第78話 孤児院での生活

「ふっ!」


 力を込めてクワを振り下ろし、地面を耕していく。どんどんザクザク前に進んで、土を掘り起こし、新たな畑を作り上げていく。土には魔力も付与して、作物の成長を促進させる。ここで育てる作物は、とても美味しく成長するだろうな。


 種を植えている所には水やりをして、育ってきた作物に害虫が発生していないかをチェックする。収穫までは、もうしばらく時間が必要かな。


 新しい人生が始まってから、もう10年。辺境の村で、静かに暮らしていた前世と変わらず、今回も俺は農作業に従事していた。


「リヒト! ブルーノが、もうそろそろ帰ってこいって言っているよ」

「わかった」


 街の外で畑を耕していた俺を呼びに来たのは、孤児院で一緒に生活している青年。彼は、俺の名前を呼んで屋敷に帰ってくるようにと伝えてくれた。小さな声で返事をすると、青年は頷いた。


 再び、俺はリヒトと名付けられていた。親に捨てられて、見知らぬ他人に拾われ、今までとは違う状況。もしかすると今回は、別の名前になるのかもな、と思ったんだけれど。


 雪が降る森の中から、赤ん坊だった俺を拾ってくれたブルーノがリヒトと名付けたのだ。どうやら、神の啓示を受けたらしい。リヒト、と名付けるようにと。こうして今回も、リヒトと呼ばれる人生が始まった。


 神の啓示、か。


 やはり、俺の転生を演出しているのは神様なのか。そして今も、どこかで見ているというのかな。見られている感覚なんて一度もなかったけれど、背筋に冷たい何かを感じつつ、いつものように俺は暮らしていた。




「帰ってきたか、リヒト! また、畑に行ってたのかい?」

「うん」


 屋敷に帰ってくると、ブルーノが声をかけてきた。短い言葉で返事をする。


 赤ん坊の頃に喉を痛めて以来、長い言葉を話そうとすると激痛を感じるようになっていた。痛いのは嫌なので、なるべく俺は短い言葉で会話している。足りない部分は身振り手振りで伝えた。ブルーノも、その事情を知っているので特に何も言わない。


「お前の作る野菜は、本当に美味いからなぁ。しかも安く済むし、街でも評判だから助かっているぞ。ありがとう」

「任せて」


 ちょっとでも孤児院に恩を返せるようにと思い、前世で得た知識を有効活用して、街の外に場所を借りて畑を作り、そこで作物を育てていた。収穫した野菜は孤児院に渡して、自分たちで食べたり、人に売ったりして食費を抑えている。


 ブルーノから、この活動を感謝されていた。少しは、恩返しが出来ていると思う。でも、まだまだ返し足りないだろうな。


「けれど、頑張りすぎないように。まだ10歳の子供だし、体も小さいんだからな。疲れたら、ちゃんと休むんだぞ」

「うん」


 心配もしてくれている。けれど俺は、これぐらいは全然大丈夫だった。走り込みで体力をつけた。余裕があるので、体を鍛えるついでに畑仕事をしているだけ。


 だけど、心配させ過ぎるのも良くないか。しばらく、瞑想などで休んでいるように見せかけて、魔力を鍛えていこうかな。


 今回も、もちろん鍛えている。時に、いきなり捨てられて死にそうになったから。強くなっておかないと、生き残れない。何が起きるか分からないから。


 特に今回の人生は、危険を感じていた。何か起きる予感がする。とはいえ、気張りすぎないように。


 みんなの生活を助けるように働いた。もう10歳になっていた俺は、出来る限り、孤児院の子供たちの生活をサポートするように動いていた。助けてくれたブルーノへ恩返しも兼ねて。




 ブルーノと別れてから、次は食堂に向かった。そろそろ夕食の時間。孤児院では、朝と晩の2回、みんなで食事をする時間が決まっていた。調理室に行くと、そこでは夕食の準備が行われていた。


「帰ってきたのね、リヒトくん。それじゃあ、ちょっと手伝ってくれる?」

「うん」


 調理室に居た女性に、夕食を準備する手伝いをお願いされる。俺は頷いて、夕食の準備に参加した。


 畑仕事から帰ってきたら、今度は食事の準備をする手伝い。これも前世で覚えて、食材の調理には慣れていたから、手助けすることが出来る。調理担当のお姉さんたちからも、料理の手伝いが上手で助かると評判だった。


 孤児院には何十人もの子供たちがいるので、1回の食事を準備するだけでも非常に大変。だから、手伝うと感謝される。少しでも孤児院スタッフの負担を減らせるようにと考え、俺は積極的にみんなの仕事を手伝った。




 食事が終わった後、夜の時間は戦いの訓練をする。ブルーノが孤児院の子供たちを集めて、剣の振り方を教えていた。日中、ブルーノには魔物を狩るという仕事があるので、夜の空いた時間だけで訓練していた。


 ブルーノは、魔法だけではなく剣でも戦えるという実力者だった。むしろメインの武器は剣のようで、接近戦を得意としているようだ。


「来い、リヒト」

「うん」


 俺は今、ブルーノと模擬戦を行っていた。先手を譲られたので、訓練用の剣を構えて、一気に攻める。


「ふっ」

「ん」


 受け流されることは予想済みで、二撃三撃と続けて打ち込んでいく。大事なのは、相手に攻撃させるスキを与えないようにすること。


 こちらからの一方的な攻撃が続いていくが、有効打が一発もない。今の俺の体だと小さくて、パワーが無いから。これだと、防御を上手く崩せない。難しいなぁ。


 魔法があれば、それを起点にして攻めることが出来るけど。これは、剣で戦う練習なので魔法は使わない。身体強化の魔法も使っていない。さて、どう攻めていくかを考えよう。




 俺の背は小さい。小さい頃に栄養のある食事をあまり口にできなかったから。俺は遠慮して、他の子を優先してもらって与えていたら背が伸びなかったんだよね。今は食べ物に困ることも少なくなったが、成長期は逃してしまったようだ。仕方ない。


 そんな事を考えつつ呼吸を整えようと、後ろに飛んで相手との距離を取った瞬間。ブルーノがスッと距離を詰めてきた。だが、その動きは予想していた。


「ん」

「ぐうっ!?」


 ブルーノがうめき声を上げる。カウンターで模擬刀を振ると、肩にいいのを当てることが出来た。 長年積み重ねてきた知識、豊富な経験を駆使すれば身体能力の差を埋めることも可能である。


 まだ幼い子供の俺でも、ブルーノのような実力者に勝つことだって出来る。


「やるじゃないか、リヒト」

「……」


 褒められるが、無言で首を横に振る。自分が、まだまだ未熟なのは分かっている。油断すると、あっさりブルーノに負けてしまうだろう。


「やっぱりお前、とんでもない才能を持ってやがるな。俺が剣で教えられることは、何も無いぞ。むしろ俺が、教えてもらいたいぐらいだ」

「うん」


 ということで、ブルーノに認められた俺は他の子供たちの指導係を任されるようになった。


 時々、ブルーノとも模擬戦をして、切磋琢磨していく。


 俺なら大丈夫だろうと、実戦に出る許可も貰った。無理をしないという約束をして街の外へ行き、魔物を狩る仕事もするようになった。


 街の外に生息している魔物を倒し、死体を街に持って帰ってきて渡す。それだけで、大金を貰える。人間に危害を加える魔物の討伐報酬。それを俺は、育ててくれた孤児院に渡す。


 今回も、かなり平穏な日々を過ごしていた。毎日とても忙しいが、充実している。そんな日常がずっと続くと思っていた。




 俺が14歳になった時、今回の人生の分岐点に差し掛かった。


 大事な話があるからと、ブルーノに呼び出された。2人きりで何か話すらしいが、どんな内容なのか、呼び出された理由を事前に教えてもらえなかった。


 もしかしたら、孤児院を出ていかないと駄目かな。成長して、1人で生きていけるだろうと判断されて、孤児院から出て行くことを促されるかも。


 それとも、魔物討伐の仕事の指名依頼か。強い魔物が発生したので、大きな被害が出る前に倒してほしいとお願いされるかも。過去に、何度かあった。


 ブルーノが討伐を手伝ってほしいと頼んでくる可能性も。それなら、喜んで引き受ける。


 色々な理由を考えながら、呼び出された部屋に来て話を聞いてみると、こんな事を言われた。

 

「リヒト、次に行われる勇者の試験を受けに行ってこい」

「ん?」


 勇者の試験? それは、何なのか。


 ブルーノが説明してくれた。試験に合格すれば、勇者になれるという。どうやら、ここは勇者が実在する世界らしい。俺はブルーノに、勇者の試験というものを受けるように言われたのだった。

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