第66話 執拗な勧誘

 王都ロウノトア魔法学校で魔法の授業をしてくれないかと、お願いされた。だが、俺は断った。そして、訪ねてきたコルネリウスさんを小屋から追い出した。これで、この件は終わり。また、何事もなく日常に戻るかと思ったんだが。




「私も、彼らと一緒に授業を受けさせて下さい」


 村の子供たちに魔法の授業を行おうと教室に入ると、そこにはコルネリウスさんが居た。彼は、頭を下げて授業に参加させてほしいと懇願してきた。まだ彼は王都には帰らず、この村に残っていたらしい。


「……まぁ、他の生徒に迷惑をかけなければ自由に参加してくれて結構です。しかし邪魔した場合には、すぐ教室から追い出しますから」

「ありがとうございます!」


 村で行っている魔法の授業を受けるだけなら、別にいいだろう。そう思って、他の生徒の迷惑をしないようにと事前に警告してから、彼の授業の参加を許可した。


 何度も頭を下げて、感謝してくるコルネリウスさん。


 これは、授業の参加の許可を出しても良かったのだろうか。俺は選択を間違ってはいないか。そんな不安を抱きながら、授業を開始した。



 授業の最中、意外にもコルネリウスさんは静かにして、授業の内容を聞いていた。魔法に関する興味は、人一倍あるようだ。授業の最中はずっと集中していて、真剣な表情を浮かべていた。教え甲斐のある、良い生徒だと感じた。


 警告をちゃんと守って、授業の邪魔はしなかった。なので、参加を認めても問題はなかった。無事に終わって良かったと、安心する。


 しかし、授業が終わった後が少しだけ面倒だった。


「貴方は絶対に、王都に行って魔法学校で授業をするべきです。その豊富な知識を、他のみんなに伝えるべきですよ!」


 しつこく、王都の魔法学校で授業を行うべきだと熱望するコルネリウスさん。村を出るつもりはない俺は、別の案を出した。


「村に魔法学校の生徒を連れてきたら、今日の貴方と同じように授業を受けさせても良いですよ。この教室でのルールを守ってくれたら、誰でも歓迎します」


 その提案を聞いたコルネリウスさんは、苦い顔をした。どうやら、俺の提案を受け入れられないようだ。


「いやぁ……。こんな辺境の地に生徒たちを連れてくるのは、ちょっと……」

「なら、お断りですよ。俺は、村から出るつもりは無いですから」


 コルネリウスさんは何度も誘ってくるけれど、俺は断り続けた。しばらくすると、魔法学校で授業をして下さい、という願いを彼の口からは聞かなくなった。あれからコルネリウスさんは村に滞在しながら、俺の授業を受け続けている。


 王都に帰らなくて大丈夫なのか、と心配になる時もあるが、余計なお世話だろう。


 俺を王都に連れて行く計画は、諦めてくれたのかな。授業を受け続けているのは、ここで学んだ知識を王都に持って持ち帰り、彼が王都に居る生徒たちに伝えてくれるつもりなのか。そうなったら、俺も王都に行く必要がなくなり、面倒事が解決する。それが両者にとって、一番良い方法なのかもしれない。


 だから俺は、コルネリウスさんが授業に参加し続けるのを止めなかった。ここで、自由に学んでいってくれという気持ちで、魔法について色々と熱心に教え込んだ。




 勧誘するのを諦めたんだな、と油断していた。コルネリウスは諦めていなかった。俺に隠しながら、裏で色々と手を回していた。あんな事をする奴の名は、呼び捨てで良いかな。



 夕食の時間に両親から、こんな事を言われた。


「リヒトは、王都に行くのかい?」

「え? いいや。行かないよ。この村から出ていくつもりは、ないって」


 母親が、そんな事を聞いてきた。しばらく前に、王都に行かないとキッパリ言ったはずだけど。また、心配になったのかな。


「私たちの事は、心配しないで。王都にある学校で授業をしてくれってお願いされているんでしょ? それって大変名誉なことなんだって。リヒトは頭が良いから、その知識を皆のために役立ててほしいの」

「いや、俺は……」


 母親に、王都での授業について吹き込んだのはコルネリウスの仕業だろうと、すぐに分かった。


「今まで、俺の仕事にお前を付き合わせすぎたな。それに村のことも、頼りすぎた。すまんかったな。少し休むつもりで、王都に行ってみるのはどうだ?」

「父さん、母さん……」


 普段は無口で、あまり干渉してこない父親のマテウスが俺に向けた言葉。どうやらコルネリウスは、俺の周りに居る人たちから懐柔していき、王都に行くように仕向けたようだ。外堀から埋めてきた、ということか。そうまでしてコルネリウスは、俺を王都の魔法学校に引っ張り出したいのか。


 そして、2人は俺のためを思って、王都に行くようにと勧めてきた。俺が、王都に行ってみたいと勘違いしている様子もある。


「違う、そうじゃないんだ。王都に行きたいとか、思っては……」


 俺は、言い淀んだ。正直に言って、心のどこかに引っかかっていた。妹のマリアがあの後、どうなったのかを知りたいと思っていた。500年も前から言い伝えられてきたという、伝説の魔女マリア。王都に行けば、調べることが出来るだろう。


 俺の知っているマリアなのだとしたら、なぜ、魔女だなんて呼ばれていて、歴史に名が残ったのだろうか。俺が死んだ後、彼女はどのような生き方をしたのか。興味はあるけれど、それを詳しく知るのも不安だった。


 知らぬまま過ごせるように、王都に行くのは遠慮していた。それと同じくらいに、知りたいとも思っていた。


 事ここに至っては、知らぬ存ぜぬを貫き通すことは不可能か。


 妹のマリアが、その後どうなったのかについて。王都に行き詳しく調べてみよう。たとえ、500年前の出来事だったとしても、知っておきたいと思った。


 こうして、覚悟は決まった。




 俺は翌日、コルネリウスに会いに行った。そこで告げる。


「王都で魔法の授業をしてくれというお願い、引き受けますよ」

「本当ですか!?」


 俺が王都に行って、授業をすることを了承するとコルネリウスが嬉しそうな表情を浮かべていた。それを見て、不快な感情が沸き上がってくるが仕方ない。それだけの熱意が、彼にはあった。その熱意に、俺は負けてしまったということ。


 両親の説得を断っても、また別の方法で俺に王都で授業をさせようとするだろう。だから、拒否するのを諦めて引き受けることにした。


 そして何より、俺にも王都に行く目的が出来てしまったから。マリアの事を調べるという目的が。


「だけど、期限を設けさせて下さい。1ヶ月間だけ。それを過ぎたら、魔法学校での授業は終わり。俺は、この村に帰ってきます。その予定で」

「それで結構です。ぜひ、よろしくおねがいしますッ!」


 王都に行って、面倒なことが起きなければ良いが。何か起きそうな予感がするな。この嫌な予感は、外れてほしいけれど。さて、どうなるか。

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