第65話 王都にある魔法学校の教師

 コルネリウスさんを連れてきたあの先生は、ヒートアップしている彼だけ置いて、いつの間にか小屋の中から黙って居なくなっていた。


 くそっ、面倒なことになりそうだと思って先に逃げたか。そして、研究室の中には俺たち2人だけになっていた。


「これはッ、凄いですね!」


 王都にある魔法学校の教師だというコルネリウスさんは、部屋の中をジロジロと見回しながら何度も驚いている。なんで許可なく勝手に見ているんだ、この人は。


「貴方は、俺の研究した結果を盗むために、ここに来たんですか?」

「え!? い、いえ、違いますッ! 申し訳ありませんでした」


 研究室の中を無遠慮に見られるのは、不快だった。俺がその事を注意すると、すぐ謝るコルネリウスさん。


 しかし、興味を抑えきれないのか、俺が注意した後もチラチラと目線を部屋のあちこちに向けている。一応、見ようとしているのを隠しているつもりなのか。それでも、その視線はバレバレだが。


 魔法に対する好奇心が抑えきれない、といった様子だ。その気持ちは分かるけど、ちゃんと手順を踏んでから来てくれよ。いきなりやって来て、あれこれ探られるのは迷惑だ。授業の準備の邪魔もされて、俺は少し不機嫌になっていることを自覚する。


 研究室の中には、実験結果をメモした紙、授業のために用意しておいた教材、壁に貼ってある実験と授業のスケジュール、などがある。


 大事な情報については分けて、奥の方に厳重に隠してある。なので、表に出ている分には見られて困るようなモノは置いて無い。だが、それも見せるつもりはない。


 なので俺は、こちらに視線を向けるためコルネリウスさんに話しかけた。彼の話を聞いていて、1つ気になる事もあったから。それについて、尋ねてみた。


「先ほど話していた、伝説の魔女マリアってのは誰なんですか?」

「魔女マリアは500年前に実在した、ロウノトア王国では昔から語り継がれている伝説の魔法使いですよ。彼女は、無詠唱で魔法を使いこなしていたらしいです」


 マリアという名前には覚えがあった。もしかしたら、と思って聞いてみた。けれど返ってきた答えに、俺は衝撃を受けた。あまりにも予想外な答えだったから。


「500年前、ね……」


 伝説の魔女マリアとは、俺の知っている妹のマリアと同一人物なのか。無詠唱魔法を使えた、という事らしいけど。ただ単に名前が同じだっただけで、偶然だろうか。


 今まで静かに暮らすためにも俺は、あまり村の外のことには興味を持たず過ごしてきた。それで20年以上も経った今になって、ようやく判明した事実。


 けれど、俺の知っている世界とも微妙に違うような気がしていた。


 王国って、そんな名前だったっけ。俺が知っているのは、ロウナティア王国だったはず。俺が今暮らしている国の名は、ロウノトア王国。似ているだけで、少し違う。


 単なる記憶違い、なのだろうか。今まで何度も転生を繰り返してきて、生きてきた年数を合計すると、100年も前の事になる。だから勘違いしている、という可能性もありそうだ。


 転生を繰り返し、記憶を引き継いで、いくつもの人生を送ってきて、もうそんなに経っていた。忘れてしまっていても仕方がないと思う。そもそも、転生をするたびに引き継いでいると思っている、この記憶は正しいのだろうか。改めて考えてみると、不安になってくる。


 転生で引き継げるのは、記憶だけだった。不確であやふやな記憶ではなく、過去を記録した本や資料などを引き継げれば確実なのに。記憶なんて、忘れてしまうこともあるから。


 この記憶が、どこまで確かなのか。今は、いくら悩んで考えてみても答えは出ないだろう。


 マリアという人物についても気になるけれど、今は確かめる方法も無さそう。俺は話題を変えることにした。




「それで、わざわざこの村に、王都で魔法の教師を務めているコルネリウスさんは、何をしに来たんですか?」


 さっき興奮した様子で彼が言っていたのを聞いていたが、もう一度確認してみる。また同じように、顔を赤くするほど興奮しながら彼は答えた。


「そうですよ! 伝説の魔女マリアだけが使えたという、無詠唱魔法がリヒトさんも使えると聞きました。私にも、見せて下さい!」

「はい、どうぞ」

「なっ!?」


 コルネリウスさんに見たいと言われたので、すぐに俺は魔法を発動させた。呪文を唱えること無く、火の魔法を発動させる。開いた手のひらの上に、しっかりと青色の炎を出現させる。彼に、ちゃんと見えるように。


 目の前に現れた炎を、コルネリウスさんは口を大きく開けたまま見つめていた。


 火の魔法に、目を奪われているようだ。そんな彼の様子を気にすること無く、俺はさっさと手のひらを閉じて、発動していた魔法を終わらせた。炎も消える。


「では、目的も果たせたようなので、お帰り下さい」

「ちょ!?」


 これ以上は、話に付き合う気はないという態度を表しながら、コルネリウスさんの背中を押して、小屋から無理やり追い出そうと試みる。だが彼は、抵抗して小屋から出ようとしない。まだ何か、言いたいことがあるらしい。


 面倒だな。力づくで叩き出すか。そんな俺の不穏な空気を感じ取ったのだろうか、コルネリウスさんが慌てて言った。


「ま、待って! もう一つだけ、お願いがあります」

「なんですか?」


 付き合う気は少しも無いが、どんな願いなのか聞くだけ聞いてやる。そう思って、コルネリウスさんの背中を押すのを一旦止めると、腕を組んで彼の話を聞いた。


「ぜひとも、王都ロウノトア魔法学校で一度、授業を行ってくださいませんか!? 我々に、その知識を授けて下さい!」

「王都には行きませんし、授業もしません。お帰り下さい」

「ちょ、ちょっと! 報酬も、ちゃんと支払いますからッ! ぜひっ!」


 話を聞いた瞬間に、受ける気はないと使えるとコルネリウスさんの背中を押した。研究室の小屋から、問答無用で彼を追い出す。今度は、ちゃんと小屋から出すことに成功した。


「ふぅ」


 扉を閉める。まだ小屋の前に居る気配があった。だが、気にしなければ問題ない。ようやく1人になって、授業の準備の続きに取り掛かった。


 偶然にも、気になることを知ってしまった。どうやら俺は、妹のマリアが居たかもしれない世界に再び転生した。でも、それは500年も経った後。500年も月日の流れた未来ならば、もう別の世界だろう。


 伝説の魔女マリアというのが、俺の知っている人物であるという確証は無い。ただ単に、名前が同じだったという可能性もあるだろう。調べてみないと、分からない。


 今さら、彼女のことを調べようとは思わなかった。そのために村から出ようという気にはならない。だから俺は、魔法学校で授業をしてほしいという彼の願いも、一切聞かなかった。


 今までと変わらず、面倒事には巻き込まれないように注意して、村からは出ないで静かに暮らしていく、という目標に変更はなかった。

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