第69話 自分以外の転生者

 ライブラリでの調べ物を終えて、王都を1人で散策している最中に発見したのは、大昔に使用していた文字。


 日本人の方、大歓迎。そう書かれている看板が俺の目の前にある。


 漢字と平仮名を組み合わせた文章。この言語を見たのは、随分と久しぶりだったが今でも読める日本語だった。なぜ、こんな場所に。


 周りにある他の店も確認してみたが、その薬屋の看板以外にはもちろん、日本語で書かれた文字なんて見当たらなかった。ここにだけ、ハッキリと書かれている。


 しばらくの間、その店の看板をジッと観察していた。そして薬屋らしい、その店の外観を眺める。看板以外は普通のお店のようだが。他に変わっているような箇所は、見当たらない。


 もう一度、目を凝らして文字を確認してみる。ハッキリと間違いなく日本人の方、大歓迎という文字がある。看板の隅に小さく。どうやら、後から書き込まれたらしい文字がそこにあった。


 落書きではないだろう。なら、この店の中に居る人間が看板に書いたのか。内容も店を利用して欲しい、という意味。しかしなぜ、日本語を知っているのか。どこで、この言語に関する知識を得たのか。


 その理由は思いついているが、その考えは正しいのか。


 とりあえず、この店の中に入って確認してみるか。看板に書かれた日本語について中にいる人に聞こう。思い切って、俺はその薬屋に入ってみることにした。




「いらっしゃいませ!」


 店の扉を開けて店に入った瞬間に、元気のよい、若い女の子の声が聞こえてきた。金髪で肌の白い、活発そうな美人の彼女はニコニコした表情を浮かべて、カウンターから身を乗り出す勢い。


 店の中には、他に誰も居ないようだ。まだ年の若い彼女が、この店の店主なのか。それとも、ただの店番か。


「このお店に、初めて来たお客様ですよね! 本日は、何をお求めですか?」

「いや」


 外の看板に書かれた日本語について聞きたい。そう言おうとするが、彼女の勢いに圧倒される。何か、商品を求めて店に入ってきたのだろうと勘違いされた。しかし、俺は商品を買いに来たわけじゃないんだ。そう言おうと、口を開こうとするが。


「どんな風に体調が悪いんですか? 体がダルイとか。頭が痛いとか」

「その」


 俺は口を開こうとするが、彼女が矢継ぎ早に喋ってきて邪魔される。止まらない。こちらの話を、全く聞いてくれない。症状について質問される。だから俺は、何かを買いに来たわけじゃないんだ。


「あ、喉を痛めてるんですか? それなら、こちらにある商品がオススメですよ! 即効性があって、すぐに痛みが取れます!」


 上から下まで俺の姿を観察して、症状を特定しようとしてくる彼女。今のところ、体に具合の悪いところは無い。そうじゃないんだ。


「ちょっと待ってくれ!!」

「はい!?」


 手に瓶を持って、店の商品らしい物を勧めてくる彼女に対し、手のひらを目の前に出す。そして俺は、少し大きめの声で彼女を無理やり止めた。


 体をビクつかせて、ようやく彼女の口が閉じた。これで、話せるだろうか。


「大きな声を出して、すまない」

「い、いえ。そ、それで今日は何をお求めですか?」


 大きな声で、驚かせてしまったことを謝る。彼女は萎縮しながら、それでも商品の売り込みをやめない。本当に、商売熱心な人だな。悪い人ではないのは、ハッキリと感じた。


 これなら、俺の情報を明かしても問題は無さそうかな。悪いようには、ならないと思う。


「申し訳ないが、今日は店に買い物に来たわけじゃないんだ」

「そ、そんな。久しぶりの新規のお客さんだと思ったのに……」


 正直に買い物に来たわけじゃないことを伝えると、彼女は、泣きそうな表情で俺を見てきた。どうやら、この薬屋、あまり商売の調子はよくないらしい。


「ちょっと聞きたいことがあって、入ってきたんだ」

「ウウッ……、なんですかぁ?」


 今にも涙が流れ落ちそうなほど潤んだ瞳、弱々しい声で返事をしながら見てくる。罪悪感が凄い。だが、それでも俺は彼女に聞きたいことがある。


「表の看板の隅に書いてある文字について、少し聞きたい。日本人の方、大歓迎って書いてあるのを見たんだが、あれは誰が書いたんだ?」

「え?」


 何を言っているんだコイツ、というような目で見返される。あれ、もしかして俺の見間違いだったのか。


 ライブラリで妹のマリアの事について調べて、昔を懐かしんで、色々と思い出しているうちに見てしまった、俺の幻覚なのか。


「あっ! 私が書いたんだった。って、あなた、あれを読めたんですか!?」

「そ、そうだ。うん」


 一瞬、ヒヤッとした。日本語が見えていたのが、幻覚だったらどうしようかと。


 しかし、看板の隅に書かれた文字を書いたのは、彼女だったか。そうだとすると、なぜ彼女は日本語を知っていたのか。答えは、すぐに分かった。


「って事は、あなたも転生者なのね!」


 あなたも、ということは、この娘も俺と同じ転生者だというのか。彼女はあんぐりと口を大きく空けて、驚いている。俺も、彼女と同じような顔をして驚いているかもしれない。それほど衝撃的だった。


 予想はしていた。俺以外にも転生者が居るかも知れない、という。しかし、今まで出会ったことは一度もなかった。これが初めての出会い。


「あぁ、そうだ。俺は転生者だ。君も、なのかい?」

「はい! そうです」


 俺の問いかけに対して、何度も元気よく頷いて、そうだと返事を繰り返す美少女。それは、思いがけない出会いだった。

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