ」


 俺は今、死にかけていた。再び、赤ん坊の体に転生した直後、薄くて汚い布だけを体に巻かれている状態で、雪の積もった森の中に放置されていたから。


 ここが何処なのか、分からない。意識がハッキリとした時には、母親だと思われる女性に抱えられて雪の中。体が震え続けて、声も出せないような状態だった。




 少し前のことだ。


 徐々に意識が覚醒し始めて、状況を確認する。また俺は、転生を繰り返したようだけど。


 どこに連れて行かれるのだろうか。薄い布だけでは体が寒くて辛いから、ちゃんとした服を着せてほしいなと思いながら、周囲の様子を見ていた。すると、道の途中で女性が立ち止まった。キョロキョロと辺りを見回している。


 こんな何もない場所に、一体何の用事なのか。疑問に思っていると、信じられないことが起きてしまった。


 俺の体がポイッと、雪の中に放り込まれていた。女性は、赤ん坊である俺をその場に置いたまま、足早に去っていく。いやいや。まさか、そんな。


 顔に雪が降り積もって、体に巻かれていた薄い布も濡れて肌が冷たくなる。体温が急速に下がる。体の感覚は、既に無かった。何で、こんな事に!?


 俺は、生まれてすぐに捨てられたようだ。


 慌てて、なんとか生き残る方法を模索する。こんな所で死にたくはない。まさか、生まれてすぐ次の転生先に向かうことになるなんて事態は避けたい。


 何度も死を経験して、転生を繰り返しても、死の恐怖は克服できない。死ぬ瞬間はいつも怖い。もしかして、これが最期かもしれないから。次の転生があるのかどうか分からない。


 そう考えたら、中途半端に終わらせたくない。しっかり人生を全うして、納得してから死にたいと思う。今回、こんな所で諦められない。まだ生まれたばかりだから、生きたいと強く願い続ける。


 生き残るためには、どうすればいい。まだ成長していない、小さな体で何が出来るというのか。必死に考える。


 体の中にある魔力を操作して、体温の低下を防ぐのはどうか。


 肌の表面に、振り絞った魔力を纏わせて寒さを耐え続ける。これで少しだけマシ。だが、赤ん坊の僅かな魔力では長時間耐えるのは無理だろう。それに、体が無意識に震え続けて、どんどん体力も失われていった。これでは、集中力が保たない。


 だが、一気に温まろうと魔力が枯渇するほど無理してしまうと、意識が途切れる。こんな、雪が降るような所で意識を失えば死んでしまう。


 ならば、どうすればいい。どうにかして、生き残る方法を探し続ける。


 ここはどこだ。木々が生えた暗い森の中。周りには雪が積もっている。視線を上に向けてみると、木々の間から少しだけ太陽の光が見えるような気がした。


 まだ、日中なのか。


 この寒さなら、夜になったらさらに温度が下がっていく。確実に死に至るだろう。そもそも、夜になってしまう前に魔力と体力が尽きて死んでしまうだろうな。


 誰か、助けは来ないだろうか。ここから街は、どのくらい離れているのか。こんな森の中を通る人なんて、誰も居ないと思う。


 わざわざ、赤ん坊を捨てに雪が積もっていて、視界も悪い森の中に来たのだろう。誰にも見つからないように、人通りの少ないような場所を選んでいるだろう。助けが来る可能性は,非常に低そうだ。


 あの女性が、戻ってくる可能性はないだろうか。俺は、かなり雑に扱われていた。厄介者を処分するように、俺の体は放り投げて捨てられた。赤ん坊に対して、愛情が残っているようには見えなかったし、戻ってくる見込みは少ないだろう。あの女性は期待しない方が良い。


 さて、どうしようか。徐々に、意識が朦朧としてくるのも分かった。寝たら死ぬ。でも、赤ん坊の体で出来ることなんて少ない。というか、皆無だった。


「グゥゥゥゥル!」


 最悪だ。さらに、死の危険が増えた。


 遠くの方から、獣の唸り声が聞こえてきた。いや、感覚が狂っていて思ったよりも近くに居るのかもしれない。近くに気配を感じた。死が近付いて、敏感になっているのか。


 見つかれば、抵抗できないだろう。絶体絶命のピンチである。それでも、なんとか助かる方法を考え続ける。だが、1つも思いつかない。


 やはり、ここで生き残るのを諦めるしかないのか。


「グルルルル!」


 唸り声が近づいてきた。もうダメか。そう思った時、人間の足音も聞こえてきた。ザッザッザッと、雪を踏む音が聞こえてくるような気がした。だが一体、誰がこんな場所に。もしかして、幻聴なのか。


「アァァゥゥゥ!」


 俺は生き残るため、限界を超えて声を張り上げた。その声で、助けてもらえるかもしれないから。まだ、生まれたばかりで、喉が発達していないから言葉を発せない。それでも、音は出せる。肺から空気を出して、声帯を出来る範囲で強く振動させた。


 俺の口から動物の鳴き声のような、言葉にならない甲高い音が出た。


 下手をすると、獣に居場所を突き止められるかもしれない。それでも、人が近くに居ると信じて、見つけてもらうための音を出し続ける。


「これは、声……? こんな森の中に。こっちか!」


 男の声が聞こえてきた。近づいてくる。もしかして、届いてくれたのか。聞こえている声は、俺の幻聴じゃないはず。そうであってくれ。


 足音の聞こえる方へ、なんとか目を向ける。薄らと見える、男のシルエット。白い息を吐きながら、走ってこちらに向かっているようだった。


「なんと!? こんな所に赤ん坊が」


 全身、真っ黒な格好をした男が目の前に現れた。若くもなく、年寄でもない中年の男性。そんな彼に、抱きかかえられる。暖かかった。しかし、俺の意識は朦朧としていた。


「しかも、この子は生まれたばかりのようなのに、魔力を発しているのか?」


 気付いてくれた。よかった。安堵して、眠りそうになるが耐える。ここで寝たら、死ぬ予感があった。駄目だ。助かったと安心して、意識を手放したら死ぬ。


「グルォォォ!」


 そこに唸り声の獣が現れた。四本足で立つ巨大な、狼のような獣。あれに食われていたら、ダメだっただろうな。


「クッ、魔物かッ! しかし、危なかったな。魔物に食い殺される前に助けられて、よかった」


 本当に、助けてくれてありがとう。


 俺を抱きかかえたまま、男は冷静に獣と対峙していた。この男は、戦えるのかな。負けて食われて、結局は死んでしまうなんてオチは嫌だけど。


 獣が男に飛びかかろうとするが、真っ黒な男が手を前に差し出す。手のひらから、光り輝いた矢が発射された。その矢から、魔力を感じ取った。これは。


「グオッ!?」


 何本もの矢が、獣の体に突き刺さっていく。血を流して、地面に倒れ込んだ獣。


 男の発射した光の矢は、消えて無くなった。油断すること無く、男はジーッと獣に視線を向け続けている。


 この男、魔法使いらしい。しかも、俺の知っている魔法とは違う技術を使っているようだ。未知の魔法を駆使して、敵を倒した。獣が絶命する最期まで、油断しない。戦い慣れているし、かなりの実力者のようだ。


「待ってろ。今、助けてやるからな」


 今度は男が、俺の体に向けて何かの魔法を発動した。これは、なんだろう。


 暖かくて安心する、白い光が俺の体を包み込んでいた。魔法なのに、攻撃性を感じない。今まで寒さで失われていた、体の感覚が戻ってきた。そして、体がポカポカと体温を取り戻したようだ。身体強化の魔法と似たような技術なのかな。だが、他人の体のパワーを引き出すなんて、俺は知らないけれど。


 いや、違うな。どうやら俺の体は、男の魔法によって回復していた。まさか、彼が使ったのは回復魔法なのだろうか。


 初めて見る、その技術。回復魔法は、今まで巡ってきた世界では見たことがない。俺が運悪く遭遇する事が出来なかったから、知らなかっただけなのかな。それとも、また別の世界だというのか。


 とにかく、なんとか九死に一生を得たようだ。俺は、こんな所で死なずに済んだ。助けてくれた男に感謝の念を伝える。本当に、ありがとう。


 赤ん坊なので言葉で直接感謝できないのが、もどかしい。

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