第73話 約束の1ヶ月
ロウノトア魔法学校で行う授業は問題もなく、順調に進んでいった。そして毎回、授業を受けたいと希望する生徒が増えていった。どうやら、俺の授業を受けるだけで魔法の実力が格段にアップする、というような噂が広まったから。
魔法に対する理解を深めるだけで、魔法の威力が上がったり、発動するスピードが上がるなど、目に見えて分かる形で効果が表れるのは事実だった。それだけ、今まで彼らの魔法に対する理解が足りていなかったことが分かる。
実力を上げたいと、増えていった生徒たちが教室に入り切らないようになり、別の大きな教室に移って授業することに。当初の予定から、どんどん変更が入っていく。
最初の授業の時にも30人ぐらいの生徒たちが居て、多いなと感じていた。だが、数日後には倍の人数に増えていた。俺が受け持つ生徒がもっと増えて、とんでもなく忙しくなった。でも、約束の期間は1ヶ月だけなので、それまで頑張ったら終わると分かっていたので、頑張ることが出来た。授業の準備も十分だったので、受け入れが完了すると、意外と余裕も出てきた。
授業を受けた生徒たちは、どんどん魔法の実力が向上していく。魔力を操ったり、鍛える方法を教えたから。今まで呪文に固執して、他の大事な部分を疎かにしていた考えも修正できたから。なので今後も、彼らの実力は確実に向上していくだろう。
授業の評判は、上々である。
この1か月間、俺は授業だけしていたというワケではなく、ロウノトア魔法学校の教師陣と魔法について議論し合ったり、王都の観光をしたり、同じ転生者仲間であるマリアの薬屋に遊びに行ったりしていた。
特にマリアには、頻繁に会いに行った。同じ転生した仲間として、色々と話したいことが沢山あったから。会いに行くと、俺たちは前世について語り合ったりした。
「あれは覚えてますか? 当時、すっごく人気だった漫画なんですけれど。転生する前に、最終回がどうなったのかだけ知りたかったなぁ。実は、今も時々思い出して、どうなったのか気になるんですよねぇ」
「あー、うん。そんな漫画、あったような気がするなぁ」
前世の思い出を語るマリアに、彼女の話を聞いて俺は思い出す。そんな事もあったなと。マリアは、前世の事を忘れずに覚えているようだ。
そんな彼女と比べて俺は、何度も転生を繰り返してきたせいだろう、日本人だった頃の記憶もほとんど薄れていたので、彼女に言われてから思い出すような事ばかり。思い出せない事も、多々あった。こんなに忘れているのかと自覚する。
そんな事を話せるのは、転生者同士だからなのか。今まで、誰にも明かさなかった話題。彼女も、両親や知人に転生した事については話していないという。
「どう話していいのか、分からなかったんですよね」
「なるほど。俺も同じだな」
同じ転生仲間だからこそ、分かり合える事だと思う。共通の話題で会話して、顔を合わせる度に、どんどん親密になっていく。
ある時、マリアの境遇について教えてもらった。
どうやら彼女の両親は、ほぼ破綻状態だった薬屋をどうにかしようと頑張ったが、過労で亡くなってしまったらしい。マリアにとって急な出来事だったという。まさか両親が、それほどまでに追い詰められているなんて、気付けなかった。事実を知った時に、彼女はとても後悔したそうだ。
もしも、両親の状況に気付いていたのなら、神様から授かったポーションの知識で何か薬を作って、助けられたのかもしれない。そう思って、マリアは今でも後悔しているという。
それで店を引き継いだマリアは、ポーションの知識を駆使して新たな商品を作り、お店に並べて、なんとか店を立て直そうと努力した。
しかし、残念ながら客が来ない。店に並べている商品は、神様から授かった知識で作った最上級の物を用意しているというのに、収入がなく借金が増えていく。両親が残した薬屋を維持しようと頑張っているけど、かなり大変な状況のようだった。
俺も、彼女の薬屋で色々と商品を買って、わずかばかりの支援をした。
今までマリアは、食費まで切り詰めて、なんとか借金を返済しようと頑張っていたらしい。神様から授かった丈夫な体があったから、今まで餓死をしないで助かったと語るほど。流石に、食べないと死んでしまう。
料理の練習をして作りすぎたという理由で、俺が作った料理を空腹状態のマリアに持っていったりもした。
「どうかな?」
「めちゃくちゃ、美味しいです!!」
マリアは泣くほど喜びながら、俺の料理を食べてくれた。母親から、料理の仕方を習っておいてよかった。
彼女は、それほどまで極限状態らしい。同じ転生者仲間として、どうにかマリアを助けてあげたい。ということで、俺は彼女の店をロウノトア魔法学校の人たちに紹介してみた。
素晴らしいポーションを売っている薬屋を、皆に宣伝した。彼女のお店は知名度が低いだけで、売っている商品は効果抜群だ。神様から授かったという薬の知識があるから。知ってもらえさえすれば、店に客が来なくて商品が売れない、なんて状況から脱出できるはず。
数日後、早速ロウノトア魔法学校の教師が何人か店を訪ねて来たらしい。そして、ちゃんと商品が売れたそうだ。彼らが、常連になってくれるかどうかは分からない。でも、とにかく売り上げが上がったようで良かった。これから、お客も増えるはず。
そんな毎日を過ごし、とうとう約束の1ヶ月が経った。予定通り、1ヶ月で授業を終えるスケジュールを組んでいたので授業も切りの良いところで終わることが出来たと思う。だが、生徒や教師たちから引き続き、魔法学校で授業してくれという要望があった。
彼らの要望を、俺は拒否する。
「村に帰ります」
「そこを、なんとかお願いします。リヒト先生の授業は、すごく評判なんですよ」
懇願してくるコルネリウスに、俺は首を横に振って断る。ここで妥協して、王都に残った場合、死ぬまで魔法学校で授業することになってしまいそうだったから。
「帰ります」
「そんなぁ……」
それに、今までは歓迎ムードで良かったけれども、俺がこの立場に残ろうとするのなら、地位や実力に嫉妬した妨害や排除してくる人間が現れるだろう。
噂で聞いた話によると、一部の教師には既によく思われていないらしい。1ヶ月後には帰るという期限を公言していたから、見過ごしてきたのだろう。すぐ居なくなる予定の人間だから、わざわざ関わる必要もないと判断して。
今はまだ何も騒動は起きていないけれど、ロウノトア魔法学校で教師を続けることになったら何か起きそうだ、という予感があった。
妨害に反抗して、色々な事件が起きる。様々な騒動に巻き込まれる。そんな未来が予想できた。それは、あまりよろしくない。
今回、俺の人生の目標は、静かに生きることである。だから俺は、村に帰るという決意を変えなかった。この選択は揺るがない。
授業でまとめた資料等は、コルネリウスに託したので有効活用してくれればいい。これが俺の、最大限の譲歩である。
「ありがとうございます! リヒトくんから受け継いだ大事な知識は絶対、無駄にはしませんッ!」
「まぁ、頑張ってください。では、さようなら」
ロウノトア魔法学校の生徒や教師にも、魔法の基本的な部分は可能な限り教えた。これから彼らが、魔法の技術を進歩させていけばいいだろう。俺は関わらないまま、発展していくのを遠くから見守っていければいいかな。
こうしてロウノトア魔法学校の教師生活は、予定通り終了した。
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