第70話 転生者たち

「私の名前は、マリア。この店のオーナーをやってます」

「……マリア?」


 転生者だという彼女が自己紹介してくれた。まだ若い見た目だが、王都にある店のオーナーをしているらしい。


 そのことにも驚いたが、それ以上に彼女の名を聞いて俺はドキリとした。転生者でマリアという名前。もしかして、彼女は。


「そうなんですよ。私の両親が、伝説の魔女マリアのファンだったらしくて。それでそのまま、私の名前につけたらしいんですよね。偉人の名をつけるなんて、ちょっと恐れ多いですよね」

「そ、そうなのか」


 俺の予想とは違った。俺が知っているマリアとの雰囲気も違って、別人だと思う。しかし、直前まで俺がライブラリで調べていた魔女マリアのことが話題に出てきた。これは、偶然なのか。


「実は、前世の名前もマリアだったんですよ。漢字で書くと、こう。麻里亜って名前なんですけどね」

「なるほど」


 彼女は手元に紙を出してきて、羽根ペンで実際に文字を書いた。それを俺に見せてくれた。綺麗に書かれた、漢字だった。


 前世とは、日本人だった時の話らしい。また俺は、ドキッとしていた。


「それで、あなたは?」

「俺の名はリヒト。普段は、魔法などを教える先生をしている」


 名前を聞かれたので、正直に話した。すると彼女は、尊敬するような眼差しを俺に向けてくる。


「へぇ! リヒトさんは、先生なんですね。もしかして、城の近くにある、あそこ。ロウノトア魔法学校で教えているんですか?」

「いや。普段は、俺が生まれた辺境にある村で魔法の授業をしているよ」

「そうなんですか! それでも、先生なんて凄いですよ!」


 感心しながら褒めてくれた後、疑問を浮かべるような表情を浮かべる彼女。とても感情豊かで、子供のようにリアクションが大きい。初対面だというのに感情や考えていることが分かりやすい娘だなと、俺は思った。


「じゃあ、なんで王都に? 観光ですか?」

「いや。それが、ロウノトア魔法学校の先生に招かれてね。1ヶ月間だけ、こっちで授業をすることになった」


 そう言うと、また彼女は驚いた表情を浮かべる。


「すごいですね!」

「いや、そんな大したことじゃ」

「いーなぁ。魔法が使えるんですよね。リヒトさんは、あの神様に魔法の力を授けてもらったんですか?」

「神様?」


 気になる単語が出てきた。思わず首を傾げてしまう。すると彼女も困惑しながら、同じように首を傾けた。


「あれ? 転生する前に、お話しませんでしたか?」

「いや、話していないな」


 神様と思えるような存在とは、一度も出会った覚えはなかった。しかし俺と違い、彼女は出会ったらしい。


「そうなんですか。私は、死んだ直後に神様に出会って、丈夫な体と、ポーションを作るための知識を授けてもらいました」

「なるほど、そうなのか」


 俺の知らない情報だった。もしかして、俺も最初の転生の時に出会っているのか。いや、思い返そうとしても出てこないな。


「それじゃあ、リヒトさんはどうやって魔法の力を手に入れたんですか?」

「俺は、これまで色々とあって――」


 質問されたので、俺は彼女に語った。今まで、何度も転生を繰り返してきたこと。初めて他人に話した。親や家族にも話してこなかった、俺の前世についてを簡潔に。


 色々な事を経験して、学んできたという過去をペラペラと。自分でも驚くぐらい、饒舌に。もしかしたら、誰かに聞いてもらいたかったのかも知れない。


 話し終えてから、少しだけ後悔した。これは、ちょっと話し過ぎたかな。


「そっか。なんと言っていいの分からないけれど、とんでもない人生を送ってきた、ということですよね。そんなに転生を繰り返すなんて、私には想像もできないです」

「そうだな」


 貴族、騎士団、部族を経て、今は先生をしている。


 俺が実際に経験してきたことだけど、マリアに話しながら思い返しているうちに、色々してきたんだなと自分でも思った。


「リヒトさんは、一番最初の人生、日本人だった頃には何をされてたんですか?」

「どう、だったかな。俺が何をしていたのか。もう、100年以上も前の事だから、忘れてしまったな。うん、忘れてしまった……のか」


 何気ないマリアからの質問。それで俺は、転生する前の記憶を思い出そうとする。だが、思い出せない。


 遠い昔過ぎて、日本人だった頃の記憶は、ほとんど失っているようだ。思い返そうとしても、自分の記憶は不確かで、やっぱり思い出せなかった。


 今まで転生を繰り返してきて、色々な出来事で記憶が上書きされてしまい、忘れてしまったのだろうか。そもそも、俺には日本人だった頃の記憶があったのだろうか。もう、思い出せない。


 たしか、サラリーマンをして働いていたような記憶が薄っすらとあるだけ。自分の名前も、確か理人という名だったか。いや、どうだろう。これは記憶違いか。


「リヒトさん、大丈夫ですか?」

「あ、あぁ。ちょっと昔の事を思い出そうとして、考え込んでしまった」


 しばらく、マリアに呼ばれていることに、気が付かなかった。それほど、集中して記憶の糸をたぐろうとしたが、やはり昔の自分について思い出せなかった。


「そうですか。もしよければ、このポーションをどうぞ。私のお手製で、体力が回復しますよ」

「ありがとう。いくらだ?」


 俺が疲れているんだろうと気遣ってくれて、マリアがポーションを渡してくれた。なるほど、これが神様から授けられた知識で作ったというポーションなのかな。俺は懐から財布を取り出して、商品を買うつもりだった。だが。


「いえ! お代は頂きませんよ。同じ転生者で、元日本人に出会えた記念に。これは私からのプレゼントですよ」

「いや、……そうか。それじゃあ、ありがたく頂くよ」

「はい、どうぞ!」


 それでも無料で貰うわけにはいかないと、お金を支払う気持ちはあった。だけど、マリアからキラキラした目を向けられていた。


 これは、別の機会に恩返しするべきだな。今は、彼女の好意に甘えてしまおう。


「いただきます」

「どうぞ、召し上がれ!」


 マリアから受け取った、ポーション。小さな瓶に入った、薄い青色の液体を飲んでみる。冷たい液体は、少し甘くて美味しかった。ちょっと飲んだだけで、体の疲れが一気に取れた気がする。効果てきめんだった。


 ここ数日間の旅に、王都に到着した直後にライブラリで調べ物をして考え込んで、思っていたよりも俺は疲れていたようだ。

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