第74話 村への帰還

 後は、村へと帰るだけ。しかし、1つやっておきたい事があった。俺は、マリアの居る薬屋に向かった。




「いらっしゃい。あ、リヒトさん!」

「こんにちは、マリア」


 彼女は、店に入った俺の顔を見てニッコリと明るい笑顔を浮かべる。最近は、店を訪れるお客も増えてきたらしい。しかし、まだまだ辛い状況なのを知っている。


 どうにかしてあげたいと、考えていた。


「今日は、どうしたんですか?」

「実は、魔法学校での仕事が終わって、村に帰ることになった」


 彼女にも、ロウノトア魔法学校で授業するのは1ヶ月間だけということは知らせていた。けれど、今日で終わりということは伝えていない。


「あっ……、そう、なんですね」


 俺が村に帰ることを伝えると、彼女はとても悲しそうな顔を浮かべている。そんな表情を浮かべるマリアを見ていると、胸の奥が痛んだ。そうか、それなら。


 俺は、自分の気持ちを自覚した。


「それで、今日」

「お別れを、言いに来てくれたんですか?」


 俺の言葉を途中で遮り、彼女が言った。だが、それは違うと、首を横に振って俺は否定した。今日、彼女に伝えに来たのは別のこと。ふと思いついた、ある提案。


「いや、違うんだ」

「どういうことですか?」

「マリアに、お願いがある」

「私に出来ることなら。お願いとは、何でしょうか?」


 微笑む彼女を見つめながら、俺は口を開いた。


「俺と一緒に、王都を出ないか?」

「え?」


 出会ってから1か月で俺は、急速に彼女のことが気になるようになっていた。同じ転生者ということもあるが、マリアの可愛らしい仕草や反応にも惹かれていた。


 だから、ここで彼女とお別れはしたくない。


「マリア。君も一緒に、村について来てくれないかな?」

「ど、どういうことですか?」


 まだ、ちゃんと理解してくれないのでハッキリと伝える。


「俺と結婚して、一緒に暮らしてほしい」


 その言葉を聞いて、マリアは目を見開いた。しかし、すぐに暗い表情を浮かべる。何か、問題があるらしい。


「で、でも、私にはお店の借金が残っていて……」

「それなら、これを使って欲しい」


 俺は懐から大金を取り出し、彼女の目の前にあるカウンターの上にバンと置いた。これは、ロウノトア魔法学校で授業した報酬として受け取ったお金である。


「え? え? こ、このお金は」

「君に初めて出会った時、ポーションをプレゼントしてくれたよね。だから、今度は俺から君にお返しのお礼を。このお金で、残っている借金を全て返してくれ」


 彼女と初めて出会った時のことを思い出しながら、理由をつけて渡した。しかし、マリアは受け取ろうとしてくれない。


「そんな、頂けませんよッ! お店の宣伝をしてくれて、お店に来てくれるお客様を増やしてくれて! 借金まで肩代わりしてもらうなんて……!!」

「元日本人に出会えた記念に、俺からのプレゼントだ」


 彼女と出会った時に言われたセリフを返して、お金を渡す。マリアは、恐る恐るといった様子で、お金に手を伸ばした。そして、手に取るとジッとお金を見つめながら何やら考え込んでいる。この先、どうするのか悩んでいるのか。


 このお金を受け取ったからといって、俺と必ず結婚してもらうという訳じゃない。結婚するかどうか、村まで一緒に行くかどうかは別で考えてもらいたい。彼女自身の意思に任せようと思っていた。それも、ちゃんとマリアに伝える。


 もしかしたら、彼女は王都で商売を続けたいと思う気持ちがあるかもしれない。


 最近は、お客も増えてきたらしい。薬屋を続けても、生活には困らないぐらいにはなったはず。


 どうするのか決めるのは、マリアの自由なんだ。


 俺は、彼女が答えを出すのを黙って待った。マリアが一緒に来てくれたら嬉しい、と思いながら。




「じゃ、じゃあ。これで、お店の借金を返します。それで私も、一緒にリヒトさんについて行っていいですか?」

「もちろん!」


 彼女は決断してくれた。俺と、一緒に来てくれるという。その選択が、一番であると思ってくれたようだ。そのことに喜びを感じつつ、俺は笑顔を浮かべた。すると、マリアは顔を赤くしながら俯く。


「それじゃあ、これから準備していこうか」

「は、はい……!」


 こうして俺は、同じ転生者であるマリアを連れて村に帰ることになった。借金は、その日のうちに全て返して、マリアの両親の残してくれた薬屋については、売り渡すことになった。


 俺と一緒に辺境の村に来る。王都からは離れているので、お店の管理ができない。なので仕方がないから、薬屋は売り払うことにした。両親から残された形見のようなものだったが、建物は使ってくれる人に譲ったほうがいいと判断したようだ。


 その選択に後悔は無さそうだったので、俺は安心して彼女を王都から連れ出す。




 数日かけて、マリアと一緒に王都から旅立つ準備も終わった。2人で辺境の村へと向かう旅が始まる。


 街から街へ。馬車を乗り継いで、来た時とは逆の順路で村へと帰っていく。前回の男2人旅とは違って今回は、可愛い女の子と一緒に楽しく旅が出来て満喫できた。


「見て下さい、あそこに綺麗な湖が! あっちには、綺麗な花畑がありますよ!」

「あぁ、確かに。綺麗だな」

「えぇ! 私、生まれ変わってから初めて見ましたッ!」


 旅の道中、はしゃぐマリア。今まで背負っていた借金という重荷から解放されて、思う存分に楽しんでいるようだ。そんな元気な様子を見れただけでも、王都から連れ出した甲斐があった、というもの。


 マリアは、初めて王都から出たという。俺が辺境の村を出て王都に来た時と、同じようなシチュエーションだなと思った。俺も王都に来るまで、村から一度も外に出たことがなかった。彼女の気持ちが、よく理解できる。


 これから先、マリアと一緒に色々な場所を旅してみるというのも良いかもしれないと思った。まず先に、村に帰ってからになるけどね。


「わっ、わー!! あれは何でしょうか!?」

「ん? あぁ、あれはね――」


 とても賑やかで楽しい数日間の旅が続き、俺が生まれ育った村の近くまで到着していた。そこからは、馬車も通れない山道を歩くことになる。




「ここが、リヒトさんの生まれ育った村ですか」

「とんでもなく、田舎だろう?」


 山道を歩いて、2時間ほど。遠くに見えてきた村を興味深そうに見ているマリアに話しかける。


「えーっと、エヘヘ」


 彼女は答えにくそうに、笑っていた。そんな彼女の反応を見て、俺も思わず苦笑いを浮かべてしまう。


「でも生活するのには、とっても良い場所だと思います。自然が溢れてますし」

「うん。俺も、住むのには良い場所だと思う。静かで、自由で、過ごしやすいんだ」


 マリアも、俺と同じような感想を持ってくれたようで、嬉しくなる。彼女をここに連れてきて、本当に良かった。


「みんな、リヒトが帰ってきたぞ!」

「え、ほんとに!?」

「あ、ホントだ!」

「リヒト、おかえり!」

「先生、おかえりなさい!」


 王都で授業をしていた1ヶ月と、行き帰りの1ヶ月ほど。合計して約2ヶ月ぶりの村に到着した。俺の姿を見つけた村人たちが声を上げ、盛大に迎えてくれた。


「リヒト、おかえりなさい!」

「ただいま、母さん」


 母親のゼルマが、俺の帰りを喜んでくれた。特に変わりもなく、安心した。


「おかえり、リヒト。お前が居ない間は、ちゃんと畑の様子は見ておいたぞ。後で、自分の目で畑の具合を見てきなさい」

「ただいま。うん、後で確認しておく」


 父親のマテウスは帰ってきた直後でも調子は変わらず、畑の話だった。


 そんな2人を見て、ちゃんと村に帰ってこれて良かったと心の底から思った。


 やはり、この村での生活の方が落ち着く。死ぬまで、ここで静かに生きていこう。改めて俺は、そう決意した。


「ところで、後ろの女の子は? どなた?」


 母親が興味津々だという様子で、俺の側に立っている女性について聞いてくる。


「この娘は、マリア。王都で出会った娘だよ」

「は、はじめまして。マリアです。よろしくおねがいします、リヒトさんのお母様にお父様」


 俺は、両親にマリアの事を紹介する。王都で出会った女性だということ。そして、これから一緒に暮らすつもりだと伝えた。


「「え!?」」


 帰ってきて直後の告白に、両親2人は、かなり驚いたようだった。

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